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呼吸器疾患に対するβ遮断薬が孕むジレンマ

e0156318_10365827.jpg・使いにくいβ遮断薬
 「呼吸器内科医はβ遮断薬が嫌い」という格言(?)があります。気管支平滑筋を収縮させるワケですから、COPDなどの閉塞性肺疾患がある患者さんに対しては基本的に禁忌と考えられるためです。β遮断薬の添付文書をザっとながめてみると、たとえば気管支喘息の患者さんには使いにくいようになっています。最近の循環器内科事情には精通していませんが、循環器疾患においてエビデンスが豊富なビソプロロール(メインテート®)やカルベジロール(アーチスト®)などの薬剤では、前者は呼吸器疾患(特に気管支喘息)に対しては慎重投与ですが、後者はなんと禁忌とされています。


・COPDには使ってもよい?
 2011年にBMJに衝撃的な報告がなされました。6000人近いCOPD患者さんを解析したコホート研究において、β遮断薬の使用はCOPD全体で死亡率を低下させたのです1)。また、心臓選択性のβ遮断薬を使用しても、気流閉塞の悪化はほとんど起こらないということが報告されており2)、「循環器疾患のあるCOPD患者さんに対してβ遮断薬はダメ!」というのは時代遅れになってきたのでは・・・という意見がちらほら出始めました。特に、虚血性心疾患のリスクが高そうなCOPD患者さんに対してはむしろβ遮断薬を用いた方がよいのでは、という意見もあります3), 4)

 ただし、酸素療法を要するような超重症のCOPD患者さんに対してはβ遮断薬の有害性の方が上回るとされているので注意が必要です5)。また、ACOS(asthma-COPD overlap syndrome)のような気管支喘息との合併例に対しては安易に使用しない方がよいでしょう。COPDはともかくとして、気管支喘息に対しては有害であるという意見の方が多いためです6)

 虚血性心疾患の既往があったり、将来的にそのリスクが高いCOPD患者さんにおいて、トータルでみればβ遮断剤を使用した方が生命予後の改善に結び付く可能性が高いでしょう。私も、心筋梗塞二次予防、収縮性心不全の患者さんには積極的に導入してもよいかなと考えています。β遮断薬の作用機序に目が行きがちですが、患者さんが元気に長生きできるかどうか、という視点で捉えなければならないと思います。もちろん、個々の症例について効果とリスクを天秤にかける必要があることは言うまでもありません。


(参考文献)
1) Short PM, et al. Effect of beta blockers in treatment of chronic obstructive pulmonary disease: a retrospective cohort study. BMJ. 2011 May 10;342:d2549.
2) Salpeter S, et al. Cardioselective beta-blockers for chronic obstructive pulmonary disease. Cochrane Database Syst Rev. 2005 Oct 19;(4):CD003566.
3) Quint JK, et al. Effect of β blockers on mortality after myocardial infarction in adults with COPD: population based cohort study of UK electronic healthcare records. BMJ. 2013 Nov 22;347:f6650.
4) Du Q, et al. Beta-blockers reduced the risk of mortality and exacerbation in patients with COPD: a meta-analysis of observational studies. PLoS One. 2014 Nov 26;9(11):e113048.
5) Ekström MP, et al. Effects of cardiovascular drugs on mortality in severe chronic obstructive pulmonary disease. Am J Respir Crit Care Med. 2013 Apr 1;187(7):715-20.
6) Morales DR, et al. Adverse respiratory effect of acute β-blocker exposure in asthma: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Chest. 2014 Apr;145(4):779-86.

by otowelt | 2015-09-11 00:22 | コントラバーシー

気管支鏡後の気胸に対して胸腔ドレナージは必要か?

e0156318_14441648.jpg・気管支鏡後の気胸の頻度
 気胸=胸腔ドレナージ。これは医学生でも習うことですし、下手すりゃ一般の方でも知っていることかもしれません。しかし、実は気胸に対して胸腔ドレナージが必要かどうか判断することは非常に難しい。呼吸器内科医の私も、何度も判断に迷うことがあるくらいです。
 気管支鏡による気胸の合併頻度は国地域や試験デザインによってさまざまですがおおむね0.3~1.7%程度と考えられます1)-4)。私も何を隠そう、過去に気胸をつくってしまった経験があります。びまん性肺疾患に対してアグレシッブに肺生検を頑張りすぎると気胸を起こすことがあるのです。さて、先ほどの数値を参考にして、私は患者さんに「気管支鏡による気胸の頻度は1%程度、100人に1人は起こりうる合併症である」と説明しています。ちなみに日本の呼吸器診療に即したデータでは、経気管支肺生検を受けた患者さんの0.67%に気胸を合併すると報告されています5)


・気管支鏡後の気胸に胸腔ドレナージは必須?
 さて、その1%程度に気胸が発症した場合、どのくらいの重症度かといいますと、ほとんどが胸腔ドレーンを要さない軽度の気胸です。報告によっては胸腔ドレナージ率が高い報告もあるのですが、実は虚脱率だけでは胸腔ドレナージが必ずしも必要とは言えないのが気管支鏡後の気胸。これはどういうことかといいますと、通常の気胸というのは多くはブラに穴があいて肺が虚脱します。その穴がふさがらない限りは気胸が治らないため、胸腔ドレナージを必要とすることが多いわけです。一方、気管支鏡後の気胸は、肺を生検したときに肺の末梢に穴があいたことを意味しますが、出血によって被覆されれば胸腔ドレナージを行わなくても虚脱が進行しないことがあります。あまりに虚脱率が大きいときは胸腔ドレナージが必要かもしれませんが、気管支鏡後の気胸にかぎっては一度脱気を試してみるのもよいかもしれません。特に女性の場合は胸腔ドレナージで傷がついてしまうのはかわいそうなので、私は気管支鏡後の気胸に関してはまず脱気を試しています。経過観察だけでよくなる患者さんもいるので、数日観察してみるのも手です。
 脱気は、点滴で使用するカテーテル(サーフロー、インサイト、スーパーキャスなど)を胸腔に留置し、三方括栓を使って、手動で胸腔の空気を外に出します(写真)。仰臥位で第2肋間からアプローチするのが元も安全だと思います。脱気の際、外気が胸腔に入らないように注意して下さい。肺についた傷口が出血でふさがっておれば、脱気だけで気胸は完治します。ただし、脱気だけで「ヨシッ」と判断して、夜を迎えないようにしてください。夜に虚脱が進行すれば、寝ている間に緊張性気胸になってしまうこともあります。必ず、脱気後はその日のうちに虚脱が進行しないことを確認してください。また、翌日は必ず朝一番に胸部レントゲン写真を撮影してください。
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写真. 気胸に対する脱気の手技例

