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カルバゾクロム(アドナ®)に止血効果はあるのか

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●はじめに
 呼吸器科医のみならず、出血のエピソードに遭遇したときに、カルバゾクロム(アドナ®)、トラネキサム酸(トランサミン®)を併用することが多いと思います。呼吸器科医の場合、抗酸菌感染症、肺アスペルギルス症、肺胞出血の際に用いることが多いでしょう。
 トラネキサム酸は、有名な試験ではCRASH-2試験という外傷の臨床試験でその早期投与の有用性が報告されています。
Roberts I et al. Effect of tranexamic acid on mortality in patients with traumatic bleeding: prespecified analysis of data from randomised controlled trial. BMJ 2012;345:e5839.

トラネキサム酸も古くから信頼性のある止血剤として多くの国々で使用されてきました。そのため、トラネキサム酸とカルバゾクロムを併用することに関してはいくつか有用性が報告されています。
・Ipema HJ, et al. Use of topical tranexamic acid or aminocaproic acid to prevent bleeding after major surgical procedures. Ann Pharmacother. 2012 Jan;46(1):97-107.
・Onodera T, et al.Risk of deep venous thrombosis in drain clamping with tranexamic acid and carbazochrome sodium sulfonate hydrate in total knee arthroplasty.J Arthroplasty. 2012 Jan;27(1):105-8.


ただし、トラネキサム酸は止血に関するスタディはいくつかあるものの、カルバゾクロムの有用性についてはよくわかっていません。


●カルバゾクロム(アドナ®)の臨床試験
 古くから、アドレナリンが体内で酸化されてできたアドレノクロムが止血効果を発揮しているのではないかと考えられてきました。アドレノクロムは確かにin vitroで止血効果をもたらすことがわかり、これは不安定な物質であるため、同様の効果を持ち安定性を持たせたカルバゾクロムスルホン酸ナトリウムを開発することができました。これが止血剤の代表薬として臨床現場に登場しました。
 実に半世紀以上前から、カルバゾクロムは止血剤として使用されてきた歴史があります。
・BACALA JC. The use of the systemic hemostat carbazochrome salicylate.West J Surg Obstet Gynecol. 1956 Feb;64(2):88-95.
・DYKES ER, et al.Carbazochrome salicylate as a systematic hemostatic agent in plastic operations. A clinical evaluation.JAMA. 1961 Sep 9;177:716-7.
・McLean WM, et al. Carbazochrome salicylate as a parenteral hemostat in tonsillectomy.Can J Surg. 1973 Sep;16(5):333-4.
・De Rosa E.Treatment of massive upper gastrointestinal hemorrhage with carbazochrome salicylate.Int Surg. 1970 Dec;54(6):428-31.


 カルバゾクロムは組織プラスミノーゲン活性化因子を減らし、毛細血管の透過性を減少させるとされていますが、詳細な作用機序は明らかになっていません。「血管壁を強化・補強」などという医学的に判然としない言葉で片付けられていることもあります。これは、モルモットやウサギ、動脈硬化を有するヒトでの血管抵抗値を増強するという報告に基づいているのですがイコール「強化」と言葉は何だか語弊を招くような気もしますがいかがでしょうか。
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・堀慶久ら.臨牀と研究 1974;51(7):1953-1965
・Sendo T, et al. Carbazochrome sodium sulfonate (AC-17) reverses endothelial barrier dysfunction through inhibition of phosphatidylinositol hydrolysis in cultured porcine endothelial cells.Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol. 2003 Sep;368(3):175-80.
・Matsumoto Y, et al. Carbazochrome sodium sulphonate (AC-17) decreases the accumulation of tissue-type plasminogen activator in culture medium of human umbilical vein endothelial cells. Blood Coagul Fibrinolysis. 1995 May;6(3):233-8.


 健康成人男子に50mg静脈内投与した場合、血中濃度の半減期は約40分とされています。また、投与後およそ30~60分で効果を発揮し、3時間程度止血効果が持続すると言われています。実臨床ではアドナ単独で止血剤を用いることは多くなく、自然経過で止血しているかどうかもわかりませんので、この実感はありません。
大本武千代ら. 診療と新薬 1965;2:421-426

 そのため2013年現在、ヒトに対するカルバゾクロムのまともな臨床試験はありません。呼吸器系の出血に対して使用されたのは1961年の報告が最も古いものだと思われます。
Patel RB. Carbazochrome salicylate in the treatment of pulmonary haemorrhage. J Indian Med Assoc. 1961 Apr 16;36:327-30.

 ウマの有名な病気に運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage: EIPH)というものがあります。これに対して、フロセミドにカルバゾクロムを追加投与した報告がありますが、フロセミド単独と有意差はみられませんでした。
Perez-Moreno CI, et al.Effect of furosemide and furosemide-carbazochrome combination on exercise-induced pulmonary hemorrhage in Standardbred racehorses. Can Vet J. 2009 Aug;50(8):821-7.

直接的な止血アウトカムの改善以外の臨床試験ですと、デング出血熱をきたしている場合、ショックや胸水のアウトカムを改善させることはできなかったという報告があります。
Tassniyom S, et al. Failure of carbazochrome sodium sulfonate (AC-17) to prevent dengue vascular permeability or shock: a randomized, controlled trial. J Pediatr. 1997 Oct;131(4):525-8.

●まとめ
 結論として、少なくともカルバゾクロム単独が日常臨床で出合う出血性エピソードを有意に抑制できるかどうかは不明と考えられます。血管抵抗値を増加させ、血管透過性を減少させる効果はあるのかもしれませんが、喀血や吐血といったエピソードにどの程度効果を発揮しているのかどうかを知るためには、たとえばトラネキサム酸とトラネキサム酸+カルバゾクロムを比較する臨床試験を組む必要があるように思います。



by otowelt | 2013-05-30 00:07 | コントラバーシー

クリゾチニブは脳転移にも効くのか?

