イソニアジドによる神経障害

e0156318_18272741.jpg イソニアジドの有名な副作用と言えば神経障害ですが、「ピリドキシンを飲ませておけばいい」程度の知識として扱われていることも多く、まとまった記事も多くありません。イソニアジドによる神経障害について現在わかっている知見をまとめて、個人的にレビューしてみました。


・はじめに
 イソニコチン酸ヒドラジド、通称イソニアジドはリファンピシンとともに結核治療のキードラッグの1つです。ご存知の通り、世界的に広く使用されている抗結核薬です。神経障害が起こるリスクを考慮し、多くの結核治療医はその予防にビタミンB6の補充をおこなっています。しかしながら、イソニアジドの神経障害に関するエビデンスはあまり多くありません。
 最もまとまったレビューは、以下の論文だと思います。
van der Watt JJ, et al. Polyneuropathy, anti-tuberculosis treatment and the role of pyridoxine in the HIV/AIDS era: a systematic review. Int J Tuberc Lung Dis. 2011 Jun;15(6):722-8.


・イソニアジドによる神経障害の機序
 イソニアジドがピリドキシンと結合することで、尿中にピリドキシンが過剰に排泄量されます。
Preziosi P. Isoniazid: metabolic aspects and toxicological correlates. Curr Drug Metab 2007; 8: 839–851.
 またイソニアジドは、ビタミンB6群のリン酸化に必要なピリドキサールキナーゼを阻害します。ピリドキシンは大脳における神経伝達物質であるGABAの生成、またシナプスの刺激伝達に重要な、各種アミンの生成にも不可欠であるため、ビタミンB6の阻害により、末梢神経障害、運動失調、高次脳機能障害などが起こることがあります。これがイソニアジドによる神経障害です。
 病理学的にワーラー変性による軸索変性が起こっているものと考えられています。
Oestreicher R, et al. Peripheral neuritisin tuberculous patients treated with isoniazid. Am Rev Tuberc1954; 70: 504–508.


・イソニアジドによる神経障害の疫学
 イソニアジドによる神経障害はリスクファクターがない限りはまず起こり得ないとされています。イソニアジドにおける神経障害は用量依存性であり、MMWRによれば頻度は0.2%以下と極めてまれなものとされています。
・American Thoracic Society; CDC; Infectious Diseases Society of America. Treatment of tuberculosis. MMWR Recomm Rep. 2003 Jun 20;52(RR-11):1-77.
・Combs DL, et al. USPHS Tuberculosis Short-Course Chemotherapy Trial 21: effectiveness, toxicity and acceptability. Report of the final results. Ann Intern Med 1990;112:397–406.
・Hong Kong Chest Service, Tuberculosis Research Centre MBMRC.A double-blind placebo-controlled clinical trial of three antituberculosis chemoprophylaxis regimens in patients with silicosis in HongKong. Am Rev Respir Dis 1992;145:36–41.
・Ormerod LP, et al. Frequency and type of reactions to antituberculosis drugs: observations in routine treatment. Tuber Lung Dis1996;77:37–42.

 論文によっては神経障害の頻度をもっと多く報告しているものもありますが、イソニアジドによる神経障害を論じた報告のほとんどがHIV共感染のあるものです。実は、HIV共感染がある場合には神経障害は4倍にものぼるとされています。そのため、実際私たちが出合うイソニアジドによる神経障害というものの頻度はあまり詳しくわかっていません。
 MMWRの0.2%という記載は少し過少に見積もっている可能性も否定できません。たとえばThoraxの報告ではHIV共感染のない患者156人のうち2%に末梢神経障害がみられたと報告されていますし、ロンドン大学の報告でも1.9%という報告があります。ただし、これはレトロスペクティブ試験であるため信頼性に乏しいとする意見もあります。私はまだ5年あまりしか結核診療に携わっていませんが、イソニアジドによる神経障害には一度も出合ったことがなく(運がいいだけでしょうか?)、2%は多いのではないかとも感じています。
・Breen RA, et al. Adverse events and treatment interruption in tuberculosis patients with and without HIV co-infection. Thorax. 2006 Sep;61(9):791-4.
・Marks DJ, et al. Adverse events to antituberculosis therapy: influence of HIV and antiretroviral drugs. Int J STD AIDS 2009; 20: 339–345.
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イソニアジドは肝臓でアセチル化を経て代謝されます。アセチル化にかかわる酵素には2つの形質があり、民族によって大きな違いがあります。したがって、半減期は二峰性の確率分布をとります。神経障害やイソニアジドの効果もこの代謝によって差があるため、神経障害の頻度は民族差を考慮しなければならないかもしれません。そうなると神経障害の頻度を述べるには潜在的な交絡因子が多すぎるのかもしれません。
Krishnamurthy DV, et al. Effect of pyridoxine on vitamin B6 concentrations and glutamicoxaloacetic transaminase activity in whole blood of tuberculous patients receiving high-dosage isoniazid. Bull World Health Organ 1967; 36: 853–870.
 神経障害が起こる時期は、通常のイソニアジド内服量であれば16週程度かかるとされています。よほど過量のイソニアジドを内服したとしても、1か月くらいはかかるそうです。そのため、内服し始めて数日で「しびれる」と訴えるのはイソニアジドとはあまり関連性のないものだと考えられます。
Biehl JP, et al. Effect of isoniazid on vitamin B6 metabolism;its possible signifi cance in producing isoniazid neuritis. Proc Soc Exp Biol Med 1954; 85: 389–392.