・気管支鏡の気胸の同定は、検査直後の撮影でよいか?
 気胸を発症している患者さんは必ず症状を呈するだろうから、そもそも気管支鏡の後に胸部レントゲン写真なんて要らないのではという意見もあります6)。ただ、日本の呼吸器診療では胸部レントゲン写真を撮影しなくてもよいという風潮はなく、法的な観点からも処置後の胸部レントゲン写真は必須と考えられます。気管支鏡後すぐでも30分~1時間後でもいつ撮影してもよいと思います。


(参考文献)
1) Stather DR, et al. Trainee impact on procedural complications: an analysis of 967 consecutive flexible bronchoscopy procedures in an interventional pulmonology practice. Respiration. 2013;85(5):422-8.
2) Tukey MH, et al. Population-based estimates of transbronchial lung biopsy utilization and complications. Respir Med. 2012 Nov;106(11):1559-65.
3) Colt HG, et al. Hospital charges attributable to bronchoscopy-related complications in outpatients. Respiration. 2001;68(1):67-72.
4) Sinha S, et al. Bronchoscopy in adults at a tertiary care centre: indications and complications. J Indian Med Assoc. 2004 Mar;102(3):152-4, 156.
5) Asano F, et al. Deaths and complications associated with respiratory endoscopy: a survey by the Japan Society for Respiratory Endoscopy in 2010. Respirology. 2012 Apr;17(3):478-85.
6) Milam MG, et al. Immediate chest roentgenography following fiberoptic bronchoscopy. Chest. 1989 Sep;96(3):477-9.


by otowelt | 2014-11-07 00:36 | コントラバーシー

「医師」と「医者」の違い

e0156318_11332454.jpg・はじめに
 このブログは極めて真面目なブログなのですが、時には脱線したエッセイを書かせて下さい。

 私はUFOキャッチャーが好きで、いかつい顔に似合わず車には大量のぬいぐるみを乗せています。そのほとんどがドラえもんとカピバラさんです。それでいて、数年前までは軽自動車に乗っていましたから、小さな車にぬいぐるみをたくさん乗せた運転手がこんな男であれば、警察から職質を受けることは必至です。
 
 本題に入りますが、医師の方々は職業を尋ねられたときどう答えるでしょうか。「医師」と答える方、「医者」と答える方、半々くらいではないでしょうか。


・「医師」と「医者」の違い
 天下の広辞苑で「医師」と「医者」について調べてみました。すると、以下のような定義がなされていました。

医師 ・・・ 所定の資格を持ち、病気の診療や治療を業とする者。医者。

医者 ・・・ 病気の診療や治療を業とする者。医師。
 両者のどこが違うのかといいますと、「所定の資格を持ち」という部分です。そう、「医師」というのは正式な資格の名称であり、私たちも医師免許を持っています。しかし、「医者」という言葉には資格について記載はありません。日本では、医師の資格がなければ病気の診療や治療ができませんから、現実的に医師と医者の意味合いは同等に違いありません。しかし、言語学的には「医師」は「医者」に比べれば、極めて厳密かつフォーマルな言葉と言えましょう。「医者」という言葉の中に「医師」という言葉が存在する関係があると言っても過言ではありません。いや、過言かもしれませんが。
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(図:「医師」と「医者」の関係)

 明確な根拠はありませんが、「医師」という言葉は医療を行うことにプライドがあるような意味合いに受け取られ、「医者」という言葉はどちらかといえば温かみのある言葉に受け取られることが多いようです。


・ブラックジャックは「医師」ではない
 そのため上記の定義に基づけば、ブラックジャックは「医師」ではなく「医者」です。渡辺淳一の「雲の階段」に出てくる無資格医の主人公も「医師」ではなく「医者」であろうとしました。マスメディアにたびたび登場する、無資格で医療行為を行った方々も、もしかしたらそうだったのかもしれません。しかし、現実的に医師の資格を持たずして医者にはなれないこの国では、非医師医者の存在は罪です。


・おわりに
 「医師でありたい」という言葉と「医者でありたい」という言葉を比較すると、後者の方がやや温かみがあるように感じます。それは日本では昔から私たちの職業のことを「お医者さん」と親しみを込めて呼んでいたからではないでしょうか。

 ちなみに私は職質を受けた場合、「医者」と答えます。別に優美高妙な理念があるわけではなく、「医師」と言った場合、“イ”行が2回続くため「え?」と聞き返されることが多く、「医者」と言った方が伝わりやすいという理由に過ぎません。


by otowelt | 2014-01-25 11:46 | コントラバーシー

咳喘息に思う

e0156318_12174298.jpg・はじめに
 呼吸器内科医は慢性咳嗽に遭遇することがあると思いますが、咳喘息、アトピー咳嗽、非喘息性好酸球性気管支炎あたりは鑑別が難しく診断に苦慮されている方も多いでしょう。斯く言う私もそうです。これらは気道過敏性と咳感受性によって分類されている疾患概念ですが、それぞれをオーバーラップしたような患者さんも少なくありません。病理学的に咳喘息であっても、生理学的にはアトピー咳嗽であったり(非喘息性好酸球性気管支炎)、その逆のような病態も存在します。

 その中でも最もポピュラーになってしまった咳喘息は、「咳嗽に関するガイドライン 第2版」において「喘鳴や呼吸困難を伴わない慢性咳嗽が唯一の症状、呼吸機能ほぼ正常、気道過敏性軽度亢進、気管支拡張薬が有効で定義される喘息の亜型」とされています。診断基準は以下の通りです。

