医学論文の著者の順番
2013年 03月 22日
●はじめに
症例報告であろうと原著論文であろうと、医師は”論文”を執筆する機会があると思います。筆頭著者(ファーストオーサー)には、共著者の順番を一体どうすればいいのかと悩んだことがある人が多いでしょう。
●共著者の順番
物理の世界、特に素粒子系の論文では共著者数が1000人を超えることもあるため、共著者はアルファベット順に並べられるのが一般的です。驚くべきことに、2500人以上の著者が存在する論文もあるようです。
The ALEPH Collaboration, the DELPHI Collaboration, the L3 Collaboration, the OPAL Collaboration, the SLD Collaboration, the LEP Electroweak Working Group, the SLD electroweak, heavy flavour groups. Precision Electroweak Measurements on the Z Resonance. Phys.Rept.427:257-454,2006
このような極端な例はさておき、一般的な医学論文の著者は、有名ジャーナルの場合20~30人くらいになることもありますが普通は5~10人程度です。
投稿する医学論文や投稿コーナーによって著者の上限が決まっています。たとえば、8人を著者にしたいと考えていても、5人までという規定がある場合には残りの3人は原則的に著者に入ることができません(カバーレターに「3人を入れてください」とお願いすることで許可されることはありますが)。そのため、やむなく著者に入ることができなかった人たちはAcknowledgementの部分で”謝辞”として登場することが多いです。この謝辞に入った人は、論文情報としてはその名前は正式には登録されません。正式に登録というとなんだかおかしな言い回しの気がしますが、論文情報として登録される名前はあくまで著者のみなのです。
論文の著者が5人だった場合を想定してみましょう。たとえば「机の引き出しにおけるタイムマシンの安全性」という論文を書いた5人の著者がいた場合、筆頭著者である野比のび太は、その研究に取り組み論文を書いた人間です。当然ながら彼が一番この論文に貢献した人間なので、一番目に登場するわけです。ここで悩ましいところは、第二著者であるドラえもん以降の扱いだと思います。
最近の欧米の医学論文に目を向けると、共著者は研究の貢献順に並べられていることが多いようです。そのため、論文を書いたのび太の次に貢献度が高いのは、タイムマシンを家の引き出しに設置したドラえもんということになります。しかし日本の場合は、教授やリーダーが論文の共著者の最後に存在する傾向が強く、のび太~剛田武(ジャイアン)の5人の中では、のび太の次にラストオーサーであるジャイアンの貢献度が高いという意味をなすことが多いのです。
国ごとに著者順のルールが違う理由の1つとして、たとえば日本では旧帝大による研究業績評価法の歴史があります。この評価方法は、筆頭著者とラストオーサーに高い評価が与えられる仕組みになっています。この方式での評価が過去におこなわれていた歴史があり(現在も使用している大学はありますが)、ラストオーサーの立ち位置が非常に高いものになったのだろうと思います。そのため、現在の日本では、その研究におけるラストオーサー(ジャイアン)が一番ポストの高い人間と位置付ける暗黙の決まりがあります。
国によってこのルールが異なるため、雑誌によってはAuthor's Contributionという、”誰が何にどう貢献したのか”という細かい記載を求めることもあります。有名雑誌ほどAuthor's Contributionを求める傾向にあります。
●Corresponding author
ところで、医学雑誌に論文を投稿する際、匿名化した査読(peer review)を受けることになります。その際、corresponding author(連絡著者)を決めなければなりません。これは、研究に対して医学雑誌社とのやりとりを行う代表者であり、その論文について最も理解している人が果たす役割です。
欧米の場合だと、筆頭著者であるのび太や貢献度が高いドラえもんがcorresponding authorになることが多いのですが、日本の場合だとのび太やリーダーのジャイアンがcorresponding authorを兼任します。しかし、スネ夫とジャイアン、あるいはドラえもんとジャイアンの貢献度に優劣をつけがたいとき、一方をラストオーサーに他方をcorresponding authorに指定することもあります。これは、後述するギフトオーサーシップではないかとの厳しい意見も一部ではあるようです。
