カテゴリ:コラム:医学と偉人( 19 )

プロコフィエフの死因は脳出血

e0156318_23263266.jpg セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953年)は、ロシアの作曲家、ピアニストです。
 
 個人的には戦争ソナタと呼ばれるピアノソナタ第7番に思い入れがあり、第3楽章(Precipitato)はアンコールピースとしてもよく演奏される難曲です。あまりに難しく、演奏に挑戦したことはありません。この第3楽章はピアノ曲にはきわめて珍しい7拍子の曲で、楽典の成書にもよく取り上げられる作品です。8分音符をうまく組み合わせて作曲されています。
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(ピアノソナタ第7番第3楽章)

 プロコフィエフの曲は後半の作品になるにつれて現代音楽風になっていくので、ドロップアウトするクラシック愛好家も多いと思います。

 プロコフィエフは、62歳の頃、突然脳出血による呼吸不全のため逝去しました。実は亡くなる8年前から何度か頭痛やめまいを訴えていたことがわかっており、もしかすると高血圧や動脈瘤があったのかもしれません。
 Hingtgen CM.The tragedy of Sergei Prokofiev.Semin Neurol. 1999;19 Suppl 1:59-61.

 とはいえその当時は現在の医療水準からはほど遠く、発見できたとしても彼の急逝を食い止めることができたかどうかは分かりませんが。

<音楽と医学>
ガーシュウィンは多形膠芽腫だった?
バッハの失明の原因は医療ミス?
チャイコフスキーの死因はコレラか自殺か?
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

<偉人たち>
Biot呼吸の提唱者:Camille Biot
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2016-07-05 00:12 | コラム:医学と偉人

ガーシュウィンは多形膠芽腫だった?

e0156318_119452.jpg●はじめに
 ジョージ・ガーシュウィン(1898年~1937年)はアメリカの作曲家で、彼の作品はジャズテイストの混じった壮大な曲が多いことで知られています。ラプソディー・イン・ブルーという曲を誰しも一度は耳にしたことがあるでしょう。
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(ラプソディー・イン・ブルー[ピアノ編曲])

●脳腫瘍の手術翌日に急逝
 彼が亡くなる年の1937年2月。指揮のリハーサル中に指揮台の上で突然倒れそうになりました。その後、強い幻臭症状を訴え直後に意識障害を発症したそうです。このてんかん症状はその後も何度かみられるようになり、頭痛や嘔気を合併してきたそうです。同年6月にてんかんにしては症状が激烈であることから脳腫瘍を疑われました。

 7月に入って脳室造影検査(頭蓋骨に小さな穴をあけて行う造影法だったそうです)を行い、右側頭葉に巨大な腫瘍があることがわかりました。当時はCT検査なんてありませんでしたから、脳腫瘍の診断は極めて難しかったことと思います。

 開頭手術を行い、腫瘍は摘出されたそうです。しかしながら、術後ガーシュウィンの意識が戻ることはありませんでした。手術の翌日に亡くなりました。死亡原因が手術の合併症であったかどうかは調べてみてもよく分かりませんでした。

 ガーシュウィンの曲を聴いてみると分かりますが、遊園地のようにワクワクする曲が多いです。これまでのオーケストラとは違い、ジャズっぽい感じを抱く人も多いでしょう。38歳という若さでこの作曲家を失ったことは、アメリカ音楽界にとって大きな打撃でした。

 なお、脳腫瘍は多形膠芽腫だったとされています(Semin Neurol. 1999;19 Suppl 1:3-9.)。

<音楽と医学>
バッハの失明の原因は医療ミス?
チャイコフスキーの死因はコレラか自殺か?
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

<偉人たち>
Biot呼吸の提唱者:Camille Biot
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2015-02-16 00:07 | コラム:医学と偉人

バッハの失明の原因は医療ミス?

