なぜ呼吸困難のスケールがこれほどややこしいのか

 呼吸困難感とは呼吸努力を増加させる必要性(呼吸努力感)や呼吸時の不快感を自覚することです。呼吸苦と呼吸困難、これらの用語の使い方にはスタッフによって持論があるとは思いますが、今回の本題はそこではありません。
Meakins JC : Dyspnea. JAMA 103 : 1442- 1445, 1934.

 息切れ・呼吸困難の評価としては、修正Borgスケール、VAS(Visual Analogue Scale)、NRS(Numerical Rating Scale)、Fletcher-Hugh- Jones(F-H-J)分類、MRC息切れスケール(British Medical Research Council)などが使用されていますが、なぜこれほどたくさん呼吸困難のスケールがあるのでしょう。これでは、臨床現場では混乱してしまいますよね。ちなみに世界的にはMRC息切れスケールがよく使われています。

 まず、それぞれの呼吸困難スケールを1つずつみていきましょう。前者の3つ、修正Borgスケール、VAS、NRSは、直接的評価です。すなわち直接患者が呼吸困難を評価するスケールになります。そのため、6分間歩行試験などの運動負荷試験、運動療法における呼吸困難の評価に有用とされています。“修正”Borgsスケールとよく書いていますが、Gunnar Borg医師はもともと主観的運動強度 Ratings of perceived exertion (RPE)の評価のために、スケールを提唱しました。1986年にアメリカスポーツ医学会は臨床応用に際して、カテゴリー比スケールとしてCR10スケール、すなわち修正Borgスケールを提唱しました。それが現在使用されているスケールになります。
BORG, G. Psychophysical bases of perceived exertion. Medicine and Science in Sports and Exercise, 14: 377-81, 1982.

 修正Borgスケールの特徴はポイント4がポイント2の2倍、ポイント8はポイント4の2倍といった強度評価が可能な点にあります。一方NRSとVASは見たままの通りの評価です。一見よく似ていますが、電話や口頭での調査も可能なので、VASよりも記録しやすいという利点があります。
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 後者の2つ、F-H-J分類MRC息切れスケールは、間接的評価です。すなわち、問診などで医療スタッフが評価するスケールです。そのため、リハビリテーションの効果判定には適しません。
 
 F-H-J分類を見て、誰もが一度は思ったはずです。「100mしか歩けない患者さんは、どの分類に入るんだろう?」と。このF-H-J分類、最初のフレッチャー(Fletcher)を飛ばして読む人が多いと思いますが、そもそもこの分類を提唱したのはFletcher医師です。彼はイギリスMRCの委員長でもありました。Hugh-Jones先生はそれを紹介した医師ですので、二人は別々の医師であることを知っておく必要があるでしょう。日本呼吸器学会のガイドラインに記載されているようにF-H-J、と全部ハイフンでつなぐのは正式には誤った記載です。ちなみに、どちらも名字です。Hugh-Jonesまでが名字です。
・Fletcher CM. The clinical diagnosis of pulmonary emphysema ; an experimental study. Proc Royal Soc Med 45 : 577―584,1952.
・Hugh-Jones P, Lambert AV. A simple standard exercise test and its use for measuring exertion dyspnoea. Brit Med J 1:65―71,1951.
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 そして、Fletcherらが使っていた分類をもとに作られたイギリスMRC (British Medical Research Council)息切れスケールの 使用が推奨されるようになりました。すなわち、F-H-J分類は消え去りました。MRCは改訂がいろいろ加えられ、混沌としてしまいました。そのためMRC息切れスケールは、国によって全く異なるものになってしまいました。文献によっては"modified"がついているものやついていないものもバラバラで、定義も一定していません。日本のMRC息切れスケールの場合、表にあるようにGrade0からGrade5までの6段階になっています。
Hughes JMB, Pride NB, ed. Lung Function Tests : Physiological Principles and Clinical Applications. UK : Saunders, 1999.

 しかしながら、イギリスやATS/ERSは日本のMRC息切れスケールとは少々ことなります。日本のGrade 1~5 とイギリス版のGrade 1~5はほぼ同じですが、イギリスの場合Grade0がありません。またこれらGrade1~5は、ATS/ERS版ではGrade 0~4に相当します。書いていても分からないくらい、ややこしいこと極まりありません。「First floor」という英単語が、イギリスでは2階、アメリカでは1階を意味するのとよく似た現象ですね。

 日本のMRC息切れスケールの問題点は、多くの健常者がGrade0と1の両方に当てはまってしまうことです。激しい運動をして息切れを感じない人なんていません。イギリスやATS/ERSは、「激しい運動時を除き、息切れで困ることはない」というのが健常者の項目の記載ですが、これが正しい記載だと私も思います。そのため、日本のMRC息切れスケールのGrade0の存在意義は不明です。そのため、日本のMRC息切れスケールはどこの国においても通用しません。イギリスおよびATS/ERSのMRCのみが世界共通で通用します。日本のスケールはいまだに91.4メートルなんてややこしい数字を使っていますが、諸外国はめんどくさいのですでに100mに統一しています。

 ではなぜ日本にだけ、F-H-J分類を使っていたりMRC息切れスケールが遅れをとっているのでしょう。こればかりは、呼吸困難スケールを翻訳して臨床実用化に踏み切った方々の怠慢と言わざるを得ないと思います。しっかりとした翻訳と文献の読み込みができておれば、このような混乱は回避できたはずです。呼吸困難スケールは、呼吸器内科医にとっては大事なの1つでもあります。せめて世界標準くらいには追い付きたいものですね。
宮本顕二.  MRC 息切れスケールをめぐる混乱 ―いったいどのMRC 息切れスケールを使えばよいのか?―日呼吸会誌 46: 593-600,2008.



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by otowelt | 2012-10-22 00:58 | コントラバーシー

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