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DNAR

e0156318_16464862.jpg・89歳、肺炎
 たとえば、あなたが入院患者Aさんの主治医になったとしましょう。Aさんは89歳の男性で、鼻カニューレで3L/分の酸素投与を必要とする右肺の大葉性肺炎がありました。よくよく話を聞いてみると、最近誤嚥が多くなり、トイレやお風呂で転ぶことが多くなったとのこと。しかしながら、Aさんは新聞を毎日読めるくらいに認知力はありそうです。入院に付き添ってきた家族はAさんの妻、子どもを含めて4人。Aさん本人と合わせて5人に病状説明をすることになりました。

主治医であるあなたが病状説明のために部屋に入ると、
大丈夫!しっかり治して早く家に帰ろうね!
と家族さんがAさんを励ましている姿が真っ先に目に入りました。

「――はじめまして、主治医の●●です。」

さて、こういった高齢の患者さんや家族に対して、医療従事者の皆さんは延命治療や心肺蘇生の話をどのように切り出していますか?あるいは、そもそもそんな話を切り出すべきなのでしょうか?


・はじめに
 そもそも、なぜ病気を治そうと意気込んで入院してきた患者さんに延命治療や心肺蘇生の話をするという意見が出るのでしょうか。それは、最も起こりうる最悪の事態を考えなければならないからです。医療とは、こうあって欲しいという理想的な経過と、万が一でも起こりうるだろう悪い事態の両方を考えておく必要があります。それは内科であろうと外科であろうと同じです。入院してきた当初、ただの大葉性肺炎であったとしても、この先どのような経過をたどるかは神様でない限り分かりません。誤嚥性肺炎が絶飲食と抗菌薬である程度よくなるだろうと思っていても、頭のどこかではこのまま重症の病態に陥る可能性も考えなければなりません。特にAさんのように90歳近い高齢の患者さんでは、入院した日の夜に酸素投与量が追い付かなくなり人工呼吸器を要する事態になることは十分ありうるわけです。もっとひどい場合、入院当日の夜に心肺停止状態に陥ってしまうこともあるかもしれません。

 病院施設、医療従事者が最も懸念する問題として「急変時の方針が決まっていない高齢患者さんで主治医が早急に対応できない状態」があります。本人の意思表示が不明で、家族と十分な議論をする余地がないまさに“急変”である場合は、疑わしきは治療すべきという観点から心肺蘇生を含め全力で患者さんの救命にあたります。


e0156318_16522724.jpg・DNARをとる
 私の嫌いな言葉に「DNARをとる」という言葉があります。医療従事者であればほぼ全員の人がこの言葉の意味をご存知のことと思います。「DNAR」というのは「Do Not Attempt Resuscitation」の略で、癌の終末期や高齢者などの患者さんが心肺停止に陥った際に心肺蘇生を行わないという意味です。そのため、「DNARをとる」という言葉は「有事の際に心肺蘇生を希望しないという患者さんサイドからの意思表示を得た」ということを意味します。

 DNARという言葉は、もともと「DNR」でした。「Attempt(試みる)」という単語がついていなかったのです。AHAガイドライン2000では、「DNR」という言葉は蘇生する可能性が高いのに蘇生しないという印象を持たれやすいという考えから、「Attempt」が付け加えられました。すなわち、蘇生に成功することが少ない中では蘇生処置を敢えて試みないという患者さんサイドに与える印象を緩和したものです。

 繰り返しますが、私は「DNARをとる」という言葉があまり好きではありません。「とる」ことを目的とした言葉のような気がしてならないからです。かといって、必要十分条件を満たす言葉は存在しないようにも思います。箕岡真子先生の言う「蘇生不要指示」という言葉はこれらの問答を広い視野にみた無難な用語なのかな、とも思います。


・十字架を背負う
 DNARの意思表示を患者さん本人あるいは患者さんの家族から得るのは基本的に主治医の役割です。もちろんチーム医療をおこなっている場合、複数の医療従事者が積極的に介入をして延命治療について皆で話し合うことは大切です。しかしながら、心肺蘇生に関して病院側と患者側に何らかのトラブルが生じた場合、法的に最も重く責任がのしかかるのは病院と主治医であることは否めません。特に昨今は病院と主治医の双方が被告になることもありうるため、その流れは顕著です。

