慢性間質性肺疾患患者への胸腔鏡下肺生検(VATS)は必要か
2012年 03月 17日
●慢性間質性肺疾患患者への胸腔鏡下肺生検(VATS)
慢性間質性肺疾患を示唆するようなHRCT所見がある場合、
VATSを行う施設は少なくない。その肺の疾患が果たして
UIP/IPFなのか、NSIPなのか、あるいはその他の間質性肺疾患なのか、
はっきりと診断をつける目的で行われる。
ただ、呼吸器内科医をやっていると多くの医師がある疑問に遭遇する。
すなわち、「VATSはこの患者に必要なのか?」という疑問である。
日本の呼吸器内科医の間では半ばタブーとされている疑問である。
医学とは患者さんの転帰を良好に変容させる科学であり
医療とはその実践だと、私個人は信じている。そのため、VATSの
是非については、”患者さんの転帰”を視点に論じるべきであると考える。
そこに学問的考察や医療従事者の自己満足は不要である。
また、VATSは簡単にホイホイと受けられる処置ではないので
ただの一検査として位置付けられるほど軽いものではない。
まず、HRCTにおいて慢性間質性肺疾患を示唆する状況で
VATSを行うメリットを考えてみたい。集約すると以下の通りであろう。
1.組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
2.治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
3.他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)
●組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
IPFの予後は不良だが、予後X年ですと患者さんに伝えることで
人生設計が可能になるという意見を聞いたことがある。
個人的には、これはさほど大きなメリットとは考えない。
画像や臨床的な経過からIPFだろうと思えば、ゆっくりと診療の場で
病状説明をすればよく、そこにVATS検体は必須ではない。
「初期診断のVATSでUIPだから、あなたの予後X年」と
患者さんに早期に言及することには、特にメリットもない。
ただ、白黒はっきりつけたい患者さんであったり、仕事のプロジェクト等を
見据える必要がある場合は、VATSを施行して予後を告知することは
是とされるかもしれない。すなわち、予後推定について知りたい患者さん
にはVATSを考慮してもいいのかもしれない。
言うなれば、これは”社会的VATS”であり、医学的なVATSではない。
●治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
ステロイドの効果についてはガイドラインで指摘されている通り
予後改善効果は乏しい。ステロイドや免疫抑制剤の投与量に
各疾患群で大きな差があれば問題だが、そもそも慢性間質性肺疾患に
そこまで大きな効果がないため、疾患ごとに細かい調整をしたとしても
臨床的にインパクトのある利益はないと考える。また、慢性間質性肺疾患が
コントロール可能な膠原病肺だったとしても、VATS検体のみで
膠原病と診断できるほど医学は発展していない上、
臨床症状と血清学的検査所見によって膠原病治療は行われるべきだ。
RB-ILDや一部のDIPなども鑑別に入るが、禁煙指導は当然のことながら
治療内容とアウトカムに大きく差が出る疾患群ではないと考えている。
IPFへのピルフェニドンについては少なくとも生存を延長するものではない。
しかしながら、BIBF1120の効果はピルフェニドンよりも大きいものと
考えられ、呼吸機能の改善が認められている
(N Engl J Med 2011;365:1079-87.)。しかしながら生存における
効果はまだ証明されていない。すなわち、BIBF1120の使用について
UIPに限定的な現状であることを考えるのであれば、
VATSを行う意味はあるのかもしれない。ただ、このVATSも
医薬品使用の観点に基づいた社会的VATSと考えられる。
現時点でのピルフェニドンのエビデンスはIPFにほぼ限定されている
ものの、チロシンキナーゼを阻害することが慢性間質性肺疾患の予後を
改善されると将来証明されるようなことがあれば、
なおさらVATSは不要になるのかもしれない。
●他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)
NSIPパターンやUIPパターンのHRCT画像をみたとき、