 実際にクリゾチニブが脳転移に効いている実例があるので、効果をもたらす例があるのは確実です。EGFR-TKIと同じく、血液脳関門の通過は乏しいものの、スーパーレスポンダーの患者さんがおられるのだろうと思います。
 ちなみに、血清のクリゾチニブ濃度が0.53μmol/Lであるにもかかわらず、髄液中の濃度はたった0.0014μmol/Lしかなかったという2011年の報告があります。
Costa DB, et al. CSF concentration of the anaplastic lymphoma kinase inhibitor crizotinib. J Clin Oncol 2011;29:e443–e445.
 JTOが、相反する2例を4月号に掲載していました。


Kaneda H, et al.
Rapid Response of Brain Metastasis to Crizotinib in a Patient with ALK Rearrangement–Positive Non–Small-Cell Lung Cancer
Journal of Thoracic Oncology: April 2013 - Volume 8 - Issue 4 - p e32–e33


 非喫煙者の56歳女性が左鎖骨上窩リンパ節腫大を主訴に来院し、非小細胞肺癌(T1N3M0 stage IIIB)と診断された。放射線化学療法を受けたが、その後脳転移で再発がみつかった。これに対してガンマナイフ治療をおこなった。しかしながら、さらにその後PET検査でリンパ節腫大が悪化した。腫瘍細胞はEGFR遺伝子変異がみられなかったものの、ALK再構成が確認された。そのため、クリゾチニブ250mg1日2回の投与を開始した。クリゾチニブ開始前にみられた脳転移巣の縮小と脳浮腫の軽減が確認された。クリゾチニブ開始から11ヶ月後も完全寛解を維持している。
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Maillet, Denis, et al.
Ineffectiveness of Crizotinib on Brain Metastases in Two Cases of Lung Adenocarcinoma with EML4-ALK Rearrangement
Journal of Thoracic Oncology: April 2013 - Volume 8 - Issue 4 - p e30–e31


 病期IVの肺腺癌の45歳男性は、セカンドライン治療後に増悪(原発巣、胸水、肝臓、多発性骨転移)がみられた。ALK再構成がみられたため、クリゾチニブ250mg1日2回が開始された。治療開始後、骨痛が軽減した。治療後の検査で、頭蓋内以外の病変はすべて軽快した。しかしながら、MRIで脳転移は悪化していた。
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 サードライン治療後に悪化がみられた病期IVの肺腺癌の56歳男性は、無症状の多発性脳転移を有していた。腫瘍にALK再構成がみられたため、クリゾチニブ250mg1日2回の投与をおこなった。治療4週間後、癌性リンパ管症や癌性腹水の軽快がみられたものの、脳転移巣は悪化していた。


by otowelt | 2013-03-18 13:09 | コントラバーシー

胸腔ドレーン抜去は、深吸気時?あるいは深呼気時?

胸腔ドレーンを抜去するとき、呼吸器科医には大きく分けて2通りの方法があります。

1.深吸気時に抜去する
2.深呼気時に抜去する


 少数例では、呼気途中であったり吸気途中であったりする医師にも出会ったことがあります。
 私自身は、1.が当たり前だと思って研修を受けてきたのですが、実は施設によってこの意見は二分しているのが現状です。私が教えられたのは、吸気時が最も胸腔内圧が高いから抜去中に息止めができなくなったとしても最大吸気位なら次に来るのは呼気相だから、という2つの理由からでした。いくつかの教科書ではValsalva 法(深吸気後に息を止める)を採用している方がやや多いように思います。
 Rasidらの論文でも、文中に「Valsalva法によって呼吸を止めている最中に胸腔ドレーンを抜去し…」という記載がありますので、論文的には1.が主流であると推察されます。
Rashid MA, et al. A simple technique for anchoring chest tubes. Eur Respir J. 1998 Oct;12(4):958-9.

 この疑問にヒントをくれる報告があります。9人の外傷患者に挿入されていた102の胸腔ドレーンを、深吸気時に抜去する群52チューブ、深呼気時に抜去る群50チューブにランダムに割り付けておこなった前向き試験です。この試験では、気胸の再発あるいは少量の気胸腔の増大(ただし安定しているもの)の頻度は、深吸気時に抜去した群で8%、呼気時に抜去した群で6%でした(p = 1.0)。前者の群で2人、後者の群で1人の再挿入が必要でした。患者背景によって、これらのアウトカムに差はみられませんでした。
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Bell RL, et al. Chest tube removal: end-inspiration or end-expiration? J Trauma. 2001 Apr;50(4):674-7.

 また、67の胸腔ドレーン抜去について解析した論文がありますが、この論文では29.9%に気胸再発(おそらく外気胸)がみられました。この論文は外傷患者で11人が亡くなっている重症例を集めたものですので、この再発率はそういったバイアスもかかっているものと思われます。この報告では、”胸壁の薄さ”が外気胸の独立危険因子と結論づけられています。
Anand RJ, et al. Thin chest wall is an independent risk factor for the development of pneumothorax after chest tube removal. Am Surg. 2012 Apr;78(4):478-80.

 人工呼吸器を装着していると、どのタイミングで抜去すればよいのか迷いますが、12%に外気胸が起こりえるという報告がありますので、抜去後はできれば数時間以内に胸部レントゲンで気胸のチェックはしておきたいものです。
Pizano LR, et al. When should a chest radiograph be obtained after chest tube removal in mechanically ventilated patients? A prospective study. J Trauma. 2002 Dec;53(6):1073-7.

 そのため、おそらく吸気時と呼気時のどちらのやり方でもさほど差はみられないと考えられます。10%近く起こりうるであろう外気胸の発症を考慮し、薄い胸壁の人にはより注意した方がよいだろうと思います。

by otowelt | 2012-11-08 12:34 | コントラバーシー

なぜ呼吸困難のスケールがこれほどややこしいのか

 呼吸困難感とは呼吸努力を増加させる必要性(呼吸努力感)や呼吸時の不快感を自覚することです。呼吸苦と呼吸困難、これらの用語の使い方にはスタッフによって持論があるとは思いますが、今回の本題はそこではありません。
Meakins JC : Dyspnea. JAMA 103 : 1442- 1445, 1934.