 また、患者さんの臨終に際して「本当に延命しなくて正解だったのだろうか」と自問自答することは苦しいものです。多職種の介入によって背負う十字架の重みを共有し合えるとはいえ、多くの場合、患者さんと家族さんは主治医を頼ってくるため、生命の最終決定ボタンは主治医が押さなければならないのが今の日本の現状です。「あのときああすれば、あと1年は生きられたかもしれない」と夜な夜な苦しむことのある医師も少なくないのでは、と思わずにいられません。


・現場の問題点
 患者さん本人に説明をすることが原則ではありつつも、患者さんに延命治療や心肺蘇生について直接話ができることはそう多くありません。その理由は、日本人の死生観が不可侵的なものとして扱われてきた歴史があるからかもしれません。今から闘病に臨もうとしている人に対して死生について話すことは、日本人の儒教由来の死生観に鑑みるとタブーに近いものがあります。肺癌や特発性肺線維症のような慢性疾患であれば、患者さんとの間にラポールを構築して終末期をどうするかと言う話し合いが直接できるかもしれませんが、重症肺炎などの急性疾患の場合、矍鑠(かくしゃく)としている方であればあるほど直接話しにくいと感じる医師は多いのではないでしょうか。

 患者さん本人の意思こそが全てに優先されるものですし、そうあるべきだと思われがちですが、それを毎回確実に実践できている医師というのは極めてまれだろうと感じます。

 また、DNARの意思表示のある患者さんが予測できない医学的問題(心筋梗塞、脳出血、消化管出血など)を起こした場合、DNARだから何もしないというのはありえないわけで、結果的にDNARの意思表示がある患者さんが挿管・心肺蘇生・気管切開・寝たきりにまで至るケースというのは現実的に起こりうるわけです。原疾患によって起こった心肺停止であったとしても、癌の脳転移による脳出血なのか、高血圧による脳出血なのか即座に判断できないケースもあります。そのため、救命しなければならないと考えられるグレーゾーンは無数に存在します。


・おわりに
 いつだったか、ARDSの患者さんと家族に病状説明をしたとき、患者さん自ら「いかなる疾患においても心肺停止については延命を希望しない」という申し出をしてきたことがありました。実はその患者さんは元医療従事者だったので、普段から自分がどういった事態になった時にどこまでして欲しいかを家族と話し合っていたようなのです。

 私たち医療に携わる人間は、延命治療を受けた患者さんをたくさん見てきました。そのため、自分はこうして欲しいという確固たる意思を持っている人も多いでしょう。一般の方々にとって、短時間で生命の決断を下すことは非常に難しいです。とかくその相手が家族だったりすると、なおさらでしょう。子どものうちから、とまではいいませんが、日本における死生教育のあり方が解決策の1つなのかもしれませんね。


by otowelt | 2013-12-30 00:39 | コラム:患者さんへの説明

LABAの長期使用による気管支保護作用の消失にはADRB2 Arg16Glyポリモルフィズムは関連せず

e0156318_9463839.jpgLABAの効果とFENOの関連については注目されていますね。

Matteo Bonini, et al.
Loss of Salmeterol Bronchoprotection against Exercise in Relation to ADRB2 Arg16Gly Polymorphism and Exhaled Nitric Oxide
Am J Respir Crit Care Med Vol 188, Iss. 12, pp 1407–1412, Dec 15, 2013


背景:
 β2刺激薬は運動誘発性気管支攣縮(EIB)の治療に用いられ、特異的な受容体(ADRB2)を介して作用する。Arg16Glyポリモルフィズムはβ2刺激薬の定期使用の効果に影響を与えている。

目的:
 EIBにおけるサルメテロールの気管支保護作用について、Arg16Glyポリモルフィズムが与える影響を評価し、気管支保護予測因子をアセスメントした。

方法:
 プロスペクティブジェノタイプ盲検下ランダム化比較試験が行われ、26人のEIB患者が登録された(12人: Arg16Arg、14人:Gly16Gly)。被験者はサルメテロールを2週間にわたって50μg1日2回投与され、初日と14日後に吸入9時間後の運動を課した。気管支保護作用の消失:loss of bronchoprotection(LOB)と関連して、ジェノタイプ、一秒量、サルメテロールの反応性、EIBの程度、FENOが調べられた。
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(文献より引用)
 
 最大一秒量低下、および気管支保護作用の定義は以下の計算式で求めるものとする。
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(文献より引用)