◆咳喘息の診断基準

以下の1~2の全てを満たす
1. 喘鳴を伴わない咳嗽が8 週間(3 週間)以上持続
  聴診上もwheezeを認めない
2. 気管支拡張薬(β刺激薬またはテオフィリン製剤)が有効

参考所見
 1) 末梢血・喀痰好酸球増多、呼気中NO濃度高値を認めることがある
  ( 特に後2者は有用)
 2) 気道過敏性が亢進している
 3) 咳症状にはしばしば季節性や日差があり、夜間~早朝優位のことが多い

 結論から書きますと、1と2の両方を満たす患者さんは多いですが、“真の咳喘息”の患者さんはそこまで多くないと考えます。


・咳喘息という概念
 実臨床で咳喘息の診断基準に当てはまる慢性咳嗽の患者さんは多いのですが、その大多数が本当に喘息の亜型の病態生理を有しているのかどうかはおそらく分かりません。“いわゆる咳喘息”は気管支喘息化する前段階の疾患概念として位置付けられるものですが、気管支喘息のように気管支平滑筋収縮が起こらずに、咳嗽のみがその症状の主体となるものです。

 ただ、このデリケートな疾患概念を一般市中病院で診断するほど現代の呼吸器医学は発展しきっていないようにも思います。海外では気道過敏性検査が盛んに行われていますが、一部の施設を除く日本の病院ではこの検査をルーチンで行うことはできず、海外ほど自信を持って「これは咳喘息だ」とは言えない現状があります。それゆえ、日本では咳喘息の診断自体が極めて難しいと言わざるを得ません。気道過敏性が亢進していると、会話中や冷気を吸ったときに咳が出やすいという特徴がありますが、問診のみで過敏性ありと判断するには客観的信頼性に乏しい気もします。

 「咳嗽に関するガイドライン 第2版」においても、臨床症状の記載として「咳嗽は、就寝時、深夜あるいは早朝に悪化しやすいが、昼間にのみ咳を認める患者も存在する」、「喀痰を伴わないことが多いが、湿性咳嗽の場合も少なくない」と断定的な言及は避けています。断言できないということは、診断が難しいことの裏返しだと受け取っています。


・Pseudo cough variant asthma
 個人的には診断基準と銘打つ以上は積極的診断として咳喘息という用語を使用すべきだと考えますが、咳喘息の提唱理念とは裏腹に、残念ながら咳喘息は積極的診断ではなく“ゴミ箱診断”化しつつある現状があります。なんとなく咳喘息でいいだろうと、安易に診断される患者さんも少なくありません。Pseudo cough variant asthmaとでも呼びましょうか。

 現在日本で診断されている咳喘息の一部には、このpseudo cough variant asthmaが含まれていると思います。もしかすると、一部ではなく大部分の咳喘息診断例がそうなのかもしれません。


・気管支拡張薬のプラセボ効果
 状況証拠がそろった場合、「気管支拡張薬で咳嗽が改善すれば咳喘息と診断してもよい」とされています。これにはチョットマッタをかけたい。というのも、気管支拡張薬で咳嗽が改善するケースは実は臨床ではよくよく見かけるからです。

 気管支拡張薬のように仰々しいデバイスを用ると、錠剤よりもプラセボ効果が大きくなります。「治療している感」がアリアリと出ますからね。もちろん多くの吸入薬は、吸入薬 vs. プラセボというデザインでプラセボよりも効果があることを証明していますが、その有効とされる効果のうちプラセボ効果がある程度を占めています。

 気管支拡張薬の選択肢として、たとえば短時間作用型β2刺激薬があります。気管支喘息発作に対するアルブテロール、プラセボ、偽鍼、介入なしの4群を比較した2011年の研究があります。プラセボや偽鍼によって病状は改善されることはないはずですが、主観的な呼吸困難感のアウトカムはアルブテロールと同等の改善がみられました(※アウトカムは咳嗽ではありませんが)。
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Wechsler ME, et al. Active albuterol or placebo, sham acupuncture, or no intervention in asthma. N Engl J Med. 2011 Jul 14;365(2):119-26. より引用

 何が言いたいかといいますと、慢性咳嗽の患者さんが診断基準である「喘鳴を伴わない咳嗽が8週間(3 週間)以上持続」「聴診上もwheezeを認めない」を達成することは容易なことであり、気管支拡張薬を投与して咳嗽が改善したからイコール咳喘息の確定診断だという帰結はいささか短絡的ではないかということです。中には主治医に気を遣って「咳がよくなったような気がします」と発言する患者さんすらいます。


・おわりに
 咳喘息という疾患概念は確かに存在すると思います。しかしその使用が日常臨床にマッチしているかというと、真の咳喘息とはやや乖離があるような気がしてなりません。

 典型的な気管支喘息とは言い切れない、しかしながら気管支喘息の前段階のような慢性咳嗽の患者さんは少なくありません。咳喘息という診断カテゴリーにあてがうか否かはともかくとして、そういった患者さんを抽出してQOLを改善させるのが私たち呼吸器内科医の仕事です。

 先人たちが築いた咳喘息の概念を慢性咳嗽の“ゴミ箱診断”として私たち医師の自己満足の材料に使用してはならないと思います。咳喘息の概念の濫用によって、治療されるべき他の疾患が見過ごされないことを願うばかりです。


by otowelt | 2014-01-11 00:16 | コントラバーシー

結核病棟から患者さんが無断離院したらどうしたらいいのか?

e0156318_11332977.jpg・はじめに
 現在結核病棟では、感染症法による強制力と患者の人権保障制度を伴った入院勧告が行われています。日本版DOTS(Directly Observed Therapy – Short Course)が普及し、治療を完遂する症例は増えています。それでもなお、入院勧告に従わない患者さんや無断離院する患者さんは少ないながらも存在し、その際に法的強制力は実効性を持っていません。

