高齢者への人工呼吸器装着の選択は妥当か否か

AJRCCMから高齢者のスタディが出ていた。

「高齢者への挿管」という問題については、色々な議論がある。
例えば、元通りに復帰できる可能性が1%でもあるなら挿管すべきだという
倫理的観点からの主張もあれば、後遺症や家族への負担を考えるのであれば
すべきでないという社会的観点からの主張もあるかもしれない。
この論文のDiscussionにも書かれているように、
大前提として、患者本人への説明と同意が必要であるため、
家族の「助けてやってくれ」という短期的意見よりも、
その後の長期的な後遺症、余生の過ごし方、メリット・デメリットを
本人に説明した上で本人が同意する方が望ましい。しかしながら、
本人への予後告知というのは、いまだに日本文化的に善しとしない傾向に
あるため、家族の決定にゆだねられた上で挿管となるケースもままある。
もちろん本人が意思表示できないケースもあるため、これはやむを得ない。

高齢者への挿管を説明する医師は、患者さんにとって
その後に考えられる全ての人生の可能性を熟慮しなければならない。
高齢者にとって”尊厳をもった生”というのは非常に重要であり
相当の介護を要する身体になっても、それでも生きたいと願うのかどうかを
最後まで悩み、最後まで家族と議論すべきである。
(緊急時にそんな時間的猶予があるかどうかは別として)

私個人としては、高齢者だから挿管するしないという二元論はおかしいと思うし、
それこそ病態によって復帰率はまちまちだと思う。
90歳でも餅をつまらせただけで用手的に取れないのであれば気切すればいいと思う。
60歳で肺癌終末期で酸素化が維持できない場合にはしなくてもよいと思う。
ゆえに、この議論は一つの観点からの討議できるものではない。
ただ、あまりに凄惨な余生が待ち受けていると医師個人が強く考える場合には
家族に”失礼かもしれませんが、医師個人としてすべきでないと思います”
と正直に自分の意見を言うようにしている。
それでも全てを理解した上で家族が挿管を選択する場合には、
医師はそれ以上踏み込むべきではない、……というより踏み込めない。

この論文はあくまで臨床試験であるため、さっぱりとしたアウトカムに
なっているが、倫理的な部分や現場の葛藤に踏み込んだ重要なものである。
この論文の筆者は、挿管後のつらい余生を目の当たりにしてきた経験が
多いのかもしれない。彼は、Discussionの中でこう言っている。
「many elders might not elect to receive a high burden
  intervention if they knew it would result in substantial disability」

前置きが長くなったが、以下今回の論文。

Disability among Elderly Survivors of Mechanical Ventilation
Am J Respir Crit Care Med Vol 183. pp 1037–1042, 2011


背景:
 長期的な機能アウトカムを人工呼吸器管理から生存した高齢者で
 調べた試験は、限定されている。

目的:
 人工呼吸器管理のために入院した高齢者を、非人工呼吸管理患者と
 機能不全のインパクトの評価において比較する。
 プロスペクティブに、以前の機能ステータスと検証する。

方法:
 レトロスペクティブコホート試験で、65歳以上の患者を
 1996年から2003年のthe Medicare Current Beneficiary Surveyに登録。

結果:
 7暦年 (calendar year)以上のデータで54771人年。
 入院をしていないものが42890人年、非人工呼吸器入院が
 11347人年、人工呼吸器ありで入院したものが534人年であった。
 1年死亡率は、入院していないものが8.9%、非人工呼吸器入院が23.9%、
 人工呼吸器管理で入院したものが72.5%であった。
 機能不全レベルは人工呼吸器管理で入院したあとに生存した人で高かった
 (調整activities of daily living disability score 14.9; 95%CI12.2–17.7、
 調整mobility difficulty score 25.4; 95%CI22.4–28.4)。
 非人工呼吸器入院から生存した場合は、上記はそれぞれ
 11.5 [11.1–11.9]、22.3[21.8–22.9]であり、入院していない人では
 8.0 [7.9–8.1]、13.4[13.3–13.6]であった。
高齢者への人工呼吸器装着の選択は妥当か否か_e0156318_932745.jpg
結論:
 人工呼吸器を要する入院から生存した高齢者にとって、
 その後の機能不全は予測していたものよりはるかに大きなものである。
by otowelt | 2011-04-18 06:29 | 集中治療

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


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