労作時のみSpO2が90%を下回る患者さんに携帯型酸素ボンベは必要か
2012年 03月 27日
呼吸器内科医をやっていると、安静時のSpO2、PaO2は良好で
あるにも関わらず、労作時にSpO2が90%を切るケースは
COPD患者さんでよく経験する。時折、現場スタッフ等から
ある提案がなされる。すなわち
「入浴・労作時の酸素投与だけでもした方がよい」という提案である。
日本の病院では『SpO290%信仰』がやや強い。
これは”SpO290%は大丈夫だが、SpO289%は大丈夫でない”
という、いささかクリアカットな考えである。そのため、
安静時SpO2が93%であっても、労作時SpO2が88%であれば
”90%を下回っているのでよくない”という帰結に至る。
臨床現場ではしばしば見かける光景だと思う。
日本における”酸素処方”は(海外でもそうだろうが)、
手続きはさほど多くないので簡単にできるのだが、
患者さんやその家族はそう簡単にはいかない。
入浴時に使用するということは、酸素濃縮器を自宅に
設置することになる。また労作時に使用するということは、
外出のたびに酸素を持って歩かねばならない。
動くたびに鼻にカニューレを通す必要があり、
眼鏡とは違ってこれは非常にやっかいな存在だろう。
オキシアームなどの改良型カニューレも開発されているものの
(Respir Care 48:120-3,2003.)、安易な酸素処方が
患者さんや家族にとって大きなQOLの損失になりかねない。
労作時のみの酸素処方が、妥当な医療なのかあるいは
過剰医療なのかを合理的に解決するためには、
”労作時にのみ酸素濃度が低下する患者に対する
携帯型酸素療法と酸素療法なしの比較試験”が必要だと思うが、
そういった臨床試験など存在しない。そのため、
酸素療法開始基準を厳格に遵守するかどうかは
おのおのの医師の裁量によってまかされている。
私個人的には、酸素処方を行うことで
・呼吸困難などの疾患症状の改善
・QOLの改善
・死亡率を含む予後の改善
上記を満たす可能性があるならば処方すべきであると考えている。
hypooxic vasconstriction(低酸素性肺血管攣縮)による
肺高血圧を予防するために酸素療法を行うという議論も
あるかもしれないが、ここではその是非については割愛する。
前述したように、労作時のみに携帯型酸素ボンベを処方された
患者における長期予後の改善を示した研究はいまだにない。
酸素療法を処方された患者の酸素使用パターンと
臨床的アウトカムについて文献で検索すると、
2つの試験(NOTT試験、MRC試験)が必ず登場する。
これらによれば、COPDによる低酸素血症への1日あたりの
酸素吸入時間が死亡率改善に関係すると示唆されている。
酸素療法が妥当と考えられるCOPD患者さんに1日18時間以上の
酸素療法をおこなうことで生存が約2倍に延長したという結果は
医者ならずとも知っておられる医療従事者は多いだろう。
(Ann Intern Med 93:391-398, 1980., Lancet 1:6810686, 1981.) しかし、近年では生存に差はでなかったとする報告もあり
(Eur Respir J 14:1002,1999., Thorax 52:674,1997)、
また軽症のCOPD患者においては予後改善効果は
認められなかったという報告もある(Crit Care Med 174:373-378, 2004)。
一般的に携帯型酸素ボンベを処方された患者の
平均的酸素使用時間は数時間程度といわれている。
低酸素状態を1日数時間だけ回避した程度で、
長期的予後を変えることができるほど
酸素療法に医学的な有益性があるだろうか。
もちろん、いくら安静時の病態がよくても
労作時や入浴時にチアノーゼが出現したりSpO2の極度の低下(70%台)
があるようなケースでも酸素処方しなくてもよいとは思わない。
疾患によっても酸素処方の臨床医の判断も変わるだろう。また、
労作時のみの酸素処方をすべきではないと考えているわけでもない。
そこは臨床的にケースバイケースだと考えているし、
臨床医は柔軟性を持つべきであろう。
ただ、医療費節減が叫ばれている近年であっても
日本はいとも安易に酸素処方を行う風潮がある。
無症状であるのに労作時のみSpO2・PaO2が軽度低下する場合
費用・QOL損失と患者アウトカムの不均衡を考えれば
安易に酸素を処方することは、現時点では意義に乏しいと考える。
目の前の患者さんに果たして本当に酸素療法を行う