 息切れ・呼吸困難の評価としては、修正Borgスケール、VAS(Visual Analogue Scale)、NRS(Numerical Rating Scale)、Fletcher-Hugh- Jones(F-H-J)分類、MRC息切れスケール(British Medical Research Council)などが使用されていますが、なぜこれほどたくさん呼吸困難のスケールがあるのでしょう。これでは、臨床現場では混乱してしまいますよね。ちなみに世界的にはMRC息切れスケールがよく使われています。

 まず、それぞれの呼吸困難スケールを1つずつみていきましょう。前者の3つ、修正Borgスケール、VAS、NRSは、直接的評価です。すなわち直接患者が呼吸困難を評価するスケールになります。そのため、6分間歩行試験などの運動負荷試験、運動療法における呼吸困難の評価に有用とされています。“修正”Borgsスケールとよく書いていますが、Gunnar Borg医師はもともと主観的運動強度 Ratings of perceived exertion (RPE)の評価のために、スケールを提唱しました。1986年にアメリカスポーツ医学会は臨床応用に際して、カテゴリー比スケールとしてCR10スケール、すなわち修正Borgスケールを提唱しました。それが現在使用されているスケールになります。
BORG, G. Psychophysical bases of perceived exertion. Medicine and Science in Sports and Exercise, 14: 377-81, 1982.

 修正Borgスケールの特徴はポイント4がポイント2の2倍、ポイント8はポイント4の2倍といった強度評価が可能な点にあります。一方NRSとVASは見たままの通りの評価です。一見よく似ていますが、電話や口頭での調査も可能なので、VASよりも記録しやすいという利点があります。
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 後者の2つ、F-H-J分類MRC息切れスケールは、間接的評価です。すなわち、問診などで医療スタッフが評価するスケールです。そのため、リハビリテーションの効果判定には適しません。
 
 F-H-J分類を見て、誰もが一度は思ったはずです。「100mしか歩けない患者さんは、どの分類に入るんだろう?」と。このF-H-J分類、最初のフレッチャー(Fletcher)を飛ばして読む人が多いと思いますが、そもそもこの分類を提唱したのはFletcher医師です。彼はイギリスMRCの委員長でもありました。Hugh-Jones先生はそれを紹介した医師ですので、二人は別々の医師であることを知っておく必要があるでしょう。日本呼吸器学会のガイドラインに記載されているようにF-H-J、と全部ハイフンでつなぐのは正式には誤った記載です。ちなみに、どちらも名字です。Hugh-Jonesまでが名字です。
・Fletcher CM. The clinical diagnosis of pulmonary emphysema ; an experimental study. Proc Royal Soc Med 45 : 577―584,1952.
・Hugh-Jones P, Lambert AV. A simple standard exercise test and its use for measuring exertion dyspnoea. Brit Med J 1:65―71,1951.
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 そして、Fletcherらが使っていた分類をもとに作られたイギリスMRC (British Medical Research Council)息切れスケールの 使用が推奨されるようになりました。すなわち、F-H-J分類は消え去りました。MRCは改訂がいろいろ加えられ、混沌としてしまいました。そのためMRC息切れスケールは、国によって全く異なるものになってしまいました。文献によっては"modified"がついているものやついていないものもバラバラで、定義も一定していません。日本のMRC息切れスケールの場合、表にあるようにGrade0からGrade5までの6段階になっています。
Hughes JMB, Pride NB, ed. Lung Function Tests : Physiological Principles and Clinical Applications. UK : Saunders, 1999.

 しかしながら、イギリスやATS/ERSは日本のMRC息切れスケールとは少々ことなります。日本のGrade 1~5 とイギリス版のGrade 1~5はほぼ同じですが、イギリスの場合Grade0がありません。またこれらGrade1~5は、ATS/ERS版ではGrade 0~4に相当します。書いていても分からないくらい、ややこしいこと極まりありません。「First floor」という英単語が、イギリスでは2階、アメリカでは1階を意味するのとよく似た現象ですね。

 日本のMRC息切れスケールの問題点は、多くの健常者がGrade0と1の両方に当てはまってしまうことです。激しい運動をして息切れを感じない人なんていません。イギリスやATS/ERSは、「激しい運動時を除き、息切れで困ることはない」というのが健常者の項目の記載ですが、これが正しい記載だと私も思います。そのため、日本のMRC息切れスケールのGrade0の存在意義は不明です。そのため、日本のMRC息切れスケールはどこの国においても通用しません。イギリスおよびATS/ERSのMRCのみが世界共通で通用します。日本のスケールはいまだに91.4メートルなんてややこしい数字を使っていますが、諸外国はめんどくさいのですでに100mに統一しています。

 ではなぜ日本にだけ、F-H-J分類を使っていたりMRC息切れスケールが遅れをとっているのでしょう。こればかりは、呼吸困難スケールを翻訳して臨床実用化に踏み切った方々の怠慢と言わざるを得ないと思います。しっかりとした翻訳と文献の読み込みができておれば、このような混乱は回避できたはずです。呼吸困難スケールは、呼吸器内科医にとっては大事なの1つでもあります。せめて世界標準くらいには追い付きたいものですね。
宮本顕二.  MRC 息切れスケールをめぐる混乱 ―いったいどのMRC 息切れスケールを使えばよいのか?―日呼吸会誌 46: 593-600,2008.



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by otowelt | 2012-10-22 00:58 | コントラバーシー

癌患者さんの気道狭窄に気管ステントはいつ入れるべきか

 私たち呼吸器内科医が見ていて辛いと思う病態の1つに、気道狭窄があります。特に癌の患者さんでは、癌が中枢気道を狭窄することで容易に窒息をきたします。狭窄による呼吸困難感は、患者さんにとって信じられないくらい苦しい症状です。

 「一体いつ気道ステントを挿入するのが妥当なのか?」という疑問を抱いた医療従事者の方は多いと思います。私も何度その疑問を抱いたか知れません。

 気道狭窄があるにも関わらずほとんど無症状の癌患者さんの場合、「無症状だし気道の異物感も大きいんだから、入れる必要は無い」と判断されることがあります。一方、パフォーマンス・ステータスが3や4の癌の終末期の患者さんが気道狭窄で苦しんでいる場合ですと、おそらくステント挿入手技自体が危険と判断されます。じゃあ、そもそも気道ステントを入れるタイミングが無いじゃないか、というジレンマが発生します。

 1990年にDumonがDumonステントを開発してからというもの、様々な気管支ステントが利用されています(Chest 97:328-332、1990.)。しかしながらいまだに気道ステントのガイドラインはなく、一体どのような患者さんに挿入するのがよいか、臨床医によって患者さんの病状によって意見がバラバラなのが現状です。
呼吸器インターベンションのERS/ATS共同ステートメントはありますが、気道ステントの項目は1ページも満たしません。
ERS/ATS statement on interventional pulmonology. European Respiratory Society/American Thoracic Society. Eur Respir J 2002; 19:356.

