「スリガラス影」に思う

e0156318_16482294.jpg・スリガラス影(ground-glass opacity)
 くもり硝子の向こうは~といえば「ルビーの指輪」の歌詞が思い出されますが、呼吸器科医にとっては曇りガラスよりもスリガラスの方が親しみがあるものです。すりガラス影、スリガラス影、磨りガラス影、磨り硝子影、いろいろ表記法がありますが、呼吸器科医のみなさんはどの書き方を使用しているでしょうか?個人的には、スリガラス影とすべてカタカナ表記にしているのですが、実はこれ、書籍によってバラバラなんです。本来の日本語の意味から考えるなら、すりガラス影という平仮名カタカナ混じりあるいは磨りガラス影という漢字カタカナ混じりの表記法が正しいものなのでしょう。そのため、「すりガラス影」と記載すべきだという意見に反対は特にありません。

 個人的には、前後のひらがなと繋がって見にくくならないようにスリガラス影というカタカナ表記を使用しています(例えばこの文でも平仮名混じりにすると「見にくくならないようにすりガラス影」、ちょっとややこしくなりませんか?)。言語は正しく表記することが一番ですが、個人的には読み手に伝わることが先決と思っているので敢えてカタカナを使用しています。

 ground glass opacityのgroundとglassの間には、形容詞的に「―(ハイフン)」を入れるのが通例になっており、Fleischner Societyの定義でもground-glass opacityと記載されています。私たちは、これを略してGGO(ジージーオー)と呼んでいます。


・語源
 Wikipediaによれば、磨りガラス(すりがらす)は表面に微細な凹凸をつけたガラスのことです。製造方法としては、金剛砂などで擦る方法と、薬品でエッチングする方法があるそうです。なるほど、光が分散させているわけですね。白熱灯の表面が磨りガラスでできている理由はここにあるようですね。

 スリガラス影は、背景の肺野の構造物である血管などが透見できないという意味の胸部レントゲン・CT用語です。1940年代にはすでに使用されており、果たしてだれが最初に胸部画像所見に正式に応用したのか調べても分かりませんでした。現在の国際的な定義は、前述のようにFleischner Societyがよく参照されています。
Hansell DM, et al. Fleischner Society: glossary of terms for thoracic imaging. Radiology. 2008 Mar;246(3):697-722.


・スリガラス影は濃度の用語
 スリガラス影は本来陰影の濃度に焦点を当てた用語ですので、濃度の濃い浸潤影(consolidation:コンソリデーション)としばしば対比されます。
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 しかしながら、スリガラス影が時に網状影(reticular pattern、reticulation)や線状影(linear opacity、parenchymal band)と土俵を同じくして比較されることがあります。本来、網状影や線状影は形態を表した言葉であり、濃度について定義上は問うていません。そのため、「これはスリガラス影ではなく網状影である」という言葉は厳密には正しい言い方ではないと個人的に思います。スリガラス影や浸潤影といった濃度を問わず、陰影の集合体が線のように見えれば線状影であり、網目のように見えれば網状影と呼びます。これはもはや主観の世界です。網状影だと言う医師がいる一方で、いやこれは粒状影だと言う医師もいるかもしれません。私は、別にそれでいいと思っています。画像所見を言葉にするのは所詮人間ですから、100%正解なんてありません。スリガラス影や浸潤影といった用語と比べると、網状影や線状影といった用語の観察者間一致率は極めて低いだろうと思います。日常臨床で大事なのは、画像所見を相手に伝えることです。厳密な定義に基づいて、そうであるかないかを論じることには大きな意味はありません。「蜂巣肺である・蜂巣でない」、「牽引性気管支拡張である・牽引性気管支拡張でない」といった議論は、線維化の進んだ肺かどうかをパターン認識で論じているに過ぎません。自分が蜂巣肺だと思えばそれで構わないし、蜂巣肺でないと思えばそれで構わないと思っています。双方とも、頭に思い浮かべている診断と治療が大差ないのであれば、画像所見の定義の話をしても仕方がありません。もちろん、特定疾患の申請や抗線維化薬の適応などを吟味する上で、パターン認識は否応なしに必要という実情もありますが。

 結節影や腫瘤影も当然ながら濃度として浸潤影になることが多いため、敢えて濃度について言及することはありません。しかし結節影の中にはスリガラス濃度を呈するものもあり、これはground-glass nodule(GGN)と呼んでいます。
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 肺癌や肺クリプトコッカス症のように明らかな結節影や腫瘤が肺野にある場合、それは"慣習的に"浸潤影とは呼びません。肺結核の粒状影や空洞壁の濃度は浸潤影と同じ濃度ですが、これも"慣習的に"浸潤影とは呼びません。明らかな結節影などの形態的特徴が存在する場合、メジャー所見としては形態を先んじて述べるべきという暗黙のルールがあります。

 crazy paving patternのように複雑な陰影を呈する場合、メジャーな所見を網状影を考えるかスリガラス影と考えるか迷うと思います。複雑な所見の場合、どちらかの用語を選ばねばならないというわけではありませんので、それは両方メジャーなのです。

 形態的特徴があやふやなケースでは、濃度が優先的に所見として述べられます。浸潤性粘液腺癌(昔のmucinous BAC)という疾患がありますが、非常に多彩な陰影を呈します。そういったときは、「散在性」「びまん性」「上葉優位」などの言葉を使って相手にわかりやすく伝わるよう説明すればいいと思います。どれだけ形容詞をつけても蛇足にはなりません。


・おわりに
 長々と述べましたが、結局のところ「相手に画像所見を伝えること」と「臨床試験で画像所見を分類する上で定義が必要」という2点において、画像所見の正否に関する議論が勃発するのだろうと思います。私も研修医の頃は「えーとえーと、これは浸潤影で・・・モゴモゴ」などと言っていましたが、別に文学的表現を用いてもいいので、相手に伝わるよう画像所見を言うことが大事なのかな、と最近年寄りじみたことを思うようになりました。その昔、「石綿曝露の既往があり、胸部CTで胸膜直下を這うような雷みたいなビリビリした細い陰影が見えます」とカンファレンスで言った研修医がいました。他に医師には笑われていましたが、私の頭には鮮明にsubpleural curvilinear shadowが思い浮かびました。同時に、研修医のそういったメディカル・リテラシーとも呼べる資質をバカにしてはいけないと反省しました。そして、意外にもこういった文学的表現の方が読影に向いているのです。だからこそ、蜂巣肺(honeycomb lung)、tree in bud pattern、crazy paving patternといったが医学用語として現代に残っているのでしょう。

注意:この記事はあくまで個人的見解です。


by otowelt | 2013-08-02 12:32 | コントラバーシー

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