妥当性があるのか、臨床医は常に悩み続けるべきであると思う。
あるにも関わらず、労作時にSpO2が90%を切るケースは
COPD患者さんでよく経験する。時折、現場スタッフ等から
ある提案がなされる。すなわち
「入浴・労作時の酸素投与だけでもした方がよい」という提案である。
日本の病院では『SpO290%信仰』がやや強い。
これは”SpO290%は大丈夫だが、SpO289%は大丈夫でない”
という、いささかクリアカットな考えである。そのため、
安静時SpO2が93%であっても、労作時SpO2が88%であれば
”90%を下回っているのでよくない”という帰結に至る。
臨床現場ではしばしば見かける光景だと思う。
日本における”酸素処方”は(海外でもそうだろうが)、
手続きはさほど多くないので簡単にできるのだが、
患者さんやその家族はそう簡単にはいかない。
入浴時に使用するということは、酸素濃縮器を自宅に
設置することになる。また労作時に使用するということは、
外出のたびに酸素を持って歩かねばならない。
動くたびに鼻にカニューレを通す必要があり、
眼鏡とは違ってこれは非常にやっかいな存在だろう。
オキシアームなどの改良型カニューレも開発されているものの
(Respir Care 48:120-3,2003.)、安易な酸素処方が
患者さんや家族にとって大きなQOLの損失になりかねない。
労作時のみの酸素処方が、妥当な医療なのかあるいは
過剰医療なのかを合理的に解決するためには、
”労作時にのみ酸素濃度が低下する患者に対する
携帯型酸素療法と酸素療法なしの比較試験”が必要だと思うが、
そういった臨床試験など存在しない。そのため、
酸素療法開始基準を厳格に遵守するかどうかは
おのおのの医師の裁量によってまかされている。
私個人的には、酸素処方を行うことで
・呼吸困難などの疾患症状の改善
・QOLの改善
・死亡率を含む予後の改善
上記を満たす可能性があるならば処方すべきであると考えている。
hypooxic vasconstriction(低酸素性肺血管攣縮)による
肺高血圧を予防するために酸素療法を行うという議論も
あるかもしれないが、ここではその是非については割愛する。
前述したように、労作時のみに携帯型酸素ボンベを処方された
患者における長期予後の改善を示した研究はいまだにない。
酸素療法を処方された患者の酸素使用パターンと
臨床的アウトカムについて文献で検索すると、
2つの試験(NOTT試験、MRC試験)が必ず登場する。
これらによれば、COPDによる低酸素血症への1日あたりの
酸素吸入時間が死亡率改善に関係すると示唆されている。
酸素療法が妥当と考えられるCOPD患者さんに1日18時間以上の
酸素療法をおこなうことで生存が約2倍に延長したという結果は
医者ならずとも知っておられる医療従事者は多いだろう。
(Ann Intern Med 93:391-398, 1980., Lancet 1:6810686, 1981.)
(Eur Respir J 14:1002,1999., Thorax 52:674,1997)、
また軽症のCOPD患者においては予後改善効果は
認められなかったという報告もある(Crit Care Med 174:373-378, 2004)。
一般的に携帯型酸素ボンベを処方された患者の
平均的酸素使用時間は数時間程度といわれている。
低酸素状態を1日数時間だけ回避した程度で、
長期的予後を変えることができるほど
酸素療法に医学的な有益性があるだろうか。
もちろん、いくら安静時の病態がよくても
労作時や入浴時にチアノーゼが出現したりSpO2の極度の低下(70%台)
があるようなケースでも酸素処方しなくてもよいとは思わない。
疾患によっても酸素処方の臨床医の判断も変わるだろう。また、
労作時のみの酸素処方をすべきではないと考えているわけでもない。
そこは臨床的にケースバイケースだと考えているし、
臨床医は柔軟性を持つべきであろう。
ただ、医療費節減が叫ばれている近年であっても
日本はいとも安易に酸素処方を行う風潮がある。
無症状であるのに労作時のみSpO2・PaO2が軽度低下する場合
費用・QOL損失と患者アウトカムの不均衡を考えれば
安易に酸素を処方することは、現時点では意義に乏しいと考える。
目の前の患者さんに果たして本当に酸素療法を行う
妥当性があるのか、臨床医は常に悩み続けるべきであると思う。
by otowelt
| 2012-03-27 12:44
| コントラバーシー