慢性間質性肺疾患である慢性過敏性肺炎(CHP)、サルコイドーシス、
悪性リンパ腫を含むリンパ増殖性疾患は必ず鑑別に入るが、
VATSはこれらの鑑別に役立つであろう。まず、慢性間質性肺疾患に
おいてCHPとIPFを誤診したことで治療アウトカムや臨床経過が
大きく異なるとは私個人は考えていない。異論はあるかもしれないが
CHPにおいて抗原回避を行ったとしても、線維化の進みきった肺に
劇的な改善がみられるとは到底考えられない。ただ、
特発性間質性肺炎やサルコイドーシスは、公費補助のための申請が
できるという点で他の疾患と性質を異にするため、VATSによって
何かしら有利な点があるかもしれない。そういった点で、これは
前述したような社会的VATSに位置付けられる。
もしVATSを行わないことで、医学的に不利益を被る事態があるとしたら
化学療法を要するリンパ増殖性疾患や悪性疾患、
稀な疾患(ランゲルハンス細胞組織球症など)を見逃した場合であろう。
NSIP類似の悪性リンパ腫や悪性腫瘍は極めて稀であると思われるが、
至極稀なケースも考えておく必要はあるかもしれない。
●さいごに
ATS/ERSガイドラインではVATSなどの生検は診断に必要であると
提唱しているが、私はその推奨はあくまで確定診断をつける上で
必要であることを述べているに過ぎないと思っている。
そもそも目の前の患者に確定診断をつける必要があるのかどうか
についてはガイドラインや科学者らは最初から論じていない。
慢性間質性肺疾患の多くの患者さんは、VATSを受けた後
経過観察を行うことが多い。それはIPF、NSIP、CHPに
確定的な治療法がないからだ。数ヶ月後・数年後に悪化した時、
多くの患者さんはステロイドや免疫抑制剤が導入される。
ゆえに、臨床的アウトカムを大きく変えることができない現状下で
盲信的VATSをすすめる呼吸器内科医療というのは、
医療の根本を軽視した誤った考えであると私は常々考えている。
患者さんに対して社会的VATSであるのか、
臨床転帰を変えるほどの治療法はない状況で行う医学的VATSなのか
稀な間質性肺疾患を除外するための医学的VATSなのか、
学問的興味で行う医師主体のVATSなのか、
確固たる意見と信念を持つことが私たち呼吸器内科医の
職務であると心から思う。
慢性間質性肺疾患を示唆するようなHRCT所見がある場合、
VATSを行う施設は少なくない。その肺の疾患が果たして
UIP/IPFなのか、NSIPなのか、あるいはその他の間質性肺疾患なのか、
はっきりと診断をつける目的で行われる。
ただ、呼吸器内科医をやっていると多くの医師がある疑問に遭遇する。
すなわち、「VATSはこの患者に必要なのか?」という疑問である。
日本の呼吸器内科医の間では半ばタブーとされている疑問である。
医学とは患者さんの転帰を良好に変容させる科学であり
医療とはその実践だと、私個人は信じている。そのため、VATSの
是非については、”患者さんの転帰”を視点に論じるべきであると考える。
そこに学問的考察や医療従事者の自己満足は不要である。
また、VATSは簡単にホイホイと受けられる処置ではないので
ただの一検査として位置付けられるほど軽いものではない。
まず、HRCTにおいて慢性間質性肺疾患を示唆する状況で
VATSを行うメリットを考えてみたい。集約すると以下の通りであろう。
1.組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
2.治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
3.他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)
●組織型(UIP、NSIP・・・)によって、予後推定が可能になる
IPFの予後は不良だが、予後X年ですと患者さんに伝えることで
人生設計が可能になるという意見を聞いたことがある。
個人的には、これはさほど大きなメリットとは考えない。
画像や臨床的な経過からIPFだろうと思えば、ゆっくりと診療の場で
病状説明をすればよく、そこにVATS検体は必須ではない。
「初期診断のVATSでUIPだから、あなたの予後X年」と
患者さんに早期に言及することには、特にメリットもない。
ただ、白黒はっきりつけたい患者さんであったり、仕事のプロジェクト等を
見据える必要がある場合は、VATSを施行して予後を告知することは
