ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない

e0156318_9104886.jpg・はじめに
 私はヘタクソながらもピアノを弾くことが趣味で、ラフマニノフなどの近代の作曲家が好きです。先日、全盲のピアニストとして有名な辻井伸行さんがプロムスデビューを飾り、佐渡裕指揮の頃とは違ったラフマニノフのピアノ協奏曲2番(op. 18)を聴かせてくれたことが記憶に新しいです。
 作曲家が罹った疾患については、多くのエピソードが残されています。ラフマニノフ=Marfan症候群、ショパン=肺結核(嚢胞性線維症という説もあります)、モーツァルト=粟粒熱(現在は存在しない)、チャイコフスキー=コレラなどなど。今回はその中のラフマニノフについて取り上げてみたいと思います。


・ラフマニノフの手
 セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Vasil'evich Rachmaninov)(1873年~1943年)は、数々の名曲を残したロシアの有名な作曲家ですが、それでいてピアノの技巧も卓越していたことでも知られています。彼は身長2メートル近い(193cm)体躯と巨大な手の持ち主で、12度の音程を左手で押さえることができたと言われています。12度というのは、ドから1オクターブ上のソまでです。冒頭で述べたピアノ協奏曲2番は、下の楽譜に示すように左手を10度の間隔に広げることが要求されています。手の大きくないピアニストの場合はこの和音をアルペジオにして弾くことが当たり前になっています(アルペジオ:例えば「ドミソ」を同時に弾くのではなく、「ド→ミ→ソ」と少し時間差で弾くこと。こうすれば指が小さい人は広い和音を弾ける)。
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(ピアノ協奏曲2番第1楽章冒頭 op. 18)

 ラフマニノフを筆頭としたロシアの作曲家はとにかく和音が大好きで(ロシアの文化性だと思います)、手の大きさとあとは体力勝負、という場面も少なからずあります。
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(前奏曲 op.32-13)


・Marfan症候群だったか否か
 医学部の講義の時に必ずといって登場する薀蓄(うんちく)として、「ラフマニノフはMarfan症候群だった」というものがあります。しかしその診断は不確実なもので、身体的特徴や症状から類推されたものに過ぎませんでした(Br Med J (Clin Res Ed). 1986 Dec 20-27;293(6562):1624-6.)。

 ラフマニノフのバイオグラフィーを調べて、彼はMarfan症候群ではなく、実は先端巨大症だったのではないかと唱える報告(J R Soc Med. 2006 Oct;99(10):529-30.)があります。Marfan症候群だけでは説明がつかない点が先端巨大症によって説明できるというのです。たとえば、後期にみられた手の硬直が正中神経障害による両側性の障害であること、悪性黒色腫が巨大症に関連した悪性腫瘍である可能性があること(Clin Endocrinol (Oxf). 1997;47:119–21)などが挙げられます。この研究グループは、側弯や漏斗胸といった胸郭異常、循環器疾患といったMarfan症候群に特徴的と言える徴候がなかった点も当該診断に懐疑的である根拠としており、全てを満たす疾患としては先端巨大症であったと考える方が妥当だろうと結論づけています。

<音楽と医学>
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<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2013-08-24 15:43 | コラム:医学と偉人

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