 ―――いつぞやアフリカで、多剤耐性結核患者49人が脱走したというニュースがありましたが、さすがに日本ではこういった集団離院(脱走)はありません(たぶん)。ただ、結核患者さんが単独で無断離院するケースは私も経験したことがあります。無断離院する患者さんの多くが、病識や認知力の乏しい元気な患者さんです。


・入院勧告拒否
 喀痰の抗酸菌検査の塗抹が陽性で、さらに結核菌のPCRが陽性の場合、まず間違いなく結核と考えられます。他者への感染性があるものとみなされ、感染症法での勧告入院の対象になります。結核病棟への勧告入院が必要になりますが、治療費の大部分に公費負担が受けられます。

 それでも入院を拒否される患者さんに対しては保健所が主体となって説得にあたりますが、最低でも抗結核薬を外来ベースでも服用していただくよう努めます。警察にお願いして強制的に入院させるだけの法的実効力はないため、この時点で内服・通院・入院のすべてを拒否された場合には、手の出しようがないのが現実です。

 なお、入院勧告を拒否する患者さんの3分の1程度が多剤耐性結核であることを付け加えておきます。


・人権問題
 現在の厚生労働省による入退院の基準では、結核患者さんを退院させることができる条件として、喀痰抗酸菌検査の塗抹または培養検査で3回の陰性確認が目安とされています。すなわち、この基準によると、菌陰性化が得られない慢性排菌者は永遠に入院していなければなりません。さすがにそんな事態はありえないだろうとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は多剤耐性結核では起こりうる事態なのです。

 国内のアンケートでは、結核病棟を有する施設のうち過半数が自宅療養や外出を認めないという方針でしたが、20.4%の施設が自宅療養を認めることがあると回答していました。このアンケート報告によれば「担当者が長期入院に伴う患者のストレス等を直接感じている中で、それぞれの患者の感染防止に関する理解度、家族への感染の可能性など個別に判断しているものと推定される」と考察されています。また、結語として「隔離による人権制限は最小限にするべきであることを考えれば、感染防止が可能な状況であれば自宅隔離も認められるべきである」と綴っています。多剤耐性結核の患者さんには一生を覚悟して入院している患者さんもいます。世俗と断絶された暮らしに対するストレスは、察するに余りあります。
伊藤邦彦. 治療に非協力的な結核患者への法的強制力. Kekkaku 2011;86(4):459-471.

 日本では欧米のように自宅隔離(home isolation)は積極的に推奨されません。退院基準を満たせない状況と実臨床上の感染リスクのバランスに、確実に不均衡があると現場の私たちは感じています。


・結核病棟からの無断離院
 もし患者さんが無断離院した場合、管轄する保健所・保健センター、関連行政機関(生活保護担当、消防、警察など)へ患者が結核病棟からいなくなったこと、同様の経緯で今後入院することが予想されることなどを連絡する必要があります。どこまでの範囲にどの程度の個人情報を提供するかについては、保健所による組織的判断が必要になると思います。

 当然ながら警察がもし見つけたとしても、連れ戻す強制力があるわけではなく、やはりここでも上記で述べた「入院勧告拒否」と同じような対応になることでしょう。



by otowelt | 2013-09-01 00:16 | コントラバーシー

「スリガラス影」に思う

e0156318_16482294.jpg・スリガラス影(ground-glass opacity)
 くもり硝子の向こうは~といえば「ルビーの指輪」の歌詞が思い出されますが、呼吸器科医にとっては曇りガラスよりもスリガラスの方が親しみがあるものです。すりガラス影、スリガラス影、磨りガラス影、磨り硝子影、いろいろ表記法がありますが、呼吸器科医のみなさんはどの書き方を使用しているでしょうか?個人的には、スリガラス影とすべてカタカナ表記にしているのですが、実はこれ、書籍によってバラバラなんです。本来の日本語の意味から考えるなら、すりガラス影という平仮名カタカナ混じりあるいは磨りガラス影という漢字カタカナ混じりの表記法が正しいものなのでしょう。そのため、「すりガラス影」と記載すべきだという意見に反対は特にありません。

 個人的には、前後のひらがなと繋がって見にくくならないようにスリガラス影というカタカナ表記を使用しています(例えばこの文でも平仮名混じりにすると「見にくくならないようにすりガラス影」、ちょっとややこしくなりませんか?)。言語は正しく表記することが一番ですが、個人的には読み手に伝わることが先決と思っているので敢えてカタカナを使用しています。

 ground glass opacityのgroundとglassの間には、形容詞的に「―(ハイフン)」を入れるのが通例になっており、Fleischner Societyの定義でもground-glass opacityと記載されています。私たちは、これを略してGGO(ジージーオー)と呼んでいます。


・語源
 Wikipediaによれば、磨りガラス(すりがらす)は表面に微細な凹凸をつけたガラスのことです。製造方法としては、金剛砂などで擦る方法と、薬品でエッチングする方法があるそうです。なるほど、光が分散させているわけですね。白熱灯の表面が磨りガラスでできている理由はここにあるようですね。

 スリガラス影は、背景の肺野の構造物である血管などが透見できないという意味の胸部レントゲン・CT用語です。1940年代にはすでに使用されており、果たしてだれが最初に胸部画像所見に正式に応用したのか調べても分かりませんでした。現在の国際的な定義は、前述のようにFleischner Societyがよく参照されています。
Hansell DM, et al. Fleischner Society: glossary of terms for thoracic imaging. Radiology. 2008 Mar;246(3):697-722.


