死前期の患者さんに大量の酸素投与は必要か?

e0156318_1163520.jpg 緩和ケアチームの設立やオピオイドの理解が進み、多くの病院では癌の終末期の呼吸困難感に対して少量のオピオイドを使用されていることと思います。システマティックレビューでもその有効性は確立しています。
Jennings AL, et al. A systematic review of the use of opioids in the management of dyspnoea. Thorax. 2002 Nov;57(11):939-44.

 ただ、特に肺癌を診療している方々は、亡くなられる最後の瞬間にはリザーバーマスク全開で酸素投与されている状況をよく目にすると思います。当然ですが死前期にはSpO2は極端に下がります。そのSpO2の低下に対して大量の酸素投与がなされていることが多いと思います。

―――果たしてもう余命幾ばくもない患者さんに大量の酸素投与をおこなうことに意味はあるのでしょうか?

 33人の軽度の労作時呼吸困難感を呈する進行癌患者さんの酸素投与の有無を比較した試験がありますが、酸素投与が呼吸困難感や歩行距離の改善をもたらすことはなかったという報告があります。ただ、この試験は“死前期”の酸素投与とは意味合いが異なります。
Bruera E, et al. A randomized controlled trial of supplemental oxygen versus air in cancer patients with dyspnea. Palliat Med. 2003 Dec;17(8):659-63.
 同様に、38人のホスピスの安静時呼吸困難感を呈する癌患者さんの酸素投与の有無を比較した試験があります。これについても酸素投与と室内気投与ではアウトカムに差はみられませんでした。ただし、両群ともに統計学的に有意なプラセボ効果がみられております。
Booth S, et al. Does oxygen help dyspnea in patients with cancer? Am J Respir Crit Care Med. 1996 May;153(5):1515-8.
 手持ちの扇風機を顔に当てるか足に当てるかで呼吸困難感に変化があるか調べた面白い試験もあります。5分間とかなり短い時間での検証ではありますが、顔に当てる方が呼吸困難感の軽減が大きかったというプラセボ効果が認められました。
Galbraith S, et al. Does the use of a handheld fan improve chronic dyspnea? A randomized, controlled, crossover trial. J Pain Symptom Manage. 2010 May;39(5):831-8.

 すなわち、鼻カニューラなり扇風機なり何かしら患者さん自身に風を送ることには呼吸困難感を軽減させるプラセボ効果があることが示唆されます。

 2010年には、終末期呼吸困難における臨床試験が行われました。これはオーストラリア、アメリカ、イギリスの9施設における成人の二重盲検ランダム化試験で、余命幾ばくもない死前期呼吸困難でPaO2が7.3kPa(54mmHg程度)以上の患者さん239人を登録したものです。1:1で酸素療法群、室内空気群に割り付けました。プライマリエンドポイントは、numerical rating scale (NRS)としました。開始から6日目まで、酸素療法群で朝の呼吸困難感が−0.9ポイント(95%信頼区間 −1.3~ −0.5)、室内気群では朝の呼吸困難感は−0.7ポイント(95%信頼区間−1.2 - −0.2) 変化しましたが有意差はみられませんでした(p=0.504)。夜のNRSについても有意差はみられませんでした (p=0.554)。
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Abernethy AP, et al. Effect of palliative oxygen versus room air in relief of breathlessness in patients with refractory dyspnoea: a double-blind, randomised controlled trial. Lancet. 2010 Sep 4;376(9743):784-93.より引用

 この結果は終末期呼吸困難に酸素投与に意味がないという結果にも解釈できますが、室内気のカニューラ投与にプラセボ効果があるとも解釈できます。また登録した患者さんのPaO2が高い点も、結果に影響を与えているような気がします。

 終末期の患者さんなので臨床試験そのものが組みにくい現状がありながらも、室内気であろうと酸素投与であろうとプラセボ効果がみられるのは確実のようです。ただ、SpO2がもはや測定できないような死前期の患者さんへリザーバーマスクでの酸素投与を全開にしたところで、予後が大きく変わるわけではありません。プラセボ効果を期待しているのであれば、それほどの流量は必要ないはずです。患者さん本人や家族様に“重症感”を強く与えてしまう可能性はありますが、それが皆さんにとって良いことか悪いことかはわかりません。死とはこうあるべきだという価値観は医療従事者や患者サイドで異なりますし、酸素をつけていなければ不信感を持たれる家族様も中にはいらっしゃるかもしれません。
 それでもなお、死亡直前に酸素流量を全開にした音が部屋全体に鳴り響くことは、おごそかな死を迎えるにあたって本当に必要な治療なのか悩まずにはいられません。

by otowelt | 2012-11-20 11:12 | 肺癌・その他腫瘍

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