 ACCPからも呼吸器インターベンションのガイドラインがありますが、気道ステントの項目の記載は極めて少量です。
American College of Chest Physicians. Interventional pulmonary procedures: Guidelines from the American College of Chest Physicians. Chest 2003; 123:1693.

 ガイドラインではありませんが、気管支内視鏡学会雑誌である『気管支学』に興味深い論文があります。岡山赤十字病院呼吸器内科の松尾圭祐先生らが2007年に書かれた論文ですが、非常に共感のできる内容です(気管支学 29:26-29, 2007)。すなわち、以下の症例が気道ステントの適応になるのではないかという提唱がなされています。

1.中枢気道の高度の狭窄があり呼吸困難などの症状を有するか肺機能検査にて気流制限を呈する症例
2.ステント留置により予後の改善が得られる症例
3.狭窄より末梢側の気道や肺が保たれている症例


 この論文によれば、パフォーマンス・ステータス1あるいは2の患者さん、気道ステント挿入後に後治療をおこなった患者さんは、気道ステント挿入後の予後良好因子であるとされています。また気道ステントの種類についても、将来的に抜去の可能性を視野に入れるのであればシリコンステントが良いだろうと述べられています。シリコンスントの場合、全身麻酔が必要であることがほとんどですので、少々侵襲性が大きすぎるのが難点です。そのため、姑息的に金属ステントが選択されることも現場では少なくないと思います。

 あの時、患者さんに気道ステントを入れてあげたらもう少し長生きできたのだろうか、と思うことは呼吸器内科医であれば何度も経験したことがあるでしょう。いや、緩和的鎮静の選択肢でよかったのだと自分に言い聞かせることもあるでしょう。たとえ医師同士のカンファレンスにおいて満場一致の結論であったとしても、その患者さんと最も多くの時間を分かち合った主治医が、患者さんや家族ととことん話し合って悔いの残らないような選択肢を選べたらと常々思っています。

by otowelt | 2012-10-16 00:53 | コントラバーシー

アレルギ―性気管支肺アスペルギルス症の治療と診断におけるコントラバーシー

 アレルギー性気管支肺アスペルギルス症(ABPA)の”診断と治療”について思うところが色々あり、書いてみた。
 個人的な意見として、Rosenbergの診断基準を使用すること自体が、Greenberger教授や今は亡きPatterson医師の想いを汲み取れていないのではないかと感じた。
 またABPAの治療として、学会などではステロイドより抗真菌薬が重視されている場面がしばしば見受けられるが、EBMに基づくのであればステロイドこそが治療の根幹なのだと再認識した。

●ABPAの診断においてRosenbergの診断基準は妥当なのか?
 ものの本によっては1971年が最初の報告としているものもあるが、ABPAは元来1952年Hinsonらによって提唱された疾患概念である。
Hinson KFW, et al.Bronchopulmonary aspergillosis. Thorax 1952; 7:317–333
 気管支喘息の1%程度を占めるとされている病態だが、呼吸器内科医にとっては気管支喘息患者を多数に診察するため、ABPAをcommon diseaseと感じている医師は多いだろう。Hinsonらが初期に提唱した概念は、繰り返す喘息症状および末梢血好酸球増多、移動するレントゲン陰影、真菌と好酸球を多数含む粘液栓子の喀出、という特徴である。その後、1967年にScaddingらがABPAの特徴的な気管支造影所見として中枢性気管支拡張(CB)の概念を発表し、このCBは粘液栓子が抜けたあとであろうと考えられた。CBがABPAの進行例によくみられる所見であることが注目されていた。
 これらの報告を受けて、1977年にRosenbergらがABPAの診断基準を提唱した。Rosenbergは当時のNorthwestern大学病院のアレルギー科の臨床フェローであり、corresponding authorであるPattersonはRosenbergの指導医だったのではないかと推察される。

・ABPA:Rosenbergの診断基準
一次基準
 1.発作性呼吸困難・喘息
 2.末梢血好酸球の増多 (参考:>500/mm3
 3.Aspergillus抗原に対する即時型皮膚反応陽性
 4.A. fumigatus抗原に対する沈降抗体陽性
 5.血清総IgE高値>417 IU/mL (>1000 ng/mL)
 6.移動性または固定性の肺浸潤影の既往歴
 7.胸部CTにおける中枢性気管支拡張症

二次基準
 1.繰り返し喀痰からアスペルギルスが検出される(培養または顕微鏡観察)
 2.茶褐色の粘液栓子を喀出した既往歴
 3.Aspergillus抗原に対するArthus(遅発型)皮膚反応陽性

 確実:一次基準の7項目すべてを満たすもの
 ほぼ確実:一次基準の6項目を満たすもの
 二次基準を満たせば確実性が増す
 

 RosenbergはABPA疑いの20人の患者を報告し、そこでABPAの基準を提唱している。少人数であり、当然ながら感度特異度などの解析はされていない。そのため、「Rosenbergの診断基準を満たさないからABPAではない」「Rosenbergの診断基準を満たすからABPAである」という言葉は、感度と特異度を考慮していないものであり、そもそも診断学を論じる上で内容がないと私は考えている。
Rosenberg M, et al. Clinical and immunologic criteria for the diagnosis of allergic bronchopulmonary aspergillosis. Ann Intern Med 1977;86:405-14. 
 中枢性気管支拡張症(CB)は、ABPAがある程度進行して起こる病態であると考えられ、これでは診断基準にのっとって早期治療ができない欠点があるという指摘があった。1982年にRosenbergの上司であったPattersonらが病期分類を提唱した。
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Patterson R, Greenberger PA, Radin R, et al. Allergic bronchopulmonary aspergillosis: Staging as an aid to management. Ann Int Med 1982;96:286-91. 
 そして1988年にPattersonと同じ教室の医師であったGreenbergerらにより、再度診断基準が提唱された。改定の際、好酸球の項目が削除された。これは、急性期においてのみ上昇することが多いため、診断学上は必要性が乏しいと判断されたためである。