e0156318_1045829.jpg●はじめに
 ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685年~1570年)はドイツで活躍した作曲家・音楽家です。バロック時代の有名な作曲家で、鍵盤楽器の演奏家としても名をはせていました。私も昔バッハのピアノの練習をしたことがありますが、激しい動きが少ないのであまり好きではありませんでした(今でも古典派以降のクラシックしか聴きません)。
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(パルティータ1番 B♭[BWV 825])

●バッハの眼疾患
 バッハは白内障を患っていたことで有名で、1750年3月にイギリスの高名な眼科医ジョン・テイラーに手術を依頼しました。当時の眼科手術ですから、質の方は予想通り・・・といったところで。手術後、テイラーは記者会見で「手術は大成功でした!バッハの視力は完全に回復した!」と豪語していたそうです。しかし、手術後の合併症によってバッハは晩年ほぼ失明に近い状態で病床に臥せていたとされています(Ned Tijdschr Geneeskd. 1985 Dec 21;129(51):2458-62.)。

●眼科手術後の重篤な合併症
テイラ―の術式が一体どういうものであったかは定かではありませんが、ものすごい眼痛を訴えていたことから術後緑内障を発症していたのだろうとされています(Acta Ophthalmol. 2013 Mar;91(2):191-2.)。また、水晶体に手を加えていることから眼内炎を起こしていたことは必至でしょう。網膜剥離の可能性も指摘されています(Arch Ophthalmol. 2005 Oct;123(10):1427-30..)。

 一体テイラー医師がどんな手術をやってのけたのか謎は残るばかりです。実は、著名な作曲家であるヘンデルもテイラー医師による眼疾患の手術を受けたものの、失敗に終わっています。当時の眼科手術が難しかったのか、テイラー医師に手技的な問題があったのかは分かりませんが、2人とも重篤な術後合併症を起こしたことは間違いありません。


<音楽と医学>
チャイコフスキーの死因はコレラか自殺か?
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

<偉人たち>
Biot呼吸の提唱者:Camille Biot
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Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
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サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2015-02-10 00:41 | コラム:医学と偉人

チャイコフスキーの死因はコレラか自殺か?

e0156318_22225327.jpg●はじめに
 ピョートル・チャイコフスキーは、ロシアで最も有名な作曲家の1人です。個人的にはラフマニノフの方が好きなのですが、チャイコフスキーも彼と同じく豪華なオーケストレーションと甘いメロディーが特徴の作曲家で、私も交響曲は今でも好んで聴きます。
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(ピアノ協奏曲第1番 第1楽章)


●コレラで死亡?
 チャイコフスキーの死因は、実はコレラとされています。1893年11月2日、観劇の後にレストランで会食しているときに川の水をグラスで飲み干したことが理由とされています。その数時間後、とてつもない下痢と嘔吐症状が彼を襲いました。その後無尿に陥り、意識が混濁し、4日後の11月6日に死亡しました。劇的な経過ではありますが、コレラの経過として大きな矛盾はなさそうです。
Kornhauser P. The cause of P.I. Tchaikovsky's (1840-1893) death: cholera, suicide, or both? Acta Med Hist Adriat. 2010;8(1):145-72.

 彼がホモセクシャルであったことから、死因に関してはいろいろな憶測が飛びました。非倫理的な行為(年下の男に執着)から皇帝に自殺を強要されたのではないかとする説も有力視されました。また、もともとうつ病の症状が強く、恋する男性との関係が成就しないことに悲観して自殺を受け入れたのではないかとする意見もあります。ただ、自殺説の根拠は「葬儀の際、親戚やファンがコレラに感染していたはずの遺体(チャイコフスキー)に触れたりキスしたりしていた」というものでした。コレラが死の感染症として恐れられていた当時、遺体に触れることができる葬儀というのは、コレラの葬儀ではありえないという専門家の意見が根強いです。対外的に無理矢理コレラにしたのではないかと考えられました。

 しかしながら、現時点での世界的コンセンサスとして、チャイコフスキーの死因はコレラであったと結論づけられています。真相は闇の中です。

<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

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Biot呼吸の提唱者:Camille Biot
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Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
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Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2014-12-13 00:53 | コラム:医学と偉人