●最初の3人
文献が他雑誌で引用されるときに”最初の3人のみを記載し、その後に「et al.」をつけること”という決まりがある場合があります。3人目のしずかちゃんはデータ解析をしただけなのに、最も上司であるジャイアンの名前が掲載されないというのは、ジャイアンからしてみればあまり気持ちのいいものではない可能性もあります。ラストオーサーかつcorresponding authorであるにもかかわらず、海外では貢献度の高い共著者とは認識されないおそれがあります。
そのため日本の暗黙のルールに従った場合、最も上司にあたるラストオーサーが最初の3人に入らないために掲載されないという不具合を生じることがあります。もちろんそんなことは別にたいしたことじゃないとおっしゃる方も多いと思いますが、重要なボスの名前が引用されないことがいささか問題になるケースもあるようです。
海外の場合だとcorresponding authorかつ最も貢献度が高い上司が2番目に来ることが多いので、こういった不都合はあまり見受けられません。
●オーサーシップのモラル違反
共著者は、論文の内容についての共同責任を負います。論文の捏造などの不正行為はともかくとして、共著者全員が論文の内容全てに責任を負うのというのが国際的なルールになっています。そのため、貢献度が高くないのにもかかわらず、仕事上での義理や利害関係があるオーサーシップ(ギフトオーサーシップ)はモラル違反とされています。極端なギフトオーサーシップだと、ロシアの有機元素化合物研究所のユーリ・ストルチコフが10年間で948本の論文の共著者になっており、同施設を利用する見返りとして施設職員を共著者に入れるのが常習化していたことによるものでした。
オーサーシップを扱った論文のシステマティックレビューでは、29%にオーサーシップの非適正使用が報告されています。 Marusić A, et al. A systematic review of research on the meaning, ethics and practices of authorship across scholarly disciplines. PLoS One. 2011;6(9):e23477. doi: 10.1371/journal.pone.0023477.
●まとめ
以上をまとめると、5人の位置づけとしては日本の場合だと以下のケースが最も多いパターンだと考えられます。
筆頭著者(ファーストオーサー):草稿を書いた人、一番貢献度が高い人
第二著者:筆頭著者を補佐してくれた直属の上司あるいは部下、二番目に貢献度が高い人、corresponding authorになることがある
第三著者:第二著者の次に貢献度が高い人
第四著者:第三著者の次に貢献度が高い人、二番目に立場の高い人、corresponding authorになることがある
ラストーオーサー:最も立場の高い人、corresponding authorになることが多い
海外の流れに合わせるのであれば、日本の著者順も貢献度に応じて記載すべきではないかと思います。あるいは数学論文のようにアルファベット順に記述していくスタイルでもいいのかなあとも思います。いずれにしても、国内だけでなく医局内でも暗黙のルールのようなものが存在することがあるので、少し上の先輩にまず相談するのが無難だろうと思います。
※登場する医学雑誌名、論文タイトル、著者名はすべて架空のものです。
症例報告であろうと原著論文であろうと、医師は”論文”を執筆する機会があると思います。筆頭著者(ファーストオーサー)には、共著者の順番を一体どうすればいいのかと悩んだことがある人が多いでしょう。
●共著者の順番
物理の世界、特に素粒子系の論文では共著者数が1000人を超えることもあるため、共著者はアルファベット順に並べられるのが一般的です。驚くべきことに、2500人以上の著者が存在する論文もあるようです。
The ALEPH Collaboration, the DELPHI Collaboration, the L3 Collaboration, the OPAL Collaboration, the SLD Collaboration, the LEP Electroweak Working Group, the SLD electroweak, heavy flavour groups. Precision Electroweak Measurements on the Z Resonance. Phys.Rept.427:257-454,2006