・ABPA:GreenbergerとPattersonの診断基準
ABPA-CB(central bronchiectasis:中枢性気管支拡張症)
 1.喘息
 2.中枢性気管支拡張(胸部CTで肺野の中枢側2/3以内)
 3.Aspergillus種あるいはA. fumigatusに対する皮膚テスト即時型反応陽性
 4.血清総IgE値>417 IU/L (1000ng/ml)
 5.A. fumigatus特異的IgE and/or IgG上昇
 6.胸部画像上浸潤影(必須でなくともよい)
 7.A. fumigatusに対する沈降抗体陽性(必須でなくともよい)
ABPA-S(seropositive:血清陽性)
 1.喘息
 2.Aspergillus種あるいはA. fumigatusに対する皮膚テスト即時型反応陽性
 3.血清総IgE値>417 IU/L (1000ng/ml)
 4.A. fumigatus特異的IgE and/or IgG上昇
 5.胸部画像上浸潤影(必須でなくともよい)

Greenberger PA, Patterson R. Allergic bronchopulmonary aspergillosis and the evaluation of the patient with asthma.J Allergy Clin Immunol 1988; 81:646-650.
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 Rosenberg、Patterson、Greenberger、この3人の医師はすべてNortwestern大学のアレルギー科に所属していた。何を隠そう、これら一連の診断基準は同じグループで提唱されたものである。
 アレルギーの成書まで出版したPatterson医師は75歳ですでに逝去しているが、Greenberger医師は現在のNorthwestern Universityのアレルギー科の教授である。そして当時フェローであったRosenbergは、現在Northwestern大学の眼科の准教授として働いている。
 PattersonやGreenbergerがABPAで本当に提唱したかったのは、いわゆるRosenbergの診断基準ではなく、GreenbergerとPattersonの診断基準であることは明白であるその証拠に、2002年にGreenbergerがABPAに関する総説を書いているが、引用文献にすらRosenbergの1977年の論文は出てこない。すなわち、1977年に先駆けて教室が発表したあのRosenbergの論文は、のちに提唱される疾患概念の導入に過ぎないということである。
Paul A. Greenberger. Allergic bronchopulmonary aspergillosis. J Allergy Clin Immunol 2002;110:685-92.
 ただ、診断基準というのは診断妥当性を評価されて初めて”基準”と呼べるものだと私は思う。ゆえに、GreenbergerとPattersonの診断基準も、あくまで指標に過ぎないのではないかと考えている。


●ABPAの治療はステロイドを優先すべきか、抗真菌薬を併用すべきか?
 かつてABPAの約半数がステロイド依存性の喘息となり、非常に問題となった。そのため、ABPA-Sという概念を提唱して早期から治療を導入すべきだとのPattersonの意見が注目されたのである。このABPAの治療の最大の目標はアレルギーの軽減と肺の構造変化(線維化など)をくいとめることにある。
 現在のエビデンスとしては、病期IあるいはIIIのような急性期の病態にある場合はプレドニゾロン0.5 ~1.0 mg/kgで14日間の治療が推奨されている。病期IIあるいはVのような場合にはもはやステロイドは必要とされていない。もしステロイドの投与量が多く、副作用などが容認しがたい場合には、抗真菌薬の使用が推奨されている。注意したいのは、これはステロイド依存性のABPAにおいて有用性が認識されているということである。一般的にはイトラコナゾールかボリコナゾールを16週間使用する。再発例に関しては最初から抗真菌薬を使用してもよいという意見もある。
 抗真菌薬の位置づけはあくまでセカンドラインであり、ABPAそのものの治療というよりも、ステロイドの減量効果が主な役割と考えられている。
Stevens DA, Schwartz HJ, Lee JY, et al. A randomized trial of itraconazole in allergic bronchopulmonary aspergillosis. N Engl J Med 2000; 342:756.
 抗真菌薬にはIgE・IgGを軽減させる効果があることが報告されているのは確かであるが、ステロイド以上の効果はないだろうと考えられている。
・Wark PA, Gibson PG, Wilson AJ. Azoles for allergic bronchopulmonary aspergillosis associated with asthma. Cochrane Database Syst Rev 2004; :CD001108.
・Wark PA, Hensley MJ, Saltos N, et al. Anti-inflammatory effect of itraconazole in stable allergic bronchopulmonary aspergillosis: a randomized controlled trial. J Allergy Clin Immunol 2003; 111:952.

 ステロイドを50%減量することができてなおかつ臨床的に軽減しているものを”抗真菌薬の効果あり”と定義した論文もあるため、抗真菌薬の使用によって”患者の何に対して効果があったのか”を臨床医は知っておく必要があるだろう。


by otowelt | 2012-08-14 14:42 | コントラバーシー

酸素療法を恥ずかしいと思う患者さん

●酸素療法に対する羞恥心
 わたしたち呼吸器内科医は、仕事上、鼻カニューラによる酸素療法をすすめることが多い。しかし、いざ自分が鼻カニューラをつけて外を歩いているところを想像してほしい。周りからの目が気にならないだろうか?息が楽だからといって酸素ボンベを持ってデパートに行けるだろうか?
 酸素療法をすすめられた患者さんの鼻カニューラに対する外見的な羞恥心は計り知れない。酸素療法を受けているような疾患にかかっていることを知られたくない人だっておそらく大勢いるだろう。そのため酸素療法の適応は厳密であるべきだと思う一方、寛容でもあるべきだと私は思っている。目の前の患者さんに果たして本当に酸素療法を行う妥当性があるのか臨床医は常に悩み続けるべきである、と以前述べた。