結果:
 導入期間(run-in period)における最大一秒量低下は27.9±1.4%で、最初のサルメテロール使用時で8.1 ± 1.2%、2週間後で22.8 ± 3.2%だった(P=0.0001)。Arg16GlyポリモルフィズムはLOBと関連していなかった。
 ベースラインのFENOは有意にLOBと関連していた(r=0.47; P=0.01)。FENOが50ppbを超える患者のLOBは74 ± 13% だったが、FENOが25ppb未満の患者の気管支保護作用は7 ± 16%増加した。
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(文献より引用)

結論:
 慢性的な長時間作用型β2刺激薬の使用によって起こるLOBはADRB2 Arg16Glyポリモルフィズムに影響されなかった。高いFENOはLOBと関連していた。FENOの減少を達成しない状態で長時間作用型β2刺激薬を使用することは避けた方がいいかもしれない。


by otowelt | 2013-12-27 12:00 | 気管支喘息・COPD

医療従事者におけるインターフェロンγ遊離アッセイ

e0156318_2130255.jpg IGRAsのブースト効果についてのサブスタディも一緒に行われているので、ちょっとややこしい研究です。

Susan E Dorman, et al.
Interferon-γ Release Assays and Tuberculin Skin Testing for Diagnosis of Latent Tuberculosis Infection in Healthcare Workers in the United States
American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, Articles In Press


背景:
 潜在性結核感染(LTBI)の診断においてインターフェロンγ遊離アッセイ(IGRAs)はツベルクリン反応(TST)の代替検査である。限定的なデータではあるが、IGRAsは医療従事者に対してうまく機能しないかもしれないと言われている。

目的:
 医療従事者においてIGRAsとTSTのパフォーマンスの特徴を同定すること。

方法:
 この縦断的研究は、アメリカの4施設・2563人の医療従事者に対して行われたLTBIスクリーニングの経時的結果を記したものである。また当該地域は結核罹患率が10万人あたり4-9人である。QuantiFERON®-TB Gold in-Tube (QFT-GIT), T-SPOT®.TB (T-SPOT), TSTが2008年2月から2011年3月までの間ベースラインから6ヶ月ごとに18か月まで検査された。またサブスタディとして、2週間間をあけて検査の不一致性の確認検査をおこなった。
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(文献より引用:研究の概要)

結果:
 2418人の医療従事者がベースラインの検査をおこない、TSTは125人(5.2%)が陽性、QFT-GITは118人(4.9%)が陽性、T-SPOTは144人(6.0%)が陽性だった。ベースラインでTSTが陽性であるのにIGRAsが陰性の場合、これはBCGワクチン接種によるものだった(オッズ比25.1、95%信頼区間15.5~40.5)。
 試験期間中の検査の陽性化はQFT-GIT2263人中138人(6.1%)、T-SPOT2137人中177人(8.3%)、TST2293人中21人(0.9%)にみられた。6ヶ月後の再検査ではQFT-GIT陽性化のあった106人中81人(76.4%)、T-SPOT陽性化のあった118人中91人(77.1%)が陰性化していた。
 サブスタディにおいて、2週間あけて採血されたデータを用いた場合の陰性/陽性の不一致例は、QFT-GIT170人中15人(8.8%)、T-SPOT151人中19人(12.6%)にみられた。

結論:
 結核罹患率が低い地域における医療従事者でのLTBIスクリーニング検査の陽性化は偽陽性を反映していると考えられ、TSTよりもIGRAsの方がその頻度が6~9倍多い。複数回の検査がすすめられる。


by otowelt | 2013-12-27 00:04 | 抗酸菌感染症

T1b以上の非扁平上皮癌、低分化、右上葉発生のものは肺癌の脳転移再発のリスクが高い

e0156318_10364476.jpg 脳のMRIを撮影するたびに、「もしも」を除外するためにここまで綿密にフォローアップが必要なのだろうか、と考える症例もあります。呼吸器外科学会雑誌から、興味深い検討を紹介します。

飯田智彦ら.
病理病期I期非小細胞肺癌術後脳転移症例の検討
日本呼吸器外科学会雑誌Vol. 27 (2013) No. 7 p. 788-793


背景:
 病理病期I期非小細胞肺癌術後,脳が初再発部位となる頻度は低く,全例に厳密な脳転移スクリーニングを行うことは現実的ではない.

