妊娠喘息

e0156318_7554433.jpg※2015年12月12日改訂

・妊娠中に喘息は悪化しやすい?
喘息の既往歴の有無を問わず、妊婦さんの10人に1人くらいは妊娠喘息を発症すると言われています。これは一般人口と比較すると結構多い数字です1)

 1988年と少し古い報告ですが、妊娠によって喘息の35%が悪化し、28%が改善し、33%が不変であると言われています2)。もう少し新しい報告に目を向けると、2015年の報告では、妊娠喘息全体からみると、第1期よりも第2・3期あたりに悪化することが多いと言われています3)

 適切にコントロールされている喘息患者さんでは、おおむね同じ治療ステップのまま分娩まで到達できますが、4割くらいの患者さんがステップアップを余儀なくされるというイギリスの報告もあります(図)4)。出産直前期には喘息症状がちょっとはマシになるという意見もありますが、その真偽はまだよくわかっていません5),6)
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図.妊娠による喘息治療ステップの変化4)(文献より引用)

 現時点で言えることは、妊娠と喘息は切っても切れない関係だということです。妊婦だから特段治療を強化しなければならないというワケではありませんが、産婦人科と併設されている病院では呼吸器科と併診できればよいと思います。産婦人科の主治医が喘息コントロールしている病院もあるでしょう。妊娠後期になると複数の診療科を受診できなくなりますから、妊娠初期の時点でアドヒアランスについて口を酸っぱくして患者さんに伝えておくことが重要だと思います。そのためには、「赤ちゃんに影響が出るとよくないからお薬やめます」という事態をなくさなければなりません。これが最も妊娠喘息を悪化させるリスク因子です。


・赤ちゃんに害のあるステロイドなんてイヤ!
 吸入ステロイド薬(ICS)。・・・・・・・ステロイドという名前を出した瞬間、ステロイド=よくない薬剤=胎児にはダメ、ゼッタイ!という、等式が頭に浮かぶためでしょう、患者さんの何人かは「薬はやめたいです」と言ってきます。しかし、断言できることがあります。喘息があるならICSは絶対に使用した方がよい。使用しない方が赤ちゃんに害が出ます7)。妊娠中の喘息存在は、胎児に低酸素血症をもたらし、流産や多発育不全のリスクを上昇させます8)。それがコントロール不良の喘息であれば、なおさらリスキーです9)。そして、ICSを定期的に吸入することで、喘息発作による救急受診を減らせることがわかっています。

 胎児に危険の及ばない範囲で喘息をコントロールしてあげることが、元気な赤ちゃんを産むために必要不可欠です。それがICSであれ、その他の喘息治療薬であれ。ICS以外の薬剤に関してもまず間違いなく安全ですが、100%の安全を保障してくれるものではありません。それは妊娠中であればどの薬剤でも同じでしょう。

 繰り返しますが、喘息患者さんが妊娠したときに私が言う一言は「赤ちゃんのためにICSを使い続けてほしい」ということです。


・喘息治療薬の催奇形性について
 妊娠中に薬剤を使用すると催奇形性が高くなることはよく知られています。ご存知のとおり妊娠中の薬剤によってリスクの高低があります。まず、妊娠中に使用しても問題ない気管支喘息治療薬を以下に掲載します(表)。
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 最も使用頻度が多いICSは、ほぼ安全です10)。ただ、それでもパルミコートのエビデンスが豊富であることから11)、妊娠喘息の第一選択は世界的にパルミコートと決まっています。これは多くの呼吸器内科に有名な知見ですが、個人的にはさほどICS間で大差はないと思っています。どんぐりの背比べ。

 ICS/LABAについては口蓋裂などの催奇形リスクをやや上昇するという報告もあるため、特に妊娠初期にはICSのみでコントロールできるのであれば、無用なICS/LABAを処方しなくてもよいでしょう12)。ICS/LABAは医学的にはほとんど問題なく使用できるくらい安全性は高いのですが、わずかでもリスクの上昇があると報告されると、それが法的根拠になることがありえます。LABAに対する検討はまだすすんでおらず、現時点で積極的にLABAを選択する必要性はないと私は思います13)。重症例に対してはLABAの上乗せを選択しなければならないこともあるでしょうが。LAMAについては妊婦に対する報告が多くありません。個人的にはステップ3以上であっても使用しません。とりわけLAMAにこだわる場面はなさそうです。