(参照):労作時のみSpO2が90%を下回る患者さんに携帯型酸素ボンベは必要か


●酸素メガネ
 写真のように遠目には酸素を吸っているかどうかわからない酸素メガネというものがある。オキシアーム(oxyarm)も同様に鼻に対する違和感や外見的な問題を解決する器具ではあるが、この酸素メガネは外見的な問題を優先的に考えたデバイスである。
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 この酸素メガネは、従来の鼻カニューラと同様に供給源から酸素が送られる。メガネのフレームは中が空洞になっており、ここを最大で毎分5Lの酸素が流れる。オキシ・ビューメガネのブリッジ部分から小さな鼻カニューラが出ており、ここから酸素が鼻の中に送られる。よく見ると違和感があるが、周囲の人には目立つほどのものではない。


●経気管酸素投与(transtracheal oxygen therapy:TTOT)
 TTOTは、細く柔らかいプラスチック製カテーテルから気管に直接酸素を送り込む方法である。そのため、首のあたりに外科的に小さな穴をあける必要がある。このTTOTはあくまで長期間酸素療法を要する患者のみに適応されるものであり、外見的な問題の解決においては酸素メガネ以上の効果があるとされている。
Christopher KL, et al. Transtracheal oxygen therapy.Chest. 2011 Feb;139(2):435-40.
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 また直接気管に酸素投与を行うため、酸素化効率がよい。平均的なTTOT患者では、安静時で50~60%、労作時で30%の酸素流量を減らすことができる。専門家の間ではこのTTOTに使用するカテーテルをSCOOPカテーテルと呼ぶ。これはSpofford Christopher Oxygen Optimizing Programの略であり、単に処置やカテーテルの名前ではなく、当初は患者さんに最善の結果を出すためのチームアプローチを必要とする治療プログラムの名称であった。1980年代にデンバーの医師2名によって立ち上げられたプログラムである。
 TTOTにおけるSCOOPカテーテルは、酸素カニューラをつけることを外見的問題から拒否的である患者さんにおいて羞恥心改善のために効果的であるだけでなく、ADLやその呼吸困難の症状まで劇的に改善させ、酸素流量を減らすことができるメリットがある。


●酸素療法をすすめる医師が常に肝に銘じておくこと
 「酸素を吸うのは絶対イヤだ」という患者さんを前にして、私たち呼吸器内科医は「なぜ吸いたくないのか」を傾聴すべきであり、「酸素を吸わなければあなたは健康を害する」などと決して口にしてはならない。リンパ脈管筋腫症(LAM)などの若年女性の呼吸不全患者さんは、鼻にカニューラを通して外を歩くのはかなりの精神的苦痛である。化粧もしにくいし、恋愛だってままならない。もちろん何でもかんでも外見的な側面のみを語るのは短絡的であろうし、酸素メガネやSCOOPカテーテルのような特殊デバイスが最優先されるわけではない。ただ、酸素療法を処方するということはその人の日常生活の多くの時間を変えてしまう、場合によっては人生を変えてしまうほどの決断であることを私たちは肝に銘じておかねばならない。
 

by otowelt | 2012-06-14 21:56 | コントラバーシー

気管支鏡時に抗菌薬投与は必要か?

・はじめに
呼吸器内科医にとって気管支鏡は日常的におこなう慣れた検査
であるが、臨床試験やエビデンスの開拓が進まない領域でもある。
気管支鏡時に全例に抗菌薬を投与している病院は聞いたことはないが、
施設によっては、光線力学的療法(PDT)や気管支肺胞洗浄(BAL)の
症例で検査後に抗菌薬を予防的に投与している病院もある。
しかし、この抗菌薬投与に果たしてどれくらい意義があるのだろうか。

・ガイドライン
気管支鏡の抗菌薬について言及しているガイドラインは、
たとえばイギリス呼吸器学会のものがある。
http://www.brit-thoracic.org.uk/guidelines/bronchoscopy-guidelines.aspx
The British Thoracic Society Bronchoscopy Guideline Committee: a sub-Committee of the Standards of Care Committee of the British Thoracic Society - Thorax 2001. 56: (Suppl I); i1-i 21.

アドバンスな処置に関するガイドラインは2011年に同学会から発表
されているが、基本的な気管支鏡のガイドラインは2001年以降更新
されていない。ガイドラインによれば、脾摘後、人工弁装着後、
細菌性心内膜炎の既往のある場合など特殊な患者以外で
抗菌薬の予防投与は不要とされている。

日本呼吸器内視鏡学会からもガイドライン(指針)が出ているが、
「気道が閉塞や狭窄している症例での肺生検や肺胞洗浄などの検査後は
気道粘膜の浮腫による閉塞・狭窄の増悪によって感染を引き起こすことが
あるので抗生剤の投与を考慮する必要がある」と記載されている。
この根拠は特に記載されていない。私個人としては、
このメカニズムは理解はできるが納得はしていない。
気管支鏡検査を安全に行うために 日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡安全対策委員会編

・臨床試験
やや古い論文であるが、抗菌薬投与群で処置後2日目の
発熱が有意に抑えられたとする報告がある。
しかしながら感染については差がみられておらず、
抗菌薬の投与については意義は乏しいと結論づけている。
坂 英雄ら. 気管支鏡および気管支造影後の発熱に対する抗生物質予防投与の検討.呼吸と循環1992;40:1105-84.

大阪市立大学からの報告で、3日間の抗菌薬投与が気管支鏡後の
感染症の発症を抑えられるか検討したものがある。ランダムに、
アジスロマイシン(500mg/day)、セフカペン/ピボキシル(300mg/day)、
抗菌薬投与なしの3群に割り付けたものである。310人の患者のうち
9人(2.9%)が気道感染を気管支鏡生検後に発症した。感染を
起こした患者は全例気管支鏡所見において異常所見がみられたもので、
感染を起こした患者のうち60%が非治療群、26.7%が
セフカペン/ピボキシル群、13.3%がアジスロマイシン群であった。
アジスロマイシンの方が非治療群よりもやや感染率が低い傾向に
あった(P = 0.06)。ただ、この報告で統計学的解析をおこなうのは
少し強引で、様々なバイアスが絡んでいる可能性がある。
Kanazawa H, et al. Efficacy of azithromycin administration in prevention of respiratory tract infection after bronchoscopic biopsy: A randomized, controlled trial. Respirology 2007;12:70–75.