・イソニアジドによる神経障害の予防
 イソニアジドによる神経障害を予防する上で、リスクのある患者においてはピリドキシンの予防投与が推奨されています。特に、高齢者、栄養失調、慢性肝疾患 妊娠中や授乳中の女性、アルコール嗜飲者、小児、糖尿病、HIV患者、腎不全の患者では予防投与が強く推奨されています。
Snider DE Jr. Pyridoxine supplementation during isoniazid therapy. Tubercle. 1980 Dec;61(4):191-6.

 ピリドキシンの予防投与量は国やそのガイドラインによって異なります。
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▲ガイドライン別のピリドキシンの1日あたりの予防投与量(mg)
・World Health Organization. Treatment of tuberculosis: guidelines for national programmes. 3rd ed. Geneva, Switzerland:WHO, 2003.
・Centers for Disease Control and Prevention. Guidelines forprevention and treatment of opportunistic infections in HIV infected adults and adolescents. Atlanta, GA, USA: CDC, 2009.
・Chan ED, et al. Current medical treatment for tuberculosis. BMJ 2002; 325: 1282–1286.
・Chemotherapy and management of tuberculosis in the United Kingdom: recommendations 1998. Joint Tuberculosis Committeeof the British Thoracic Society. Thorax 1998; 53: 536–548.
・Nisar M, et al. Exacerbation of isoniazid induced peripheral neuropathy by pyridoxine.Thorax 1990; 45: 419–420.
・Fennerty T. Pulmonary embolism. Hospitals should developtheir own strategies for diagnosis and management. BMJ 1998;317: 91–92.
・South African Department of Health. South African national guidelines on nutrition for people living with TB, HIV/AIDSand other chronic debilitating conditions. Pretoria, South Africa:Department of Health, 2001.
・Gibbon CJ, et al. South African medicines formulary.8th ed. Cape Town, South Africa: Health and Medical Publishing Group of the South African Medical Association, 2008.
・South African Department of Health. Standardised managementof multidrug-resistant tuberculosis in South Africa. Pretoria, South Africa: Department of Health, 2004.

 特に合併症のない正常な人であれば、食事の中に十分ビタミンが入っていますので、薬剤としての補充の必要性は乏しいかもしれません。
Steichen O, et al. Isoniazid inducedneuropathy: consider prevention. Rev Mal Respir 2006;23: 157–160.
 ピリドキシンの存在によってイソニアジドの腸管の吸収がやや低下するとされていますが、臨床的に問題になるほどの吸収阻害はないのではないかという意見もあります。予防投与量程度であればそれほど気にする必要はないと思います。
Zhou Y, et al. Effects of pyridoxine on the intestinal absorption and pharmacokinetics of isoniazid in rats. Eur J Drug Metab Pharmacokinet. 2013 Mar;38(1):5-13.


・おわりに
 個人的にはリスクのある患者さん(高齢者、糖尿病、HIV共感染など)に対してはビタミンB6の補充をおこなっていますが、元気な20歳くらいの結核患者さんでモリモリご飯を食べているような場合には補充をしていません。しかしサイクロセリンを投与している多剤耐性結核の患者さんに限っては、全例ピリドキシンを補充しています。


by otowelt | 2013-07-01 00:56 | レクチャー

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