・スリガラス影は濃度の用語
 スリガラス影は本来陰影の濃度に焦点を当てた用語ですので、濃度の濃い浸潤影(consolidation:コンソリデーション)としばしば対比されます。
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 しかしながら、スリガラス影が時に網状影(reticular pattern、reticulation)や線状影(linear opacity、parenchymal band)と土俵を同じくして比較されることがあります。本来、網状影や線状影は形態を表した言葉であり、濃度について定義上は問うていません。そのため、「これはスリガラス影ではなく網状影である」という言葉は厳密には正しい言い方ではないと個人的に思います。スリガラス影や浸潤影といった濃度を問わず、陰影の集合体が線のように見えれば線状影であり、網目のように見えれば網状影と呼びます。これはもはや主観の世界です。網状影だと言う医師がいる一方で、いやこれは粒状影だと言う医師もいるかもしれません。私は、別にそれでいいと思っています。画像所見を言葉にするのは所詮人間ですから、100%正解なんてありません。スリガラス影や浸潤影といった用語と比べると、網状影や線状影といった用語の観察者間一致率は極めて低いだろうと思います。日常臨床で大事なのは、画像所見を相手に伝えることです。厳密な定義に基づいて、そうであるかないかを論じることには大きな意味はありません。「蜂巣肺である・蜂巣でない」、「牽引性気管支拡張である・牽引性気管支拡張でない」といった議論は、線維化の進んだ肺かどうかをパターン認識で論じているに過ぎません。自分が蜂巣肺だと思えばそれで構わないし、蜂巣肺でないと思えばそれで構わないと思っています。双方とも、頭に思い浮かべている診断と治療が大差ないのであれば、画像所見の定義の話をしても仕方がありません。もちろん、特定疾患の申請や抗線維化薬の適応などを吟味する上で、パターン認識は否応なしに必要という実情もありますが。

 結節影や腫瘤影も当然ながら濃度として浸潤影になることが多いため、敢えて濃度について言及することはありません。しかし結節影の中にはスリガラス濃度を呈するものもあり、これはground-glass nodule(GGN)と呼んでいます。
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 肺癌や肺クリプトコッカス症のように明らかな結節影や腫瘤が肺野にある場合、それは"慣習的に"浸潤影とは呼びません。肺結核の粒状影や空洞壁の濃度は浸潤影と同じ濃度ですが、これも"慣習的に"浸潤影とは呼びません。明らかな結節影などの形態的特徴が存在する場合、メジャー所見としては形態を先んじて述べるべきという暗黙のルールがあります。

 crazy paving patternのように複雑な陰影を呈する場合、メジャーな所見を網状影を考えるかスリガラス影と考えるか迷うと思います。複雑な所見の場合、どちらかの用語を選ばねばならないというわけではありませんので、それは両方メジャーなのです。

 形態的特徴があやふやなケースでは、濃度が優先的に所見として述べられます。浸潤性粘液腺癌(昔のmucinous BAC)という疾患がありますが、非常に多彩な陰影を呈します。そういったときは、「散在性」「びまん性」「上葉優位」などの言葉を使って相手にわかりやすく伝わるよう説明すればいいと思います。どれだけ形容詞をつけても蛇足にはなりません。


・おわりに
 長々と述べましたが、結局のところ「相手に画像所見を伝えること」と「臨床試験で画像所見を分類する上で定義が必要」という2点において、画像所見の正否に関する議論が勃発するのだろうと思います。私も研修医の頃は「えーとえーと、これは浸潤影で・・・モゴモゴ」などと言っていましたが、別に文学的表現を用いてもいいので、相手に伝わるよう画像所見を言うことが大事なのかな、と最近年寄りじみたことを思うようになりました。その昔、「石綿曝露の既往があり、胸部CTで胸膜直下を這うような雷みたいなビリビリした細い陰影が見えます」とカンファレンスで言った研修医がいました。他に医師には笑われていましたが、私の頭には鮮明にsubpleural curvilinear shadowが思い浮かびました。同時に、研修医のそういったメディカル・リテラシーとも呼べる資質をバカにしてはいけないと反省しました。そして、意外にもこういった文学的表現の方が読影に向いているのです。だからこそ、蜂巣肺(honeycomb lung)、tree in bud pattern、crazy paving patternといったが医学用語として現代に残っているのでしょう。

注意:この記事はあくまで個人的見解です。


by otowelt | 2013-08-02 12:32 | コントラバーシー

pneumonia(肺炎)とpneumonitis(肺臓炎)の違いとは?

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・はじめに
 一般的な肺炎のことをpneumoniaと英語表記することはご存知と思いますが、pneumonitis(肺臓炎)という類似の病態があります。代表的なものが過敏性肺炎(hypersensitivity pneumonitis)です。昔は過敏性肺臓炎と呼ばれていましたが、現在では”臓”という文字を省略し、過敏性肺炎と呼びます。日本呼吸器学会もこの呼び名を使用しています(http://www.jrs.or.jp/home/modules/citizen/index.php?content_id=16)。そのほかにも放射線肺臓炎は放射線肺炎、薬剤性肺臓炎は薬剤性肺障害と呼ばれるようになりました。

 日本では、基本的にはpneumoniaもpneumonitisも”肺炎”と表記するようになりました。しかし、これら2つの用語の違いは、私たち呼吸器科医にとっても”呼吸器内科7不思議”の1つといっても過言ではありません。果たしてこれらの違いとは一体何なのでしょうか?


・語源の違い
 そもそもpneumoniaの「-ia」は「制限される」という意味が語源になっています。マラリア(Malaria)、貧血(anemia)なども同じ語源です。そのため、肺(pneumo-)が何らかの原因で制限されている病態を漠然とあらわした言葉であり、元来肺炎を意味する言葉ではありません。一方pneumonitisの「-itis」は「炎症」を表す言葉であることはご存知のことと思います。語源としては後者の方がより具体的ではあります。

 pneumoniaは病理学的な情報を含んでいないというエキスパートオピニオンがあります。一方で、pneumonitisは”肺(実質間質を問わず)に炎症が起こっていること”を表す単語に過ぎず、それは病理学的な意味合いも包括すると考えられることがあります。もう少し噛み砕くと、「細菌感染が肺に起こっている、治療が必要な状態である」というものを典型的なpneumonia、「原因はともかくとして、肺に炎症が起こっている」というものを典型的なpneumonitisと呼ぶのが最初の起源だったようです。
Coope R. Pneumonitis. Thorax 1946;1:26-29.