方法:
 そこで病理病期I期非小細胞肺癌術後に脳転移で再発した症例を検討し,高危険群,低危険群を同定すると共に,術後脳転移スクリーニングのあり方について検討した.対象は1999年1月から2008年12月までに根治術を施行した病理病期I期非小細胞肺癌218例中,観察期間が4年未満の未再発例33例を除く185例で,脳転移で再発した8例を非脳転移177例と比較した.

結果:
 その結果,T1b以上の非扁平上皮癌で分化度が低く,右上葉発生のものは脳転移再発のリスクが高いことが判明した.

結論:
 術後3年以上経過して脳転移を来した症例も2例あり,高危険群に対しては比較的長期間にわたる術後脳転移スクリーニングが必要と思われた.


by otowelt | 2013-12-25 00:33 | 肺癌・その他腫瘍

COPDに対するロスマピモドは無効

e0156318_8514378.jpg p38MAPKはサイトカイン刺激などによって活性化される酵素で、COPDの治療薬として注目を集めていました。

Henrik Watz, et al.
Efficacy and safety of the p38 MAPK inhibitor losmapimod for patients with chronic obstructive pulmonary disease: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial
The Lancet Respiratory Medicine, Early Online Publication, 5 December 2013, doi:10.1016/S2213-2600(13)70200-5


背景:
 p38 MAPK経路はCOPDの病態生理に関連しているとされている。ロスマピモドは強力な選択的p38 MAPK阻害薬である。われわれは、COPDの患者における運動耐容能に対するロスマピモドの効果を検証した。

方法:
 2010年11月4日から2011年12月22日までの間、アルゼンチン、チェコ、エストニア、ドイツ、ノルウェー、韓国、ウクライナ、アメリカにおいて、ランダム化プラセボ対照比較試験を実施した。患者は現喫煙ないし喫煙歴のある40歳以上の中等症~重症のCOPD患者(6分間歩行距離が350m未満)とした。患者はランダムにロスマピモド2.5mg、7.5mg、15mg、プラセボに1:1:1:1に割り付けられ、24週にわたって1日2回の投与を受けた。ランダム化は国や急性増悪歴によって層別化された。患者および研究者は盲検化された状態で試験に臨んだ。プライマリアウトカムはベースラインと24週目の6分間歩行距離の変化とした(ITT)。

結果:
 868人の患者をスクリーニングし、そのうち602人が登録され治療を受けた。プラセボとロスマピモド各治療群の間の6分間歩行距離の平均変化には差がみられなかった(ロスマピモド2.5mg:−6.7 m、95%信頼区間−18.2 to 4.9、ロスマピモド7.5mg:−4.7 m 、—16.1 to 6.8、ロスマピモド15mg:−3.4 m、—15.1 to 8.2)。
 安全性プロファイルは全群同等であったが、薬剤関連有害事象はロスマピモド7.5mg、15mgでよくみられた(それぞれ19人[13%]、20人[13%])。最もよくみられた有害事象は入院を要するCOPD急性増悪と肺炎だった。

結論:
 中等症以上のCOPDに対するロスマピモドは忍容性は高いものの、運動耐容能や呼吸機能には改善をもたらさない。


by otowelt | 2013-12-24 00:24 | 気管支喘息・COPD

プロサーファクタントプロテインBは既知の肺癌リスク因子に追加的価値あり

e0156318_22573782.jpgDon D. Sin, et al.
Pro–Surfactant Protein B as a Biomarker for Lung Cancer Prediction
JCO November 18, 2013 JCO.2013.50.6105


目的:
 予備試験でプロサーファクタントプロテインB(pro-SFTPB)は非小細胞肺癌における血液中のバイオマーカーとして有用と考えられている。われわれは、その後肺癌と診断された患者においてpro-SFTPBが潜在的な独立予測因子となりうるかどうか調べた。

患者および方法:
 Pro-SFTPBはPan-Canadian Early Detection of Lung Cancer Studyに参加した2485人の患者のベースラインで測定された。多変量ロジスティック回帰モデルにより、既知の肺癌のリスク因子に加えてpro-SFTPBが予測能があるかどうか評価した(識別能はROC曲線下面積(AUC)を使用)。外的妥当性は症例対照デザインを用いてCarotene and Retinol Efficacy Trial (CARET)の参加者の検体を用いて評価された。