Biot呼吸の提唱者:Camille Biot

e0156318_2252489.jpg 呼吸器内科医にとって、Biot(ビオー)呼吸はCheyne-Stokes呼吸と並んで有名な人名を冠する異常呼吸の1つです。Biot呼吸は、回数・リズム・深さがすべて不規則で、呼吸を意識させないと呼吸が停止してしまうことがあります。主に延髄の病変によってみられ、髄膜炎でも観察されます。Cheyne-Stokes呼吸は規則的に増減がみられる異常呼吸です。「何だかビオビオしてる呼吸」と医学生の頃は無理やり語呂づけて覚えていたような気がします。

 Biot呼吸とCheyne-Stokes呼吸をに表すと以下のようになります。
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図. Biot呼吸とCheyne-Stokes呼吸

 さて、Biot呼吸の名付け親となったCamille Biot(1850~1918年)は、Biot呼吸を解説したフランスの医師です。26歳という若さですでに呼吸パターンの調査を発表しており、Cheyne-Stokes呼吸を呈して患者のうち、典型例ではない不規則な呼吸パターンを報告しました。結核性髄膜炎の16歳の男児の呼吸パターンのトレースでは、Cheyne-Stokes呼吸では説明のつかない波形が描かれました。
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・Biot MC. Contribution a l'etude du phenomene respiratoire de Cheyne‐Stokes. Lyon Med 1876. 23517–28, 56167.28, 56167.
・Biot MC. Etude clinique et experimentale sur la respiration de Cheyne‐Stokes. New York: Harper & Brothers, 1878


 Biot呼吸は古典的には髄膜炎の呼吸様式として報告されていますが、現代では致死性家族性不眠症における呼吸パターンとして有名になりました。
Casas-Méndez LF, et al. Biot's breathing in a woman with fatal familial insomnia: is there a role for noninvasive ventilation? Clin Sleep Med. 2011 Feb 15;7(1):89-91.

 Biotはリオンで研修医として研鑽を積んだあと、マコンの町で生涯臨床に携わったそうです。私は主にオンラインで偉人たちのバイオグラフィーをひも解くことが多いのですが、このBiotに関しては詳しい生涯を記した文献は見つかりませんでした。他の偉人のように輝かしい表舞台で活躍した医師ではないのかもしれません。
Wijdicks EF. Biot's breathing. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2007 May; 78(5): 512–513.

<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

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Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
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by otowelt | 2014-07-26 00:27 | コラム:医学と偉人

ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

e0156318_14503632.jpg ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms、1833年~1897年)は古典主義的な音楽観を持ったロマン派の代表的作曲家です。ピアノ独奏曲も数多く書いており、op.117~op.118あたりはコンサートなどでもよく弾かれます。しかし彼を語る上で外せないのが交響曲です。ブラームスの作曲する交響曲は非常に重厚で、メロディアスです。私もオーケストラで交響曲2番と3番にクラリネットのチョイ役で参加したことがありますが、演奏しているだけで心地よくなるのは彼の交響曲だけだったのをよく覚えています。

 というわけで、私はブラームスの交響曲が非常に好きで、特にフルトヴェングラーが指揮をする交響曲2番は秀逸だと思っています。
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(交響曲2番 第4楽章 Allegro con spirito)

 話は変わってテオドール・ビルロート(Christian Albert Theodor Billroth、1829年~1894年)。彼はドイツ出身のオーストリアの外科医で、胃癌切除手術に初めて成功したことで知られています。外科医でなくとも、Billroth I法、Billroth II法はご存知でしょう。国家試験にも出題されるくらい有名な術式ですね。I法が残胃と十二指腸の吻合法を改良したもので、II法が十二指腸の断端を閉鎖して残胃と空腸を吻合したものです。呼吸器内科医として長く働いていますので、もはや外科系の知識は記憶のかなたですが・・・。

 テオドール・ビルロートは作曲の能力がきわめて高く、実は彼の親友にブラームスがいたことが知られています。お恥ずかしい話、私はビルロートとブラームスの関係を最近まで知りませんでした。

 ビルロートは親友のブラームスをもうならせるほどの室内楽曲・歌曲を作曲しています。ビルロートとブラームスは若い頃から仲が良く、二人で旅行に行くほどの仲でもありました(ヘンなウワサもあったみたいですが)。しかし、ある日ビルロートが肺炎・心不全で体調を崩したころから互いに疎遠になってしまい、若い頃ほど親交がなくなっていったと言われています。
Kern E. Our surgical heritage. Theodore Billroth and music. Zentralbl Chir. 1982;107(21):1408-16.