国立病院機構の3施設において、前向きに検討したスタディがあるが
登録症例4942人という大規模なデータを用いて検証している。
予防的抗菌薬投与に関するpropensity scoreによる
propensity-matched cohortを解析に用いた。
予防的抗菌薬の投与は1672人(33.8%)においておこなわれ、
治療的抗菌薬の投与は145人(2.9%)、感染症発症は107人(2.2%)
に確認された。propensity-matched cohort3520人において、
予防的抗菌薬投与の治療的抗菌薬投与ORは0.83(95%CI 0.54-1.27)、
感染症発症ORは1.00(95%CI 0.61-1.63)であった。
患者報告アウトカムにおいて、予防投与群で有意に良好なアウトカムは
なかった。そのため、予防的抗菌薬は意味がないと結論づけている。
(2012年4月時点で該当論文なし)

・さいごに
気管支鏡時の抗菌薬使用に関して、現時点で有用なエビデンスはない。
しかしながら、気管支鏡が口腔内常在菌を末梢気道に押し込んで
しまうことで肺炎を誘発するようなことが懸念される状況、あるいは
気管支狭窄がみられ処置後に閉塞性肺炎を惹起する可能性が高い
と想定される場合には、抗菌薬は投与してもよいかもしれない。
かといって投与しやすい経口第3世代セフェムに飛びつくのは
私個人としては反対である。また、予防投与によって肺炎が
起こらなかった場合や、予防投与をせずに肺炎を発症した場合に、
「やはり抗菌薬は使用すべきだ」という、個と全を混同した意見を持つことは、
臨床医としてはいささか短絡的かもしれない。

by otowelt | 2012-04-26 18:28 | コントラバーシー

労作時のみSpO2が90%を下回る患者さんに携帯型酸素ボンベは必要か

呼吸器内科医をやっていると、安静時のSpO2、PaO2は良好で
あるにも関わらず、労作時にSpO2が90%を切るケースは
COPD患者さんでよく経験する。時折、現場スタッフ等から
ある提案がなされる。すなわち
「入浴・労作時の酸素投与だけでもした方がよい」という提案である。

日本の病院では『SpO290%信仰』がやや強い。
これは”SpO290%は大丈夫だが、SpO289%は大丈夫でない”
という、いささかクリアカットな考えである。そのため、
安静時SpO2が93%であっても、労作時SpO2が88%であれば
”90%を下回っているのでよくない”という帰結に至る。
臨床現場ではしばしば見かける光景だと思う。

日本における”酸素処方”は(海外でもそうだろうが)、
手続きはさほど多くないので簡単にできるのだが、
患者さんやその家族はそう簡単にはいかない。
入浴時に使用するということは、酸素濃縮器を自宅に
設置することになる。また労作時に使用するということは、
外出のたびに酸素を持って歩かねばならない。
動くたびに鼻にカニューレを通す必要があり、
眼鏡とは違ってこれは非常にやっかいな存在だろう。
オキシアームなどの改良型カニューレも開発されているものの
(Respir Care 48:120-3,2003.)、安易な酸素処方が
患者さんや家族にとって大きなQOLの損失になりかねない。

労作時のみの酸素処方が、妥当な医療なのかあるいは
過剰医療なのかを合理的に解決するためには、
”労作時にのみ酸素濃度が低下する患者に対する
携帯型酸素療法と酸素療法なしの比較試験”が必要だと思うが、
そういった臨床試験など存在しない。そのため、
酸素療法開始基準を厳格に遵守するかどうかは
おのおのの医師の裁量によってまかされている。

私個人的には、酸素処方を行うことで
・呼吸困難などの疾患症状の改善
・QOLの改善
・死亡率を含む予後の改善

上記を満たす可能性があるならば処方すべきであると考えている。
hypooxic vasconstriction(低酸素性肺血管攣縮)による
肺高血圧を予防するために酸素療法を行うという議論も
あるかもしれないが、ここではその是非については割愛する。

前述したように、労作時のみに携帯型酸素ボンベを処方された
患者における長期予後の改善を示した研究はいまだにない。
酸素療法を処方された患者の酸素使用パターンと
臨床的アウトカムについて文献で検索すると、
2つの試験(NOTT試験、MRC試験)が必ず登場する。
これらによれば、COPDによる低酸素血症への1日あたりの
酸素吸入時間が死亡率改善に関係すると示唆されている。
酸素療法が妥当と考えられるCOPD患者さんに1日18時間以上の
酸素療法をおこなうことで生存が約2倍に延長したという結果は
医者ならずとも知っておられる医療従事者は多いだろう。
(Ann Intern Med 93:391-398, 1980., Lancet 1:6810686, 1981.)
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しかし、近年では生存に差はでなかったとする報告もあり
(Eur Respir J 14:1002,1999., Thorax 52:674,1997)、
また軽症のCOPD患者においては予後改善効果は
認められなかったという報告もある(Crit Care Med 174:373-378, 2004)。

一般的に携帯型酸素ボンベを処方された患者の
平均的酸素使用時間は数時間程度といわれている。
低酸素状態を1日数時間だけ回避した程度で、
長期的予後を変えることができるほど
酸素療法に医学的な有益性があるだろうか。

もちろん、いくら安静時の病態がよくても
労作時や入浴時にチアノーゼが出現したりSpO2の極度の低下(70%台)
があるようなケースでも酸素処方しなくてもよいとは思わない。
疾患によっても酸素処方の臨床医の判断も変わるだろう。また、
労作時のみの酸素処方をすべきではないと考えているわけでもない。
そこは臨床的にケースバイケースだと考えているし、
臨床医は柔軟性を持つべきであろう。

ただ、医療費節減が叫ばれている近年であっても
日本はいとも安易に酸素処方を行う風潮がある。
無症状であるのに労作時のみSpO2・PaO2が軽度低下する場合
費用・QOL損失と患者アウトカムの不均衡を考えれば
安易に酸素を処方することは、現時点では意義に乏しいと考える。
目の前の患者さんに果たして本当に酸素療法を行う
妥当性があるのか、臨床医は常に悩み続けるべきであると思う。

by otowelt | 2012-03-27 12:44 | コントラバーシー

慢性間質性肺疾患患者への胸腔鏡下肺生検(VATS)は必要か

●慢性間質性肺疾患患者への胸腔鏡下肺生検(VATS)
 慢性間質性肺疾患を示唆するようなHRCT所見がある場合、
 VATSを行う施設は少なくない。その肺の疾患が果たして
 UIP/IPFなのか、NSIPなのか、あるいはその他の間質性肺疾患なのか、
 はっきりと診断をつける目的で行われる。