結果:
 年齢、性別、BMI、癌既往歴、肺癌家族歴、一秒量(%予測値)、1日あたりの平均喫煙数、喫煙期間によって補正を行ったところ、pro-SFTPB(log変換)はオッズ比2.220 (95%信頼区間1.727~2.853、P < .001)であった。pro-SFTPBを加えた場合のAUCは0.741 (95%信頼区間0.696~0.783)、加えなかった場合は0.669 (95%信頼区間0.620~0.717; difference in AUC P < .001)であった。CARET試験ではpro-SFPTBの使用はAUC0.683(95%信頼区間0.604~0.761)だった。
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(文献より引用)

結論:
 血清pro-SFTPBは肺癌の独立予測因子であり、既知の肺癌のリスク因子モデルに加えることで価値があるかもしれない。


by otowelt | 2013-12-23 00:17 | 肺癌・その他腫瘍

下顎呼吸 ~最期の呼吸~

e0156318_1061385.jpg・はじめに
 「下顎呼吸(かがくこきゅう)」という呼吸があります。英語ではmandibular breathingやopen-mouth breathingと言います。後者は、閉塞性睡眠時無呼吸の際に口を開けて眠る患者さんに対して使用することもあります。また、ACLSやICLSに慣れた人は死戦期呼吸(agonal gasp、agonal respiration)という言葉を好んで使うかもしれません。

 死の間際に置かれた患者さんは、血圧が低下した後、胸郭を使った呼吸が下顎を使った呼吸に変わり、呼吸回数が極端に減少します。その後、心拍数が低下し始めます。そして呼吸が停止した後、わずかに残っていた心電図波形も平坦化し、心停止に陥ります。私たち医師の多くは、心電図波形が確実に平坦になった後に死亡確認を行います。

 経験上、下顎呼吸が始まると多くが1~2時間で亡くなることが多いため、下顎呼吸が出現する前の極端な血圧低下があった時点で家族を呼ぶことが多いようです。個人的な経験上、普段から看護にあたっている看護師さんの方が、私たち医師よりも「死」を意識する能力に長けているように思います。


・5日間下顎呼吸が続いた患者さん
 ある寒い冬の朝のことでした。4年ほど私が診ていた終末期の患者さんの血圧がいよいよ下がり始めました。眼窩はくぼみ、教科書的なヒポクラテス顔貌。待合室にいた家族に「血圧が低くて、もはや測定することができません。この後、呼吸回数がゆっくり減ってくると思います。」と説明したところ、「今晩がヤマということでしょうか?」とお決まりのような質問が飛んできました。

 この“ヤマ”という言葉。おそらく、医学的には何の定義もない言葉なのです。本来「今夜が峠です」というのが正しい使い方のようですが、峠を越せる可能性があるときに使うならまだしも、終末期で今から亡くなろうとしている患者さんにはこの言葉を使う意味はさほどありません。

 「あと3時間以内です。」などと具体的に時間を提示することはおそらく不可能ですので、個人的には「私の経験から言うと、おそらく今日明日中だと思います。」と少し幅を持たせて家族にお伝えすることが多いです。ただ、それでもその予測が外れてしまうことがあります。

 ―――その患者さんは、5日間も下顎呼吸が続きました。明らかに血圧が低下して、意識が無い状態であるにもかかわらず、「あぐ、あぐ」とした下顎呼吸だけで5日間も頑張られました。


・全例に下顎呼吸が出現するわけではない
 私は呼吸器内科医ですから、下顎呼吸を目にするケースはほとんどが肺癌や間質性肺炎などの慢性疾患の終末期の患者さんです。その最期の時に全例に下顎呼吸が出現するわけではありませんが、急性のものも含めると、心肺停止の40%~55%程度にこの呼吸が出現するのではないかと言われています。ただ、個人的な印象ではもう少し頻度は多いように感じています。
・Clark JJ, et al. Incidence of agonal respirations in sudden cardiac arrest. Ann Emerg Med. 1992 Dec;21(12):1464-7.
・Eisenberg MS. Incidence and significance of gasping or agonal respirations in cardiac arrest patients. Curr Opin Crit Care. 2006 Jun;12(3):204-6.