 晩年はビルロートの方がブラームスよりも早く逝去したのですが、ブラームスは最後までビルロートの作曲を世に出すべきであると訴えていました。しかし、ビルロートの妻とブラームスの折り合いが悪く、その夢がかなうことはありませんでした。

<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

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Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
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Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
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by otowelt | 2014-04-30 00:31 | コラム:医学と偉人

モーツァルトの死因は毒殺だったのか?

e0156318_10322443.jpg ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年~1791年)は、世界中で胎児教育にもしばしば使用されるくらい有名な作曲家です。ハイドンやベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人とされています。ベートーヴェンはどちらかというと近代寄りの作風なので、ひとくくりにすると違和感を感じますが。モーツァルトは神聖ローマ帝国皇室宮廷室内作曲家、神聖ローマ帝国皇室クラヴィーア教師、ヴェローナのアカデミア・フィラルモニカ名誉楽長などを務めました。

 個人的にはモーツァルトの曲は、近代・ロマン派と比べてあまりメロディアスな曲風ではないため、そこまで好きというわけではありません。ただ、ピアノ協奏曲の完成度はいずれも高いと思っています。
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(ピアノ協奏曲第22番 K.482)

 モーツァルトのレクイエムは、彼の死によってその作曲が中断されました。
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(モーツァルトのレクイエム)

 モーツァルトの死因については驚くほどの説があり、いまだに不明です。Wikipediaによれば「―――症状としては全身の浮腫と高熱であったという。ウィーン市の公式記録では急性粟粒疹熱とされる。実際の死因はリウマチ熱であったと考えられている」と記載されています。
Baroni CD. The pathobiography and death of Wolfgang Amadeus Mozart: from legend to reality. Hum Pathol. 1997 May;28(5):519-21.

 しかし、過去の報告を集めると死因については実に140もの説があるとされており、死因に関連のなかったものも85の併存疾患が報告されています。これらの報告のうち、憶測の域を出るものはあまり多くありません。調べた限りでは、音楽家の中で最も医学的に死因に諸説のあるのがモーツァルトです。
Karhausen LR. Mozart's 140 causes of death and 27 mental disorders. BMJ. 2010 Dec 10;341:c6789.

 最終的に腎不全に陥ったであろうことは多くのコンセンサスが得られていますが、そこに至るプロセスを論じた報告はさまざまです。モーツァルトを目の敵にしていたアントニオ・サリエリがヒ素によって毒殺したという説は有名でしょう(死の間際に毒殺を自白したとされています)。当時、美顔用化粧水にヒ素が入っていたため、ヒ素の入手は容易だったと考えられます。
Hatzinger M, et al. Wolfgang Amadeus Mozart: the death of a genius. Acta Med Hist Adriat. 2013;11(1):149-58.

 また、慣習的治療法として用いられていた瀉血が致死的になったのではないかという意見も多くの賛同を集めています。モーツァルトに対して瀉血が何度行われたのかわかりませんが、危険な行為であったことは明白です。

 頭蓋骨には左側頭骨の骨折があったという報告もありますが、おそらく陳旧性の外傷をみているだけではないかと思いました。直接の死因になったとは考えにくいと思います。

 もし毒殺でないなら、リウマチ熱から心臓弁膜症に陥り、晩年瀉血によって貧血と心不全を発症し、死亡したと考えるのが妥当な流れではないかと考えています。サリエリに毒殺されたのかどうかは、物的証拠の無い現代では証明できません。

