結核患者さんの入院期間はなぜ”2ヶ月”なのか

e0156318_11343599.jpg 結核の患者さんは、基本的に周囲に感染性がないような場合に結核病棟から退院できます。当院の場合、基本的に「結核病棟への入院期間は2ヶ月くらいです」とお伝えすることが多いのですが、これにはいくつか理由があります(病院によっては1ヶ月あるいは3ヶ月と伝えているところもあるかもしれませんが)。最近他科の医師と話していたときに、この話題になったので少し書いてみました。

 画像は、満願寺の『地獄極楽変相之図』に書かれた、賽の河原です。親より早く死んだ子供たちが地獄の賽の河原で石を積み続けるのですが、鬼がこれを壊しにやって来ます。地蔵菩薩はそれに救いを与える存在です。この画像を使用した理由は後述致します。



●結核患者さんの退院基準の歴史
 日本はその昔喀痰培養検査で少なくとも2 回の陰性が確認できないと退院できないとしていましたが、これでは入院期間があまりに長くなってしまいます。2005年に結核病学会から、また2007年に私たちの機構から、喀痰塗抹検査が2回陰性なら退院可能とした新基準を提唱しました。これは、喀痰塗抹陰性が培養陰性と同レベルのものであることを重要視したものです。
・日本結核病学会治療・予防・社会保険合同委員会:結
核の入院と退院の基準に関する見解. 結核 80 :389-390, 2005.
・露口一成ら. 国立病院機構退院基準の実際と運用上における問題点. 第81回総会シンポジウム「肺結核患者の新退院基準」. 結核 82 :129-132, 2007.


 しかし厚生労働省は、同時期の2007年に新しい基準を打ち出したのです。これは喀痰の抗酸菌塗抹検査3回陰性という基準です。今は、その厚生労働省の基準が全国的に使用されています。この退院基準には「退院させなければならない基準」と「退院させることができる基準」の2種類あります。前者が適応されることは多くなく、ほとんどが後者の基準を用いて退院していきます。ややリスクを重視した保守的な基準でもあります。
厚生労働省健康局結核感染症課長:「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における結核患者の入退院及び就業制限の取扱いについて」の一部改正について. 健感発第1001001号(平成19年10月1日)

 ●退院させなければならない基準
  ①病原体を保有していないこと又は、
  ②当該感染症の症状が消失したこと
   ・咳、発熱、結核菌を含む痰の症状が消失した場合

 ●退院させることができる基準
  以下の全てを満たした場合
  ①2週間以上の標準的化学療法が実施され、席、発熱、痰等の臨床症状が消失している。
  ②2週間以上の標準的化学療法を実施した後の異なった日の喀痰の塗沫検査又は培養検査の結果が連続して3回陰性である。
  ③患者が治療の継続及び感染拡大の防止の重要性を理解し、かつ、退院後の治療の継続及び他者への感染の防止が可能であると確認できている。


●「早い組」と「遅い組」
 もちろん喀痰の抗酸菌塗抹検査が最初から陰性ならすぐに退院できますが、そもそもそんな患者さんは結核病棟に入院しなくても外来で治療できます。結核病棟に入院される患者さんは、ほとんど全員が抗酸菌塗抹検査が陽性です。一方、結核の場合初回から培養陰性ということはまずありません。となると、ある程度の結核治療が入らないと塗抹も培養も陰性化することはありません。

 結核病棟の患者さんが退院する時期には「早い組」と「遅い組」があります。軽い病変の場合は前者、ひどい病変や高齢者の場合は後者になることが多いです。
・藤野忠彦ら. 結核入院期間を決定する要因に関する臨床疫学的研究. 結核 83:567-572, 2008.
・森田博紀. 当院における肺結核患者の退院決定の現状. 結核 85:787-790, 2010.


 「早い組」は、喀痰の抗酸菌塗抹検査が3回連続で陰性になることで退院できるケースです。結核治療を初めて、1ヶ月くらいで塗抹が陰性化します。当初2ヶ月と言われていた入院期間が早まるため、喜ぶ患者さんも多いです。しかし、塗抹陰性でも培養陰性まで確認しないと患者さんを受け入れないという規定の入所施設もありますし、多剤耐性結核の場合には塗抹が陰性でも培養を確認しないと退院は厳しいのが現状です。そのため、一概に塗抹が陰性であっても早い組とは限りません。

 「遅い組」は、抗酸菌培養が3回連続で陰性になることで退院できるケースです。この場合塗抹はまだ陽性のままですので、結核菌は、塗抹陽性・培養陰性の死菌になります。結核治療開始1ヶ月後あたりの喀痰の培養から陰性化しますので、2ヶ月目を過ぎたあたりに退院基準を満たします。遅い組の場合、結核診療に慣れておられない先生にその後の治療をお願いする折には、死菌についてお伝えする方が望ましいです。「喀痰塗抹が陽性でした!結核再発かもしれません!」と再度紹介になることがあるからです。

 以上の経緯から、結核患者さんの入院期間を2ヶ月くらいとお伝えしているのです。じゃあ、毎日喀痰検査して少しでも退院が早まる可能性を高くしたらいいんじゃないか、というアイディアも登場しますが、残念ながらそういうわけにはいきません。あまりに繰り返すと検痰の回数過多として査定の対象となります。施設にもよりますが、週に1回程度の喀痰スケジュールが一般的です。週に2回とることもありますが、それで査定されたことは個人的にはありません。


●2回陰性のリーチ
 ちなみに、喀痰の塗抹・培養の状況は患者さんに逐一お伝えしていますが、ノリのいい患者さんの場合(こう言うと語弊がありますが)、塗抹・培養が2回連続で陰性になると、「リーチがかかった!」と意気揚々とされることがあります。その後もう一度陽性が出てしまうと結核病棟の退院基準を満たせなくなるため、その落胆は大きいものです。そのため、リーチがかかった時は敢えて知らせないこともあります。厚生労働省の基準が出るまでは、2回陰性で退院が可能であるように基準を提唱していたくらいですから、2回陰性ならば医学的にはほとんど感染性はありません。ですが、現行の基準を遵守しなければならない状況では、塗抹2回陰性化後に再陽性化の事象はよく経験することです。18%の結核患者にこの事象がみられたという報告もあります。
市木拓ら. 肺結核治療中に喀痰塗抹2 回連続陰性化後に再陽性化がみられた症例の検討. 結核 87:537-540, 2012.

 現在の厚生労働省の退院基準を遵守する場合、このようにリーチ後にダメだった患者さんは、再び一から塗抹陰性結果を3回連続で積み上げていかなければならないノルマを背負います。これはまるで賽の河原の積み石のようだな、と思ったことが何度かあります。たかだか3回、されど3回。塗抹2回陰性化後の再陽性化は、患者さんにとって徒労感がやはり大きいものです。じゃあ結核患者さんの現行の退院基準は積み石を崩す”鬼”なのか、というとそこまで針小棒大に申し上げるつもりはありません。ただこういったことが、現在の結核病棟の入院長期化の原因となっているのは明白です。もちろん、相手は結核菌ですから何でもかんでも早く退院すればいいというものではありません。ただ現行の基準にはやはりいささか問題があるのは、結核を診療している現場の医師であればよくご存知のことと思います。いつかこの基準に、地蔵菩薩の救済があればよいなぁ、と思っています。

by otowelt | 2012-10-20 11:53 | レクチャー

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