 極端な場合、炎症が起こっていないpneumoniaというのもありえた時代があったのかもしれません。現在では上記の起源は薄まり、pneumoniaは「感染」を意味し、pneumonitisは「炎症」を意味するように変遷を遂げました。これについては後で述べます。


・病変の場所が違う
 欧米の医師がpneumoniaとpneumonitisを使い分けているポイントは、2つあります。その1つが病変の場所が違うという点です。基本的に細菌性肺炎などのように肺胞性の炎症が起こる場合をpneumoniaと表記し、肺胞以外の間質などに炎症を起こす場合をpneumonitisと使い分けています。

 過敏性肺炎は、吸入抗原によって起こる病態ですから、肺胞腔内に器質化所見がみられ細気管支炎の像も観察されます。典型例だとリンパ球性胞隔炎がみられ、今述べたようなpneumonitisという表記で矛盾のない病態でもあります。慢性化すると細気管支中心性の間質性肺炎像がみられ、小葉中心性の線維化が進行するため、pneumonitisの表記にふさわしい疾患に変貌を遂げます。

 しかしながら、間質性肺炎の場合「interstitial pneumonia」と記載します。間質に病変の主座を置くこの疾患が、なぜpneumonitisではなくpneumoniaなのでしょうか?これは、間質性肺炎が認知され始めた初期に、病変の主座がわからず胸部レントゲンで認識される原因不明のスリガラス影として捉えられていた歴史があるためと考えられています。そのため、医学が進歩して間質の炎症であることがわかった後、pneumoniaという表記は間違いではないかという論争もありました。
Spencer H. Interstitial Pneumonia. Annual Review of Medicine 1967; 18:423-440.

 しかし近年では、すでにpneumonitisという単語が”外因性”という特性を色濃く持つようになったことから、特発性間質性肺炎はpneumonitisにはなりえませんでした。
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・原因が違う
 もう1つのポイントは、原因が異なることです。基本的にはpneumoniaは前述のごとく感染症によるもので、pneumonitisはそれ以外を指します。特に化学性のものは後者に位置付けられるべきという国際的コンセンサスがあるため、放射線肺炎や大量誤嚥によるMendelson症候群はpneumonitisと表記するようになっています。

 誤嚥性肺炎では原因や発症機序によってその用語を使い分ける必要がありますので、誤嚥性肺炎と言っても「aspiration pneumonia」と「aspiration pneumonitis」のどちらを指しているのか、欧米では明確に区別しているようです。純粋に感染症を示唆する場合には前者、化学性肺炎や間質性肺炎に至るケースは後者と考えています。
Marik PE. Aspiration pneumonitis and aspiration pneumonia. N Engl J Med. 2001 Mar 1;344(9):665-71.

 そのため、「pneumonitis」という言葉を聞いたとき、その接頭語として「chemical(化学性)」や「extrinsic(外因性)」という言葉を想起することが一般的になりました。


・おわりに
 肺臓炎という言葉が肺炎に統合されることが多くなり、日本ではpneumoniaとpneumonitisの区別があまりされなくなりつつあります。しかしながら一言で”肺炎”といっても、肺胞がおかされているのか、間質がおかされているのか、はたまた細気管支がおかされているのか、といったディスカッションは呼吸器科医として極めて重要な診療スタイルだと思っています。


by otowelt | 2013-07-26 00:57 | コントラバーシー

なぜ気管支拡張症は女性に多いのか

・はじめに
 女性が罹患する非結核性抗酸菌症(NTM)のうち、中高年で閉経後に中葉や舌区に発症する病変のことを"Lady Windermere's syndrome"と呼ぶことはあまりにも有名です。この名称はOscar Wildeの戯曲『Lady Windermere's fan(ウィンダミア夫人の扇)』に由来します。古来より女性は公共の場で咳をすることはマナーが悪いものとみなされてきました。そのため女性は咳をしないように色々な工夫を凝らしていたといいます。こういったことが原因で起こる病気ではないかと唱えられた歴史もあり、"Lady Windermere's syndrome"と呼ばれるようになりました。ちなみに劇中のLady Windermereは呼吸器疾患にはかかっていません。
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(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde 1882年撮影)

 初めて"Lady Windermere's syndrome"という呼称を使ったのは、検索した限りではBess Kaiser医療センターのReich医師が初めてのようです。
Reich JM, et al. Mycobacterium avium complex pulmonary disease presenting as an isolated lingular or middle lobe pattern. The Lady Windermere syndrome. Chest. 1992 Jun;101(6):1605-9.

 ちなみに犬では気管支拡張症に性差はないと報告されています。しかしながら、猫ではオスの罹患率が高いとされています。
Norris CR, et al. Clinical, radiographic, and pathologic features of bronchiectasis in cats: 12 cases. J Am Vet Med Assoc.2000 Feb;216(4):530-4.


・なぜ女性に多いのか
 元来解剖学的に中葉・舌区のクリアランスが不良であるため、コロナイゼーションもその後のNTMの感染も起こるべくして起こっているものだというエキスパートオピニオンがあります。女性は、骨格や乳房の存在から男性よりもさらにクリアランスが不良であるとされています。

 非結核性抗酸菌は、フィブロネクチン付着タンパクを遊離してこれが気道上皮を障害することが知られています。マクロファージからのインタロイキン-12、ナチュラルキラー細胞およびCD4陽性Tリンパ球からのTNF-α、インターフェロン-γ、GM-CSFといったケミカルメディエーターが肉芽腫性炎症の根幹を成しているものと考えられます。
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Chalermskulrat W, et al. Nontuberculous mycobacteria in women, young and old. Clin Chest Med. 2002 Sep;23(3):675-86. より引用

 また、閉経すると、それまで保護的な役割を果たしていた性ホルモンや肺胞マクロファージの機能が減弱するため、コロナイゼーションしていたNTMやその他の細菌が潜在的に活動性を帯びてきます。この物理学的な刺激が気管支拡張症をもたらす可能性が示唆されています。
Miller L, et al. Sex steroid hormones and macrophage function. Life Sci 1996;59:1–14.