・呼吸器内科医からみた下顎呼吸
 実は終末期にある患者さんの呼吸状態について調べたみたもののどうやら呼吸生理学的にはあまりよく分かっていないようです。

 呼吸のときに下顎は動くのですが、胸郭はほとんど動いていないため、客観的にはほとんど一回換気量が確保できていないと考えられています。しかし動物実験では、一回換気量は意外にもしっかりと確保できているという報告もあります。ただ、有効な「呼吸」が行われているのかどうかはいまだに定かではありませんし、ヒトを対象にした臨床試験の踏み込めない領域でもあります。

 死亡直前期にはあぐ、あぐとした下顎呼吸は、回数が極端に低下します。そして呼吸停止がやってくると、その後に大きなため息を一息ついて、絶命されます。中には、大きく息を吸い込んだまま亡くなられる方もいます。最期にため息のような大きな呼吸をする患者さんとそうでない患者さんがいますが、その差が何を意味しているのか私には皆目見当もつきません。気道を支えていたすべての筋が弛緩するため、ため息をついているように見えるのでしょうか。


・さいごに
 私が癌・非癌を問わず、これまで最期を看取った患者さんは100人余りしかおらず、緩和ケア医や腫瘍内科医よりは遥かに経験が少ないです。医学的な部分だけでなく、スピリチュアルな部分も含めて私はまだまだ未熟です。そのうち私も齢を重ねれば、何か新しく感ずるところが出てくるのかもしれません。

 死亡確認のときに、亡くなった患者さんに声かけをすると涙をこらえるのが大変なので、私はいつも、病室に誰もいない時間を狙って患者さんと「最期の主治医との会話」をするように心がけています。泣き虫の医師なりに工夫が必要なのです。



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by otowelt | 2013-12-21 09:07 | その他

LAMに対してドキシサイクリンは無効

e0156318_1602186.jpg 過去にリンパ脈管筋腫症(LAM)に対してドキシサイクリンが有効であるという66歳の女性の症例報告がNEJMに掲載されました(N Engl J Med. 2006 Jun 15;354(24):2621-2.)。
 これを多数の患者で検討したものがこのERJの論文です。

William YC Chang, et al.
A two year randomised placebo controlled trial of doxycycline for lymphangioleiomyomatosis
ERJ December 5, 2013 erj01674-2013


背景:
 リンパ脈管筋腫症(LAM)は、肺の嚢胞と気流制限に特徴付けられる呼吸器疾患である。マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMPs)は、LAM患者の肺の破壊に関与しているとされている。われわれは、LAM患者においてMMPを阻害するドキシサイクリンとプラセボを比較したランダム化二重盲検試験を行った。

方法:
 2009年5月から2年間の間にイギリスの149人のLAM患者が同定され、そのうち23人のLAMの女性がランダムにドキシサイクリン1日100mg3ヶ月→1日200mg21ヶ月あるいはプラセボのいずれかに割り付けられた。呼吸機能検査、運動耐容能、QOL、MMP値が調べられた。

結果:
 登録されたLAM患者の平均年齢は46歳で、症状は平均13.5年続いていた。18人(78%)の患者は過去に気胸の既往歴があり、13人(56%)は血管筋脂肪腫を有していた。3分の1の患者は閉経後であった。1人は結節性硬化症複合体であり、残りは孤発性のLAMだった。23人の患者のうち21人は血清VEGF-D値が800pg/mLより高値であった。
 21人の患者が6ヶ月の治療を完遂し、17人が1年、15人が2年の治療を完遂した。4人は気胸による脱落、その他にも様々な理由により脱落した4人がいた。
 プライマリエンドポイントである一秒量の平均減少は、両群とも差はみられなかった(プラセボ:−90±154mL/年 vs ドキシサイクリン:−123±246mL/年、差−32.5, 95%信頼区間−213~148, p=0.35)。
e0156318_15531353.jpg
(文献より引用)

 また、ドキサイクリンは肺活量、ガス交換能、シャトルウォーキング距離、QOLには影響を与えなかった。尿中MMP-9値はドキシサクリン群で有意に低かった(p=0.03)。

結論:
 限られた患者数であったため、われわれはドキシサイクリンの効果を完全に否定することはできなかったが、いずれのアウトカムにも効果がはっきりとしなかったことからドキシサイクリンはLAMに有効な効果を持っているとは言いがたいだろう。


by otowelt | 2013-12-20 00:26 | びまん性肺疾患

2013年感染症専門医試験について

e0156318_17162994.jpg 2013年9月8日に受験した日本感染症学会の感染症専門医試験について記載します。不合格だと恥ずかしいので、その時は書かないつもりでした(笑)。いかんせん3ヶ月ほど前の試験なので、覚えている範囲で書いてみます。

