なぜ気管支拡張症は女性に多いのか

・はじめに
 女性が罹患する非結核性抗酸菌症(NTM)のうち、中高年で閉経後に中葉や舌区に発症する病変のことを"Lady Windermere's syndrome"と呼ぶことはあまりにも有名です。この名称はOscar Wildeの戯曲『Lady Windermere's fan(ウィンダミア夫人の扇)』に由来します。古来より女性は公共の場で咳をすることはマナーが悪いものとみなされてきました。そのため女性は咳をしないように色々な工夫を凝らしていたといいます。こういったことが原因で起こる病気ではないかと唱えられた歴史もあり、"Lady Windermere's syndrome"と呼ばれるようになりました。ちなみに劇中のLady Windermereは呼吸器疾患にはかかっていません。
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(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde 1882年撮影)

 初めて"Lady Windermere's syndrome"という呼称を使ったのは、検索した限りではBess Kaiser医療センターのReich医師が初めてのようです。
Reich JM, et al. Mycobacterium avium complex pulmonary disease presenting as an isolated lingular or middle lobe pattern. The Lady Windermere syndrome. Chest. 1992 Jun;101(6):1605-9.

 ちなみに犬では気管支拡張症に性差はないと報告されています。しかしながら、猫ではオスの罹患率が高いとされています。
Norris CR, et al. Clinical, radiographic, and pathologic features of bronchiectasis in cats: 12 cases. J Am Vet Med Assoc.2000 Feb;216(4):530-4.


・なぜ女性に多いのか
 元来解剖学的に中葉・舌区のクリアランスが不良であるため、コロナイゼーションもその後のNTMの感染も起こるべくして起こっているものだというエキスパートオピニオンがあります。女性は、骨格や乳房の存在から男性よりもさらにクリアランスが不良であるとされています。

 非結核性抗酸菌は、フィブロネクチン付着タンパクを遊離してこれが気道上皮を障害することが知られています。マクロファージからのインタロイキン-12、ナチュラルキラー細胞およびCD4陽性Tリンパ球からのTNF-α、インターフェロン-γ、GM-CSFといったケミカルメディエーターが肉芽腫性炎症の根幹を成しているものと考えられます。
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Chalermskulrat W, et al. Nontuberculous mycobacteria in women, young and old. Clin Chest Med. 2002 Sep;23(3):675-86. より引用

 また、閉経すると、それまで保護的な役割を果たしていた性ホルモンや肺胞マクロファージの機能が減弱するため、コロナイゼーションしていたNTMやその他の細菌が潜在的に活動性を帯びてきます。この物理学的な刺激が気管支拡張症をもたらす可能性が示唆されています。
Miller L, et al. Sex steroid hormones and macrophage function. Life Sci 1996;59:1–14.

 HLAによってNTMに対する宿主の免疫応答が異なるという報告もあります。たとえばHLA-A26は肺MAC症の予後不良因子として報告されています。また日本の試験ではHLA-A33やHL-DR6が肺MAC症の感染と関連していることが指摘されています。これらの症例の多くが女性であったという結果でしたが、この因子が実際の性差と関連しているのかは現時点では不明です。
・Kubo K, et al. Analysis of HLA antigens in Mycobacterium avium-intracellulare pulmonary infection. Am J Respir Crit Care Med. 2000 Apr;161(4 Pt 1):1368-71.
・Takahashi M, et al. Specific HLA in pulmonary MAC infection in a Japanese population. Am J Respir Crit Care Med. 2000 Jul;162(1):316-8.


 閉経後の女性では輸卵管(ファロピアン管)の線毛運動が低下することがわかっており、女性ホルモンが体内の線毛運動を規定する一つの因子であることが示唆されてきました。
Comer MT, et al. Induction of a differentiated ciliated cell phenotype in primary cultures of Fallopian tube epithelium. Hum Reprod 1998;13:3114–3120.

 近年、プロゲステロンが気道上皮線毛運動の周波数 (ciliary beat frequency:CBF)を低下させるという報告がありました。女性ホルモンが、気道上皮に対して不利益的に機能していることを示唆する報告です。ただこの報告では通常女性が有するプロゲステロンの濃度よりもかなり高いもののようで、実際に女性ホルモンのみで気道の線毛運動が障害されるかどうかは不確かであると議論されています。
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Jain R, et al. Sex hormone-dependent regulation of cilia beat frequency in airway epithelium. Am J Respir Cell Mol Biol. 2012 Apr;46(4):446-53. より引用


・おわりに
 現時点では、非嚢胞性線維症の中高年の閉経後女性に起こる気管支拡張症、いわゆる典型的な"Lady Windermere's syndrome"になぜ性差があるのかはよくわかっていません。ただ、現在の知見では①女性というものが気道を保護する上で不利な性別であること、②女性ホルモンの減少によって気道の防御機構が障害されること、が原因であると考えられます。しかし、発症する女性と発症しない女性の間の決定的な差は現時点では明らかではありません。NTMのコロナイゼーションがどの程度関与しているのかはこれからの研究課題と言えるでしょう。


by otowelt | 2013-07-11 00:44 | コントラバーシー

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