是とされるかもしれない。すなわち、予後推定について知りたい患者さん
にはVATSを考慮してもいいのかもしれない。
言うなれば、これは”社会的VATS”であり、医学的なVATSではない。
●治療反応性が異なる上、UIPならピルフェニドンを使用できるかもしれない
ステロイドの効果についてはガイドラインで指摘されている通り
予後改善効果は乏しい。ステロイドや免疫抑制剤の投与量に
各疾患群で大きな差があれば問題だが、そもそも慢性間質性肺疾患に
そこまで大きな効果がないため、疾患ごとに細かい調整をしたとしても
臨床的にインパクトのある利益はないと考える。また、慢性間質性肺疾患が
コントロール可能な膠原病肺だったとしても、VATS検体のみで
膠原病と診断できるほど医学は発展していない上、
臨床症状と血清学的検査所見によって膠原病治療は行われるべきだ。
RB-ILDや一部のDIPなども鑑別に入るが、禁煙指導は当然のことながら
治療内容とアウトカムに大きく差が出る疾患群ではないと考えている。
IPFへのピルフェニドンについては少なくとも生存を延長するものではない。
しかしながら、BIBF1120の効果はピルフェニドンよりも大きいものと
考えられ、呼吸機能の改善が認められている
(N Engl J Med 2011;365:1079-87.)。しかしながら生存における
効果はまだ証明されていない。すなわち、BIBF1120の使用について
UIPに限定的な現状であることを考えるのであれば、
VATSを行う意味はあるのかもしれない。ただ、このVATSも
医薬品使用の観点に基づいた社会的VATSと考えられる。
現時点でのピルフェニドンのエビデンスはIPFにほぼ限定されている
ものの、チロシンキナーゼを阻害することが慢性間質性肺疾患の予後を
改善されると将来証明されるようなことがあれば、
なおさらVATSは不要になるのかもしれない。
●他の疾患との鑑別に役立つ(CHP、サルコイドーシス、悪性疾患など)
NSIPパターンやUIPパターンのHRCT画像をみたとき、
慢性間質性肺疾患である慢性過敏性肺炎(CHP)、サルコイドーシス、
悪性リンパ腫を含むリンパ増殖性疾患は必ず鑑別に入るが、
VATSはこれらの鑑別に役立つであろう。まず、慢性間質性肺疾患に
おいてCHPとIPFを誤診したことで治療アウトカムや臨床経過が
大きく異なるとは私個人は考えていない。異論はあるかもしれないが
CHPにおいて抗原回避を行ったとしても、線維化の進みきった肺に
劇的な改善がみられるとは到底考えられない。ただ、
特発性間質性肺炎やサルコイドーシスは、公費補助のための申請が
できるという点で他の疾患と性質を異にするため、VATSによって
何かしら有利な点があるかもしれない。そういった点で、これは
前述したような社会的VATSに位置付けられる。
もしVATSを行わないことで、医学的に不利益を被る事態があるとしたら
化学療法を要するリンパ増殖性疾患や悪性疾患、
稀な疾患(ランゲルハンス細胞組織球症など)を見逃した場合であろう。
NSIP類似の悪性リンパ腫や悪性腫瘍は極めて稀であると思われるが、
至極稀なケースも考えておく必要はあるかもしれない。
●さいごに
ATS/ERSガイドラインではVATSなどの生検は診断に必要であると
提唱しているが、私はその推奨はあくまで確定診断をつける上で
必要であることを述べているに過ぎないと思っている。
そもそも目の前の患者に確定診断をつける必要があるのかどうか
についてはガイドラインや科学者らは最初から論じていない。
慢性間質性肺疾患の多くの患者さんは、VATSを受けた後
経過観察を行うことが多い。それはIPF、NSIP、CHPに
確定的な治療法がないからだ。数ヶ月後・数年後に悪化した時、
多くの患者さんはステロイドや免疫抑制剤が導入される。
ゆえに、臨床的アウトカムを大きく変えることができない現状下で
盲信的VATSをすすめる呼吸器内科医療というのは、
医療の根本を軽視した誤った考えであると私は常々考えている。
患者さんに対して社会的VATSであるのか、
臨床転帰を変えるほどの治療法はない状況で行う医学的VATSなのか
稀な間質性肺疾患を除外するための医学的VATSなのか、
学問的興味で行う医師主体のVATSなのか、
確固たる意見と信念を持つことが私たち呼吸器内科医の
職務であると心から思う。
by otowelt
| 2012-03-17 07:22
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