 HLAによってNTMに対する宿主の免疫応答が異なるという報告もあります。たとえばHLA-A26は肺MAC症の予後不良因子として報告されています。また日本の試験ではHLA-A33やHL-DR6が肺MAC症の感染と関連していることが指摘されています。これらの症例の多くが女性であったという結果でしたが、この因子が実際の性差と関連しているのかは現時点では不明です。
・Kubo K, et al. Analysis of HLA antigens in Mycobacterium avium-intracellulare pulmonary infection. Am J Respir Crit Care Med. 2000 Apr;161(4 Pt 1):1368-71.
・Takahashi M, et al. Specific HLA in pulmonary MAC infection in a Japanese population. Am J Respir Crit Care Med. 2000 Jul;162(1):316-8.


 閉経後の女性では輸卵管(ファロピアン管)の線毛運動が低下することがわかっており、女性ホルモンが体内の線毛運動を規定する一つの因子であることが示唆されてきました。
Comer MT, et al. Induction of a differentiated ciliated cell phenotype in primary cultures of Fallopian tube epithelium. Hum Reprod 1998;13:3114–3120.

 近年、プロゲステロンが気道上皮線毛運動の周波数 (ciliary beat frequency:CBF)を低下させるという報告がありました。女性ホルモンが、気道上皮に対して不利益的に機能していることを示唆する報告です。ただこの報告では通常女性が有するプロゲステロンの濃度よりもかなり高いもののようで、実際に女性ホルモンのみで気道の線毛運動が障害されるかどうかは不確かであると議論されています。
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Jain R, et al. Sex hormone-dependent regulation of cilia beat frequency in airway epithelium. Am J Respir Cell Mol Biol. 2012 Apr;46(4):446-53. より引用


・おわりに
 現時点では、非嚢胞性線維症の中高年の閉経後女性に起こる気管支拡張症、いわゆる典型的な"Lady Windermere's syndrome"になぜ性差があるのかはよくわかっていません。ただ、現在の知見では①女性というものが気道を保護する上で不利な性別であること、②女性ホルモンの減少によって気道の防御機構が障害されること、が原因であると考えられます。しかし、発症する女性と発症しない女性の間の決定的な差は現時点では明らかではありません。NTMのコロナイゼーションがどの程度関与しているのかはこれからの研究課題と言えるでしょう。


by otowelt | 2013-07-11 00:44 | コントラバーシー

「ガーグルベース」か「ガーグルベースン」か

e0156318_21444052.jpg ふざけたテーマに見えるかもしれませんが、いたって本気です。
 洗面所に行けない患者さんがベッドサイドでうがいや嘔吐をした後などに受け取る簡易式の容器を、「ガーグルベース」あるいは「ガーグルベースン」といいます。果たしてどちらの言葉が正しいのでしょうか?


●ガーグル
 当院の何人かのスタッフに聞いてみたところ、「アヒルの鳴き声だと思ってた」という人が多かったですが(うがいをするときの声がアヒルの鳴きまねに似ているとか)、ガーグルはgargle、すなわち英語で「うがい」という意味です。
 ただし、海外では”うがい”の文化は根付いていません。そのため、gargleという言葉よりもmouse washなどの語句のほうがしっくりくるようです。


●ベース vs ベースン
 吐物の受け皿の大手メーカーであるアイエスケー株式会社(http://www.isk-tokyo.co.jp/index.html)では、ガーグルベース®(http://www.isk-catalog.com/35.html)という商品名でこの製品が発売されています。多くの病院ではこのタイプが使用されています。ウェブサイトによれば、特長としては、
 1.カップのふちの曲線は、頬に密着する。
 2.重ねて保管できるので場所をとらず便利(10個=17cm)。
 3.深いので吐物が飛び散る心配がなく、軽いので握力のない老人小児にも最適。
と記載されています。なぜ三日月型に彎曲しているのか疑問に思っていましたが、確かに曲線があることで頬に密着しやすいですね。材質はポリプロピレンで、重さは90gです。

 しかしよく見てみると、一般名のところに「口腔衛生汚物受小型ベースン」と記載されています。これは一体どういうことでしょうか。医療製品の販売サイトを見てみると、英語表記では「gargling basin」と記載されています。どうやら、商品名がガーグルベース®であり、一般名がガーグルベースンのようです。

 ベースン(basin)は”たらい”や”盆”という意味の言葉です。日本では古来から嘔吐物などを膿盆を使っていた歴史がありました。膿盆は今でも外科回診などで使用している病院もあるかもしれませんが、明治時代や昭和時代は膿盆はいろいろな用途で使用されていました。膿盆の多くが金属製でしたから、重さや管理に不都合が多かったようです。そのため、ポリプロピレンのような軽量化した製品が登場するようになりました。これを当初、嗽盥(うがいだらい)と呼び、英語化されてガーグルベースンという言葉が登場しました。本来の英語読みであれば、正しくは「ベイスン」と発音すべきかもしれませんね。

 日本ではベースン(basin)という言葉に馴染みがなかったため、ベースという言葉が選択されたのかもしれませんが、この商品名にいたった経緯は不明です。なお、ドイツ語の場合、basinは「Becken」「Tray」「Tub」などと呼ぶのが一般的で、ベースという言葉はドイツ語ではないそうです。

 ちなみに英語では「gargling basin」よりも「emesis basin」のほうが一般的です。その理由は、上記のように海外で「うがい」という文化が根付いていないからです。


●ガーグルベースンの臨床試験
 このブログの読者の皆様は、「じゃあガーグルベースンの臨床試験はないのか」と期待されているかもしれません。いろいろ調べてみたのですが、術後の嘔吐にはガーグルベースンがあったほうがよいだろうというワシントン大学のスタッフのご意見があっただけで、具体的な臨床試験や感染リスクなどの報告は見つけられませんでした。
Watcha MF, et al. Postoperative nausea and vomiting. Its etiology, treatment, and prevention. Anesthesiology. 1992 Jul;77(1):162-84.






by otowelt | 2013-06-19 00:09 | コントラバーシー

全ての呼吸器科の患者さんに聴診器をあてるべきか?