 クロモグリク酸(インタール®)は、使うタイミングや妊娠時に有効なのかどうかという大規模な検討はされておらず、積極的に用いることはありません。

 妊婦に対するアドレナリンについては、とくに重積発作のときに使用するべきかどうか迷います。アナフィラキシーショックに対して投与しなかったことで過去に訴訟に発展したケースもあり、それが頭をよぎる医師も少なくないでしょう。投与する=胎児に影響を与える、投与しない=母体が致命的になるという場合、母体優先で究明すべきと思います。アドレナリンの投与によって子宮血流が低下するとされていますが、明らかな有害事象はそれほど報告されていません。

 アメリカFDA(Food and Drug Administration)は、PLLR(Pregnancy and Lactation Labeling Final Rule)ステートメントにおいてこれまで使用していたカテゴリーA、B、C、D、Xの胎児危険度分類を廃止する方針です(実務上2015年6月以降撤廃)。この分類によって混乱を招き、胎児へのリスクの差を正しく伝えられなかったとしています。とはいえ、現場ではまだこの胎児危険度分類が取り上げられることも多いでしょう。今後の動向を見守りたいと思います。GINAで安全とされているICS、β2刺激薬、テオフィリン、ロイコトリエン拮抗薬で、FDA旧カテゴリーBのものが妊娠喘息でよく使用されています。ヒトでの対照試験が実施されていないものは、FDA旧カテゴリーCになっています。オーストラリア医薬品評価委員会の分類基準も記載しておきます。
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表. 妊婦に対する喘息治療薬の薬物別推奨(旧FDA基準、オーストラリア基準)


・妊娠喘息の発作時は?
 妊娠喘息が救急搬送されてきました。さて、どうしましょう。ステロイドの点滴は憚られるし、とりあえずSABAのネブライザーで様子をみて・・・・・・。

 ちょっと待ってください。妊娠喘息が搬送されてきた場合には、通常の喘息発作と同じ治療にあたってください。催奇形性が問題ではなく、母体の喘息によって胎児に有効な血流が送られないことの方が問題なのです。優先順位を間違えてはいけません。GINAのガイドラインでも発作時には迷うことなく全身性ステロイドを用いるべきと記載しています。喘息発作で救急を受診した妊婦さんも、最近はステロイドの点滴を受ける頻度が増えてきたそうです。これにより救急部の喘息ケアが改善したことが報告されています23)。ただし、ステロイドの点滴が必要でない軽症の発作に対しては、本当に投与する必要があるのかどうか考えるべきです。全身性ステロイドのリスクはゼロというワケではないのですから。

 小ネタですが、発作時に吸入マグネシウムが妊婦に安全と言われています。妊娠喘息発作で救急外来に来た際にはマグネシウムを選択することが妥当かもしれないというコクランレビューがあります24)。ただ、日本では点滴治療が主流であり、マグネシウムをネブライザー吸入する手法は普及していません。


・授乳婦喘息の治療
 授乳婦の喘息治療については、通常の成人と同等にあつかってよいです。代謝された薬剤が母乳に漏出する可能性がありますが、その量は雀の涙ほどです。新生児・乳児に影響が出る可能性はまずないでしょう。唯一、テオフィリン徐放製剤については、大量に服用することで新生児・乳児に興奮、不眠、などの精神的症状をきたす可能性があります。