 2013年の感染症専門医試験は62人が受験しました。試験時間は90分で、問題は60問でした。すべて医師国家試験のマルチプルチョイスと同じタイプの出題形式でした。

 インターネット上に感染症専門医試験に関する情報があまりにも少なく、また私は呼吸器内科医であったため感染症科医からの情報も乏しい状態でした。そのため、受験した後にあまり手ごたえがありませんでした。問題は持ち帰ることができませんでしたので、記憶している範囲で記載したいと思います。私のように専門外で情報が少ない人にとって、こんな些細な情報でも参考になれば幸いです。


・AIDS
 AIDSの指標疾患について出題されました。指標疾患でないものはどれか、という問題で「帯状疱疹」を選ばせる問題がありました。

・ワクチン
 ワクチンの接種の間隔や時期について問う問題が出ました。ワクチンは接種時期だけでなく間隔についてもしっかり暗記しないとダメですね。主要なワクチンの接種時期を暗記して臨みましたが、どのワクチンの後にどのくらい経過したらどのワクチンが打てるか、という問われ方をされたのでパニックになってしまいました。

・血液内科
 血液培養の画像を見せて、カンジダを選ばせる問題がありました。アスペルギルスとの形態の違いが分かれば大丈夫だと思います。また、発熱性好中球減少症の対応を問う問題が出ました(「セフェピムを使うこと」や「ただちに治療すること」が分かっていれば大丈夫でした)

・呼吸器内科
 結核の発病率がおよそ10%であること、Mycobacterium bovisはいわゆるNTMではないこと(結核菌群[M. tuberculosis complex]です)、一次結核の定義を問う問題が出ました。呼吸器の領域は基本的にすべて抗酸菌についての問題だったので、結核を普段診療している人にとっては簡単でした。

・小児科
 小児の急性腹症で、腹部CTから糞石を同定し虫垂炎を診断させる問題がありました。また、急性虫垂炎と鑑別が必要なエルシニアを選ばせる問題もありました。クループの問題もありましたが、完全専門外だったので全く分かりませんでした。

・産婦人科
 膣トリコモナスの特徴を問う問題が出ました。

・泌尿器科
 男性の尿道炎の原因にならない菌はどれかという問題で、オウム病の原因であるクラミドフィラ・シッタシを選びました。

・旅行医学
 輸入感染症ではないのはどれかという問題で、トリコスポロンを選びました。
 
・寄生虫
 広節裂頭条虫の虫卵の写真をみせて、プラジカンテルを選ばせる問題が出ました。受験中は広節裂頭条虫だと確信はなかったのですが、なんとなくプラジカンテルでいいだろうと思って選びました。後で確認したら広節裂頭条虫でした。

・時事問題
 H7N9インフルエンザ、SFTS、風疹、MERSについて出るのではないかと思っていましたが、まったく出ませんでした。

 解いた後の手ごたえとしては、自己採点で60%は確実、適当に答えたところが合っていればあわよくば80点くらい・・・という印象でした。周りの感染症科医の方々はもっと簡単に感じたようですが。

 試験勉強は、学会から販売されている分厚い辞書みたいな解説編と問題集を参考にしました。問題集は2周解いて、その都度該当する部分を解説編で確認するようにしました。解説編は1200ページくらいあるのですが、とりあえず流し読みで全部目を通しました。あまりにも分厚いので、試験会場に持って行く意味は無いと思います。どのくらい重いかといいますと、落としたら床のフローリングが凹むくらい重いです。


by otowelt | 2013-12-19 10:42 | 感染症全般

デジタル時計を使う場合、ドイツ語表記に要注意

 クリスマスBMJが続きます。もはや医学論文ではなく、ただのコラムです。雑誌の"FILLER(つなぎ)"ですね。

Stuart Carter, et al.
Die another day
BMJ 2013; 347 doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.f6973


 4月のある火曜日のこと。われわれは膠原病科の病棟回診で死に直面している患者を診察した。彼はこれまでの治療や病棟スタッフのケアに感謝していた。しかしながら、病棟にあったとある“装置”が彼にとってよくなかった。患者はこう言った。「時計が私に死を伝えてくる・・・」。確かに彼の言うとおり、時計には“DIE(死ぬ)”と書かれていたのだ。
 われわれは、この時計がドイツ語表記であることを発見し、これがドイツ語で火曜日“Dienstag”という意味だとわかった。すぐにわれわれは英語表記の"TUE"になるようボタンを押した。幸運なことに、患者の死にこの時計が影響を与えることはなかった。
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(文献より引用)


by otowelt | 2013-12-18 12:21 | その他