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●はじめに
 医療従事者向けのウェブサイトであるm3.comで「内科初診で全員に聴診するか」というテーマで意見を募ったところ、全員に聴診するという意見と症例を絞って使用するという意見が半数だったようです。以下、記事より一部引用します(http://www.m3.com/sanpiRyouron/article/171221/)。


全員:基本的な診察に織り込む
 聴診を全員に行う立場を取る医師には、問診、検温、視診、触診、打診などと並んで、聴診を診断の基本と位置付ける考え方がある。患者の症状の背景にある疾患を探っていく上で、まずは簡便な方法で基本的な情報を得ていくのが欠かせないということだろう。実際、病歴からは想像しにくいケースからも、心臓や肺などの異常を拾い上げられるという実績もあるのは確かだ。呼吸器においても、感染症、喘息、気胸、胸水など、聴診がきっかけとなるケースはある。
 患者とのコミュニケーションの上で聴診を重要視する考え方もある。患者と接するきっかけとして、聴診を行う。患者にとっては診察を受けることに伴う安心感につながるという見方もある。

絞る:効率的診察では省略も可能
 一方で、「聴診を全員には行わなくてもよい」という立場に立つ医師もいる。例えば、病歴聴取を行う中で、循環器の異常、呼吸器の異常というように、聴診を必要とする場合は実施する。半面、疾患をおおよそ絞り込んだ結果、「聴診は必要ない」と判断することもある。聴診が必ずしも最適な検査と考えられないならば、あえて行わないわけだ。
 検査技術が発達する中で、聴診の意味合いは薄れているという見方も強くなっている可能性はある。循環器疾患であれば、胸部X線のほか、心電図、心エコーなどの検査手法が発達している。呼吸器領域でも、胸部X線はもとより、CTやMRIといった検査の実施割合は高まっているだろう。聴診所見の診断における相対的な意義は年々低下していると見る。
 聴診はあくまで形だけと見る医師もいるだろう。本質的な意味がない以上、必ずしも実施する必要はないと判断することもあるだろう。この場合、多数の患者を見る中で時間の余裕がなければ、なおさら聴診を実施する場面は減ってくると見られる。
(引用終わり)


 聴診器について考えるとき、冬の寒い日の朝に「聴診器は必ず手で温めてなさい」と教えられた研修医時代を思い出します。呼吸器科医にとって聴診器とは、患者さんの病態を把握するための重要なツールです。たとえば、特発性肺線維症のような線維化のすすんだ肺だとfine cracklesが聴取され、気管支喘息発作のような閉塞性肺疾患だとwheezesが聴取されます。
 しかし、「最近の医師は昔ほど聴診器をあてない」という話を患者さんからよく聞きます。恥ずかしながら、斯く言う私もそう言われたことがあります。この問題を少し医学的な側面から考えてみましょう。

●慢性期
 慢性期の場合、呼吸器科領域において聴診器が医学的に必要とされる場面は、気管支喘息のコントロールを把握する場合だと思います。裸耳では末梢気道の音は聴こえませんので、どしても聴診器は必要になります。同じ閉塞性疾患であるCOPDの患者さんでも有用かもしれません。肺線維症のように慢性化している肺病変に対して、聴診器で得られる情報は前と比べてcracklesの数が増えているかどうか、という評価は可能に思いますが胸部画像所見以上の有用性はおそらく得られないと考えられます。

●急性期
 急性期の場合だと、気管支喘息発作やCOPD急性増悪で著明なwheezesが聴取され、気胸・無気肺・胸水で呼吸音減弱ないし消失、未診断の間質性肺炎急性増悪ではfine cracklesが聴取されるかもしれません。特に胸部画像所見が得られる前の急性期のときには様々な情報が得られます。気管支喘息の重積発作の場合、胸部レントゲンを待たずしてリリーバーを投与しなければならない場面もありますし、緊張性気胸にいたっては、穿刺して閉塞性ショックを解除しなければ救命できないケースもあります。そのため、急性期の臨床では聴診器は一つの武器になることには違いありません。
 比較的落ち着いた亜急性期に関しても、たとえば市中肺炎の病原菌をある程度類推(非定型肺炎かどうか)することができるという日本の呼吸器科医ならよくご存知の論文もあります。
Norisue Y, et al. Phasic characteristics of inspiratory crackles of bacterial and atypical pneumonia. Postgrad Med J. 2008 Aug;84(994):432-6.
 また小児科領域では主訴の把握が非常に難しく、聴診器をあててびっくりすることも多く経験しますので、有用性については言わずもがなでしょう。

e0156318_1417432.jpg●安心感
 胸部レントゲンがない病院で聴診器や身体所見で診断・治療をおこなっていた時代を知っている患者さんの中には、聴診器をあててもらうだけで安心感を得られる方も大勢いらっしゃいます。たとえ関節リウマチで通院している元気なおばあちゃんでも聴診器をあてられるだけで「診察をしてもらった」という満足度は高くなるように思います。本来は、隠れた循環器・呼吸器疾患を同定するために聴診すべきだと思いますが、全てのかかりつけの患者さんに対して安心感を与えるという意味では聴診はとても重要なツールになるかもしれません。なお、聴診器をあてることによるプラセボ効果について論じた報告は見つかりませんでした。

●適応
 全ての患者さんに胸部レントゲンを撮影することは医療費や健康の観点からも無価値だと思いますが、基本的に聴診器をあてる行為は利益はありこそすれ有害にはなりません(羞恥心をあおるという点では、若い女性などには害があるかもしれませんが…)。しかしやはり、必ずしも全員に聴診器をあてる必要性はないと思います。無症状でコントロール良好の肺疾患の患者さんにはあてなくても大きな問題はありませんし、慢性化した間質性肺疾患の患者さんに対しても必ずしも医学的には必要とは考えられません。もちろん、これは医学的な観点に基づいた私見ですので「私は必ず全例聴診器をあてているし、医師はそうすべきだ」という意見には反対はありません。

 最近は、「次世代聴診器だ」とポータブルエコーを白衣のポケットに入れて持ち歩く人が増えているとかいないとか。
Liebo MJ, et al. Is pocket mobile echocardiography the next-generation stethoscope? A cross-sectional comparison of rapidly acquired images with standard transthoracic echocardiography. Ann Intern Med. 2011 Jul 5;155(1):33-8.


by otowelt | 2013-06-04 00:08 | コントラバーシー