(参考文献)
1) Kelly W, et al. Asthma in pregnancy: Physiology, diagnosis, and management. Postgrad Med. 2015 May;127(4):349-58.
2) Schatz M, et al. The course of asthma during pregnancy, post partum, and with successive pregnancies: a prospective analysis. J Allergy Clin Immunol. 1988 Mar;81(3):509-17.
3) Kim S, et al. Effect of pregnancy in asthma on health care use and perinatal outcomes. J Allergy Clin Immunol. 2015 Jun 11. pii: S0091-6749(15)00650-8. doi: 10.1016/j.jaci.2015.04.043. [Epub ahead of print]
4) Charlton RA, et al. Asthma management in pregnancy. PLoS One. 2013 Apr 4;8(4):e60247.
5) Gluck JC, et al. The effect of pregnancy on the course of asthma. Immunol Allergy Clin North Am. 2006 Feb;26(1):63-80.
6) Gluck JC. The change of asthma course during pregnancy. Clin Rev Allergy Immunol. 2004 Jun;26(3):171-80.
7) Smy L, et al. Is it safe to use inhaled corticosteroids in pregnancy? Can Fam Physician. 2014 Sep;60(9):809-12, e433-5.
8) Demissie K, et al. Infant and maternal outcomes in the pregnancies of asthmatic women. Am J Respir Crit Care Med. 1998 Oct;158(4):1091-5.
9) Wen SW, et al. Adverse outcomes in pregnancies of asthmatic women: results from a Canadian population. Ann Epidemiol. 2001 Jan;11(1):7-12.
10) Hodyl NA, et al. Fetal glucocorticoid-regulated pathways are not affected by inhaled corticosteroid use for asthma during pregnancy. Am J Respir Crit Care Med. 2011 Mar 15;183(6):716-22.
11) Norjavaara E, et al . Normal pregnancy outcomes in a population-based study including 2,968 pregnant women exposed to budesonide. J Allergy Clin Immunol. 2003 Apr;111(4):736-42.
12) Garne E, et al. Use of asthma medication during pregnancy and risk of specific congenital anomalies: A European case-malformed control study. J Allergy Clin Immunol. 2015 Jul 25. pii: S0091-6749(15)00837-4. doi: 10.1016/j.jaci.2015.05.043. [Epub ahead of print]
13) Eltonsy S, et al. Beta2-agonists use during pregnancy and perinatal outcomes: a systematic review. Respir Med. 2014 Jan;108(1):9-33.
14) National Heart, Lung, and Blood Institute, National Asthma Education and Prevention Program Asthma and Pregnancy Working Group. NAEPP expert panel report. Managing asthma during pregnancy: recommendations for pharmacologic treatment-2004 update. J Allergy Clin Immunol. 2005 Jan;115(1):34-46.
15) Stenius-Aarniala B, et al. Slow-release theophylline in pregnant asthmatics. Chest. 1995 Mar;107(3):642-7.
16) Park-Wyllie L, et al. Birth defects after maternal exposure to corticosteroids: prospective cohort study and meta-analysis of epidemiological studies. Teratology. 2000 Dec;62(6):385-92.
17) Gur C, et al. Pregnancy outcome after first trimester exposure to corticosteroids: a prospective controlled study. Reprod Toxicol. 2004 Jan-Feb;18(1):93-101.
18) Schatz M, et al. The relationship of asthma medication use to perinatal outcomes. J Allergy Clin Immunol. 2004 Jun;113(6):1040-5.
19) Bakhireva LN, et al. Safety of leukotriene receptor antagonists in pregnancy. J Allergy Clin Immunol. 2007 Mar;119(3):618-25.
20) Chaudhuri K, et al. Anaphylactic shock in pregnancy: a case study and review of the literature. Int J Obstet Anesth. 2008 Oct;17(4):350-7.
21) Kupryś-Lipińska I, et al. Omalizumab in pregnant women treated due to severe asthma: two case reports of good outcomes of pregnancies. Postepy Dermatol Alergol. 2014 May;31(2):104-7.
22) Global Strategy for Asthma Management and Prevention. available from: http://www.ginasthma.org/local/uploads/files/GINA_Report_2015_May19.pdf
23) Hasegawa K, et al. Improved management of acute asthma among pregnant women presenting to the ED. Chest. 2015 Feb;147(2):406-14.
24) Bain E, et al. Interventions for managing asthma in pregnancy. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Oct 21;10:CD010660.


by otowelt | 2015-12-12 09:40 | レクチャー

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