<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒
ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
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Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2013-10-12 00:17 | コラム:医学と偉人

ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒

e0156318_174044.jpg・はじめに
 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)(1770年~1827)は、古典派からロマン派にかけての作曲家で、いかなる楽器を手にしても必ず演奏することになる作曲家と言われているほど多様な曲をかいています。

 ベートーヴェンの真髄は交響曲にあると私は思っていますが、個人的にピアノを嗜んでいることもあって、後期のピアノソナタが非常に気に入っています。大学生の頃は熱情ソナタ(op. 57)にあこがれを持っていたものです。

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ピアノソナタ第23番第3楽章Presto(op. 57)

 ベートーヴェンは、20歳代後半から持病の難聴が悪化し、30歳になる頃にはほとんど耳が聞こえなくなってしまいました。補聴器なんてなかった時代です。彼がピアノに耳を当てて作曲をしていたという逸話は、誰しも聞いたことがあるでしょう。そして、とうとう40歳には全聾になりました。

 
・難聴の原因は鉛中毒が有力
 ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めました。この原因として、ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説が有力です。
Stevens MH, et al. Lead and the deafness of Ludwig van Beethoven. Laryngoscope. 2013 May 17. doi: 10.1002/lary.24120. [Epub ahead of print]

 アルコール依存症に近いくらいにワインを愛していた彼は、腹部症状を長期にわたり訴え、最終的には肝硬変によって死亡します。鉛中毒も肝硬変も、当時のワインをがぶ飲みしていた彼にとっては矛盾のないものであり、鉛中毒による難聴を否定する論調は今のところ出ていません。それにしても、本人はワインが原因だとは思わなかったのでしょうか?
Mai FM. Beethoven's terminal illness and death. J R Coll Physicians Edinb. 2006 Oct;36(3):258-63.

 ちなみに酢酸鉛が甘味料として使われるワインは、当時のヨーロッパでは特に安物の大量発注ワインに多く使われていました。ワインの醸造過程で甘味料として鉛化合物類が頻繁に加えられていたそうです。
Prechtl W. Cheap wine as the cause of death. Beethoven didn't need to die this way. MMW Fortschr Med. 2007 Feb 22;149(8):8.

 鉛中毒が難聴を引き起こすメカニズムについては不明ですが、鉛は不妊や白内障など様々な蓄積症状を呈することが知られており、難聴の頻度についてははっきりとわかりませんでした(逆になぜ難聴で鉛中毒を疑ったのかも疑問)。その他の原因として、先天性梅毒や耳硬化症だったという説もありますが、そういった鑑別診断を正しいとする論調は現時点ではマイノリティです。


・おわりに
 鉛中毒の説もあくまで仮説に過ぎず、彼の本当の疾患については解明されていません。もしベートーヴェンがワイン好きでなければ、未完の10番目の交響曲をかき上げることができたのかは誰にもわかりません。


<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒
ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram




by otowelt | 2013-09-14 12:15 | コラム:医学と偉人

ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない

e0156318_2315189.jpg・はじめに
 フレデリック・ショパン(Frédéric Chopin)(1810年~1849年)はロマン派の代表的な作曲家であり、ご存知のように数多くのピアノ曲を残しています。誰もが耳にしたことがあるメロディアスな曲をいくつも書いていますが、後期の円熟した作風を聴けば聴くほど、39歳という若さで死去したことが惜しまれてなりません。

 個人的にはバラード、スケルツォ、ポロネーズあたりの後期の作品が好きで、20代の頃はこういった曲を頑張って弾いていました。また彼はピアノ協奏曲も残しており、ショパンコンクールでは必ず演奏される曲目として知られています。私としては、ショパンの素晴らしさは後期のピアノ独奏作品にこそあると思っているので、彼のオーケストレーションをあまり高く評価していません。

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ポロネーズ6番(op. 53)

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バラード4番(op. 52) コーダ


・ショパンの死因は結核なのか
 ショパンは公式(誰が決めた公式かは分かりませんが)には、結核で死亡したとする説が一般的です。しかしながら、確かに当時結核は流行していたものの、短絡的な結核という診断はおかしいという意見が多くみられるようになりました。

