聴診とラ音

●聴診器の発明
 聴診器はRené-Théophile-Hyacinthe Laennec(1781~1826)が1816年に発明しました。子供たちが木の板をたたいて音を聞いて遊んでいるのを見て、心臓疾患の女児に木筒をつけてみると、心音や呼吸音が聞こえたことがその始まりと言われています。Laennecは当初、断続性のraleと連続性のrhonchusの2種類を命名しましたが、1970~1980年代にはこれらをもとにいくつか呼吸音が分類されることになりました。LaennecをLaënnecと誤表記している本もありますので注意してください。
Chast F. Laennec but not Laënnec founded anatomoclinical medicine. Lancet. 1998 May 23;351(9115):1592.

●呼吸音の分類
 ちなみに「ラ音」という言葉がありますが、これはそもそもどういう意味かご存知でしょうか。肺胞呼吸音由来の副雑音のことを、ドイツ語でRasselgeräuschと表記します。このため、 第二次世界大戦後の日本の昭和時代にはラッセル音という言葉が副雑音 を表す言葉になったため、その略語でラ音(囉音)という言葉が残っているのです。
 ベルクロラ音は、ベルクロ(Velcro)社製のマジックテープをはがすときの音に類似したラッセル音、という意味ですので、正しくはベルクロ・ラッセル音ということになります。ベルクロはフランス語の velour(ビロード)+ crochet(鉤)の合成語です。、ベルクロ社は1952年にスイスでVelcro S.A.として設立されました。現在はベルクロUSA社(Velcro USA Inc.)としてアメリカのニューハンプシャー州を根拠地としていますする、ベルクロUSA社(Velcro USA Inc.)です。
 厳密には胸膜摩擦音などの副雑音は、肺胞由来ではないのでラッセル音ではありません。現在は、ラ音という言葉は慣習的に呼吸音の異常全体を表す広義の意味で使用されています。いずれこのラ音という言葉はなくなるかもしれませんね。

 ラ音=pulmonary adventitious sounds

 呼吸音について精力的に活動している学会に国際肺音学会(ILSA:the International Lung Sounds Association)がありますが、それでもいまだ呼吸音に関して一定の国際的コンセンサスはありません。ILSAが推奨している三上らの案が事実上ゴールドスタンダードになっていますし、現在の呼吸音の臨床試験の参照文献には必ずといっていいほどこの三上医師の論文が登場します。
Mikami R, et al. International Symposium on Lung Sounds. Synopsis of proceedings. Chest. Aug 1987;92(2):342-5
 多くは 、ATSの推奨に従って記載していますので、coarse crackles、fine crackles、wheezes、rhonchiの4種類が頻用されています。それぞれ複数形でありすので、wheeze、rhonchusのように単数形で用いることは臨床現場では多くありません。また、rale、wheezingなど誤った言葉もまだまだ現場で多く耳にします。ちなみイギリスではcracklesのことをralesと呼ぶこともあります。問題は、これらの分類 があまりにも古い論文をもとにしており、本当に今の臨床に沿ったものなのか妥当性があまり検証されていないことです。
・Forgacs P. The functional basis of pulmonary sounds.Chest 1978;73:399-405.
・American Thoracic Society Committee on Pulmonary Nomenclature. Am Thorac Soc News 1977; 3: 6.

 以下に呼吸音の分類を提示します。

●聴診のコツ
 コツは、体に強く押し付けることです(やんわり押し付けると、皮膚の擦れる音がラ音に聞こえるため)。チェストピースの移動は呼気の終わりに移動します。閉塞性障害を検出するためには最大呼気までの呼出を、拘束性障害を検出するためには最大呼気からの吸気を行います。肺の下縁は最大吸気と最大呼気で10cmズレます!

●聴診三次元
 聴診所見を誰かに伝える際、厳密に伝えたいのであれば、私が作成した下図に描いたのように3つのパラメータを伝えるとよいと思います。たとえばwheezesの場合、呼気時/高調性/連続性ラ音という感じです。図は私が作成したものです。わかりにくい専門用語を使わずに相手に伝えるにはこの3つのパラメータをおさえておけばよいと思います。

 しばしば看護師さんの間では「ギュー音」などという言葉が使用されているようにますが 、fine cracklesなどの言語は医師以外には定着していません。そのため、医療スタッフ間でもっと簡単にやりとりするために、「クラックル」と「ウィーズ」など簡単な用語に絞るべきだという意見もあります。
 服を着たまま聴診を行うと、5~18 dB程度音が小さく聴こえてしまうため、やはり肌に直接聴診器を当あてて聴診を行うほう方がよいとされています。
Kraman SS. Transmission of lung sounds through light clothing. Respiration. 2008;75(1):85-8.


●補足
1.連続性ラ音
・一定時間以上持続する、管楽器のようなラ音のこと。かつては乾性ラ音と呼ばれていた。
・ATSによれば、250msec以上持続するもの。
・呼吸音分類ではストライダーstriderは定義されていないが、これも単一の連続性ラ音である。吸気時に発生する気道狭窄音で、音の高さは定義されていない。
・低音性連続性ラ音=いわゆるrhonchi(rhonchusの複数形)。ATSでは200Hz以下の低音性連続性ラ音と定義。笛声音よりは太い気道で発生するとされているが、基本的に発生機序は同じ。COPD、気管支喘息、気管支拡張症、DPBなどで聴取。
・高音性連続性ラ音=いわゆるwheezes。ATSでは400Hz以上の高音性連続性ラ音と定義。気道壁がフラッタリングすることによって発生。COPD、気管支喘息、気管支拡張症、DPBなどで聴取する。気管支喘息では笛声音は複数の音がランダムに発生し、random polyphonic wheezesと呼ぶ。
・スクウォークはキュー、クゥ~という吸気時のみに聴取される短い連続性ラ音であり、持続時間は100msec以下と短いために断続性ラ音に分類されることもある。発生機序は、吸気時に細気管支が再開放される際気道壁が共振することによる。

2.断続性ラ音
・いわゆる、クラックルと同義。個々のcrackleは10msec以下と短く、1つの衝撃に続いて起こる数周期の減衰波形から成り立つ。日本では湿性ラ音と呼ばれていたが、発生機序からは不適当であるため、その言葉はなくなった。
・粗い断続性ラ音=いわゆるcoarse crackles。fine cracklesと異なり、吸気の初期に発生するためearly inspiratory cracklesともいわれる。個々のcrackleはfine cracklesよりも長めで、10msec以上。太い気道内の分泌液の膜の前後に、吸気時の圧較差が生じ、それが破れるときに発生する。健常者に聴取されることはなく、気管支拡張症、COPD、DPB、進行した肺水腫などで聴取される。
・細かい断続性ラ音=いわゆるfine crackles。ほとんどが吸気終末に聴取されるため、late inspiratory cracklesとほぼ同一である。個々のcrackleは5msec以下のことが多く、呼気時に閉塞した末梢気道が吸気時に再開放されるときに発生する。最大呼気位で息こらえをすると、健常人でも聴取可。仰臥位の状態でチェストピースを背中の下に入れると聴取しやすい。IIPs、IPF、石綿肺、過敏性肺炎、肺水腫初期で聴取される。

3.連続性と断続性の違い
連続性:250msec以上
   wheezes:高調(400Hz以上)
   rhonchi:低調(200Hz以下)
断続性:25msec以内
   fine crackle:高調(500~1000Hz)で短い(持続5msec以下)
   corase crackle:低調(250~500Hz)で短い(持続10~25msec)



by otowelt | 2012-01-02 15:40 | レクチャー

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