 ただ、呼吸器内科医をやっていると多くの医師がある疑問に遭遇する。
 すなわち、「VATSはこの患者に必要なのか?」という疑問である。
 日本の呼吸器内科医の間では半ばタブーとされている疑問である。
 医学とは患者さんの転帰を良好に変容させる科学であり
 医療とはその実践だと、私個人は信じている。そのため、VATSの
 是非については、”患者さんの転帰”を視点に論じるべきであると考える。
 そこに学問的考察や医療従事者の自己満足は不要である。
 また、VATSは簡単にホイホイと受けられる処置ではないので
 ただの一検査として位置付けられるほど軽いものではない。

 まず、HRCTにおいて慢性間質性肺疾患を示唆する状況で
 VATSを行うメリットを考えてみたい。集約すると以下の通りであろう。

1.組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
2.治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
3.他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)


●組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
 IPFの予後は不良だが、予後X年ですと患者さんに伝えることで
 人生設計が可能になるという意見を聞いたことがある。
 個人的には、これはさほど大きなメリットとは考えない。
 画像や臨床的な経過からIPFだろうと思えば、ゆっくりと診療の場で
 病状説明をすればよく、そこにVATS検体は必須ではない。
 「初期診断のVATSでUIPだから、あなたの予後X年」と
 患者さんに早期に言及することには、特にメリットもない。
 ただ、白黒はっきりつけたい患者さんであったり、仕事のプロジェクト等を
 見据える必要がある場合は、VATSを施行して予後を告知することは
 是とされるかもしれない。すなわち、予後推定について知りたい患者さん
 にはVATSを考慮してもいいのかもしれない。
 言うなれば、これは”社会的VATS”であり、医学的なVATSではない。

●治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
 ステロイドの効果についてはガイドラインで指摘されている通り
 予後改善効果は乏しい。ステロイドや免疫抑制剤の投与量に
 各疾患群で大きな差があれば問題だが、そもそも慢性間質性肺疾患に
 そこまで大きな効果がないため、疾患ごとに細かい調整をしたとしても
 臨床的にインパクトのある利益はないと考える。また、慢性間質性肺疾患が
 コントロール可能な膠原病肺だったとしても、VATS検体のみで
 膠原病と診断できるほど医学は発展していない上、
 臨床症状と血清学的検査所見によって膠原病治療は行われるべきだ。
 RB-ILDや一部のDIPなども鑑別に入るが、禁煙指導は当然のことながら
 治療内容とアウトカムに大きく差が出る疾患群ではないと考えている。
 IPFへのピルフェニドンについては少なくとも生存を延長するものではない。
 しかしながら、BIBF1120の効果はピルフェニドンよりも大きいものと
 考えられ、呼吸機能の改善が認められている
 (N Engl J Med 2011;365:1079-87.)。しかしながら生存における
 効果はまだ証明されていない。すなわち、BIBF1120の使用について
 UIPに限定的な現状であることを考えるのであれば、
 VATSを行う意味はあるのかもしれない。ただ、このVATSも
 医薬品使用の観点に基づいた社会的VATSと考えられる。
 現時点でのピルフェニドンのエビデンスはIPFにほぼ限定されている
 ものの、チロシンキナーゼを阻害することが慢性間質性肺疾患の予後を
 改善されると将来証明されるようなことがあれば、
 なおさらVATSは不要になるのかもしれない。

●他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)
 NSIPパターンやUIPパターンのHRCT画像をみたとき、
 慢性間質性肺疾患である慢性過敏性肺炎(CHP)、サルコイドーシス、
 悪性リンパ腫を含むリンパ増殖性疾患は必ず鑑別に入るが、
 VATSはこれらの鑑別に役立つであろう。まず、慢性間質性肺疾患に
 おいてCHPとIPFを誤診したことで治療アウトカムや臨床経過が
 大きく異なるとは私個人は考えていない。異論はあるかもしれないが
 CHPにおいて抗原回避を行ったとしても、線維化の進みきった肺に
 劇的な改善がみられるとは到底考えられない。ただ、
 特発性間質性肺炎やサルコイドーシスは、公費補助のための申請が
 できるという点で他の疾患と性質を異にするため、VATSによって
 何かしら有利な点があるかもしれない。そういった点で、これは
 前述したような社会的VATSに位置付けられる。
 もしVATSを行わないことで、医学的に不利益を被る事態があるとしたら
 化学療法を要するリンパ増殖性疾患や悪性疾患、
 稀な疾患(ランゲルハンス細胞組織球症など)を見逃した場合であろう。
 NSIP類似の悪性リンパ腫や悪性腫瘍は極めて稀であると思われるが、
 至極稀なケースも考えておく必要はあるかもしれない。
 

●さいごに
 ATS/ERSガイドラインではVATSなどの生検は診断に必要であると
 提唱しているが、私はその推奨はあくまで確定診断をつける上で
 必要であることを述べているに過ぎないと思っている。
 そもそも目の前の患者に確定診断をつける必要があるのかどうか
 についてはガイドラインや科学者らは最初から論じていない。

 慢性間質性肺疾患の多くの患者さんは、VATSを受けた後
 経過観察を行うことが多い。それはIPF、NSIP、CHPに
 確定的な治療法がないからだ。数ヶ月後・数年後に悪化した時、
 多くの患者さんはステロイドや免疫抑制剤が導入される。
 ゆえに、臨床的アウトカムを大きく変えることができない現状下で
 盲信的VATSをすすめる呼吸器内科医療というのは、
 医療の根本を軽視した誤った考えであると私は常々考えている。

 患者さんに対して社会的VATSであるのか、
 臨床転帰を変えるほどの治療法はない状況で行う医学的VATSなのか
 稀な間質性肺疾患を除外するための医学的VATSなのか、
 学問的興味で行う医師主体のVATSなのか、
 確固たる意見と信念を持つことが私たち呼吸器内科医の
 職務であると心から思う。

by otowelt | 2012-03-17 07:22 | コントラバーシー