 ショパンを診察した医師の記録によれば、彼は階段の昇り降りだけで強い呼吸困難感を訴えており、現代では在宅酸素療法が必要なくらい慢性呼吸不全がひどかったことが推察されます。これは、急性期の肺結核の典型的な症状とは性質を異にするものです。もちろん現代でも重症の若い肺結核患者さんで同じような重度の呼吸不全を呈する例はまれにあります。
Hazard J. The adventures of doctor Jean Matuszinski, friend of Frédéric Chopin, from Warsaw in 1808 to Paris in 1842. Hist Sci Med. 2005 Apr-June;39(2):161-8.
 
 しかしさらに結核にそぐわない経過として、ショパンは20年にわたる血痰症状があったことがわかっています。うーん、これはいくらなんでも肺結核の症状としては長すぎます(無治療だとこんな感じになるものでしょうか?)。結核の長期罹患あるいは結核後遺症でこういった症状を呈していた可能性は否定できませんが、結核の自然経過だと考えるより他の慢性疾患と考えた方が妥当ではないかとする研究グループが増えてきました。


・その他の説:嚢胞性線維症、α1アンチトリプシン欠損症、非結核性抗酸菌症
 いくつかの報告では、ショパンは嚢胞性線維症やα1アンチトリプシン欠損症だったのではないかとする説もあります。これは幼少期にショパンが呼吸器疾患を発症していること、また遺伝性の疾患と考えられる理由として、ショパンの父親や姉のLudwikaが呼吸器感染症を反復するエピソードを有していたという2点からです。消化器症状や呼吸器感染症を繰り返していたことも、嚢胞性線維症の症状と合致します。また、ショパンには男性不妊が疑われており、これも嚢胞性線維症の症状の1つです。
Majka L, et al. Cystic fibrosis--a probable cause of Frédéric Chopin's suffering and death. J Appl Genet. 2003;44(1):77-84.

 α1アンチトリプシン欠損症は、彼の消化器系の症状が強いこと、ショパンの妹Emilliaが肝硬変に続発した静脈瘤の破裂で死亡していることから鑑別診断に挙がっていますが、嚢胞性線維症でも肝硬変にいたることはあるため、積極的にα1アンチトリプシン欠損症と結論付けるのは少し突飛でしょうか。
Kuzemko JA. Chopin's illnesses. J R Soc Med. 1994 Dec;87(12):769-72.

 嚢胞性線維症に異論を唱える研究グループは、ショパンが活躍した19世紀のヨーロッパで嚢胞性線維症を抱えながら39歳まで生き延びることはまず不可能であると述べています(現在でも寿命は大半が30代です)。しかし、この疾患は非常に個人差が大きいものであり、この年齢まで生きることが不可能という理由が当時の医療事情だけでは説得力に欠けるものです。


・おわりに
 なぜこれほどショパンの死因の説が分かれているのかというと、ショパンの主治医があまりにも多いためです。当時では珍しくショパンはドクターショッピングを繰り返した作曲家で、その主治医の数は30人とも50人とも言われています。

 ショパンを病理解剖したCruveilhier医師の剖検記録は、第二次世界大戦のパリ戦火によって失われてしまいました。診断書に書かれている「肺結核」「喉頭結核」という言葉のみが、唯一残された病名なのです。そのため、ショパンを苦しめた病気の正体は、いまだに解明されていません。彼のデスマスクが残されていますが、その顔つきから診断をすることは不可能です。
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ショパンのデスマスク(Wikipediaより引用)

 解明の糸口は、DNAを調べることです。ショパンの心臓は、ワルシャワの聖十字架教会に埋葬されています。彼の意向によって、1849年に姉によってポーランドに持ち帰られたものです。ある研究グループがこの調査を申請したと聞いたことがありますが、その後の経過については知りません。まあ、ニュースになっていないところを見ると、まだ調べられていないのでしょう。

 個人的には、ショパンには結核や非結核性抗酸菌症などの呼吸器感染症はあったと思います。それが慢性化の経過だったのか、晩年致命的に陥った急性~亜急性のものかはわかりません。ただ、持続的に血痰をきたしていたのはおそらく呼吸器感染症ではないかと思います。問題は、そこに基礎疾患があったかどうかです。特発性の気管支拡張症があったのか、嚢胞性線維症やα1アンチトリプシン欠損症といったまれな疾患があったかどうか。いずれにしても彼のDNAを調べることができなければ、真実は未来永劫闇の中です。
 
 ―――真実は神様にしかわかりませんが、私は別にそれでよいと思っています。ショパンの死因がわかっても、彼はもうこの世にいないのですし、残した名曲が色褪せることはないのですから。


<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒
ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2013-09-06 00:03 | コラム:医学と偉人

ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない

e0156318_9104886.jpg・はじめに
 私はヘタクソながらもピアノを弾くことが趣味で、ラフマニノフなどの近代の作曲家が好きです。先日、全盲のピアニストとして有名な辻井伸行さんがプロムスデビューを飾り、佐渡裕指揮の頃とは違ったラフマニノフのピアノ協奏曲2番(op. 18)を聴かせてくれたことが記憶に新しいです。
 作曲家が罹った疾患については、多くのエピソードが残されています。ラフマニノフ=Marfan症候群、ショパン=肺結核(嚢胞性線維症という説もあります)、モーツァルト=粟粒熱(現在は存在しない)、チャイコフスキー=コレラなどなど。今回はその中のラフマニノフについて取り上げてみたいと思います。


・ラフマニノフの手
 セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei Vasil'evich Rachmaninov)(1873年~1943年)は、数々の名曲を残したロシアの有名な作曲家ですが、それでいてピアノの技巧も卓越していたことでも知られています。彼は身長2メートル近い(193cm)体躯と巨大な手の持ち主で、12度の音程を左手で押さえることができたと言われています。12度というのは、ドから1オクターブ上のソまでです。冒頭で述べたピアノ協奏曲2番は、下の楽譜に示すように左手を10度の間隔に広げることが要求されています。手の大きくないピアニストの場合はこの和音をアルペジオにして弾くことが当たり前になっています(アルペジオ:例えば「ドミソ」を同時に弾くのではなく、「ド→ミ→ソ」と少し時間差で弾くこと。こうすれば指が小さい人は広い和音を弾ける)。
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(ピアノ協奏曲2番第1楽章冒頭 op. 18)

 ラフマニノフを筆頭としたロシアの作曲家はとにかく和音が大好きで(ロシアの文化性だと思います)、手の大きさとあとは体力勝負、という場面も少なからずあります。
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(前奏曲 op.32-13)


・Marfan症候群だったか否か
 医学部の講義の時に必ずといって登場する薀蓄(うんちく)として、「ラフマニノフはMarfan症候群だった」というものがあります。しかしその診断は不確実なもので、身体的特徴や症状から類推されたものに過ぎませんでした(Br Med J (Clin Res Ed). 1986 Dec 20-27;293(6562):1624-6.)。

 ラフマニノフのバイオグラフィーを調べて、彼はMarfan症候群ではなく、実は先端巨大症だったのではないかと唱える報告(J R Soc Med. 2006 Oct;99(10):529-30.)があります。Marfan症候群だけでは説明がつかない点が先端巨大症によって説明できるというのです。たとえば、後期にみられた手の硬直が正中神経障害による両側性の障害であること、悪性黒色腫が巨大症に関連した悪性腫瘍である可能性があること(Clin Endocrinol (Oxf). 1997;47:119–21)などが挙げられます。この研究グループは、側弯や漏斗胸といった胸郭異常、循環器疾患といったMarfan症候群に特徴的と言える徴候がなかった点も当該診断に懐疑的である根拠としており、全てを満たす疾患としては先端巨大症であったと考える方が妥当だろうと結論づけています。

<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒
ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram



by otowelt | 2013-08-24 15:43 | コラム:医学と偉人