このような極端な例はさておき、一般的な医学論文の著者は、有名ジャーナルの場合20~30人くらいになることもありますが普通は5~10人程度です。
投稿する医学論文や投稿コーナーによって著者の上限が決まっています。たとえば、8人を著者にしたいと考えていても、5人までという規定がある場合には残りの3人は原則的に著者に入ることができません(カバーレターに「3人を入れてください」とお願いすることで許可されることはありますが)。そのため、やむなく著者に入ることができなかった人たちはAcknowledgementの部分で”謝辞”として登場することが多いです。この謝辞に入った人は、論文情報としてはその名前は正式には登録されません。正式に登録というとなんだかおかしな言い回しの気がしますが、論文情報として登録される名前はあくまで著者のみなのです。
論文の著者が5人だった場合を想定してみましょう。たとえば「机の引き出しにおけるタイムマシンの安全性」という論文を書いた5人の著者がいた場合、筆頭著者である野比のび太は、その研究に取り組み論文を書いた人間です。当然ながら彼が一番この論文に貢献した人間なので、一番目に登場するわけです。ここで悩ましいところは、第二著者であるドラえもん以降の扱いだと思います。
最近の欧米の医学論文に目を向けると、共著者は研究の貢献順に並べられていることが多いようです。そのため、論文を書いたのび太の次に貢献度が高いのは、タイムマシンを家の引き出しに設置したドラえもんということになります。しかし日本の場合は、教授やリーダーが論文の共著者の最後に存在する傾向が強く、のび太~剛田武(ジャイアン)の5人の中では、のび太の次にラストオーサーであるジャイアンの貢献度が高いという意味をなすことが多いのです。
国ごとに著者順のルールが違う理由の1つとして、たとえば日本では旧帝大による研究業績評価法の歴史があります。この評価方法は、筆頭著者とラストオーサーに高い評価が与えられる仕組みになっています。この方式での評価が過去におこなわれていた歴史があり(現在も使用している大学はありますが)、ラストオーサーの立ち位置が非常に高いものになったのだろうと思います。そのため、現在の日本では、その研究におけるラストオーサー(ジャイアン)が一番ポストの高い人間と位置付ける暗黙の決まりがあります。
国によってこのルールが異なるため、雑誌によってはAuthor's Contributionという、”誰が何にどう貢献したのか”という細かい記載を求めることもあります。有名雑誌ほどAuthor's Contributionを求める傾向にあります。
●Corresponding author
ところで、医学雑誌に論文を投稿する際、匿名化した査読(peer review)を受けることになります。その際、corresponding author(連絡著者)を決めなければなりません。これは、研究に対して医学雑誌社とのやりとりを行う代表者であり、その論文について最も理解している人が果たす役割です。
欧米の場合だと、筆頭著者であるのび太や貢献度が高いドラえもんがcorresponding authorになることが多いのですが、日本の場合だとのび太やリーダーのジャイアンがcorresponding authorを兼任します。しかし、スネ夫とジャイアン、あるいはドラえもんとジャイアンの貢献度に優劣をつけがたいとき、一方をラストオーサーに他方をcorresponding authorに指定することもあります。これは、後述するギフトオーサーシップではないかとの厳しい意見も一部ではあるようです。
●最初の3人
文献が他雑誌で引用されるときに”最初の3人のみを記載し、その後に「et al.」をつけること”という決まりがある場合があります。3人目のしずかちゃんはデータ解析をしただけなのに、最も上司であるジャイアンの名前が掲載されないというのは、ジャイアンからしてみればあまり気持ちのいいものではない可能性もあります。ラストオーサーかつcorresponding authorであるにもかかわらず、海外では貢献度の高い共著者とは認識されないおそれがあります。
そのため日本の暗黙のルールに従った場合、最も上司にあたるラストオーサーが最初の3人に入らないために掲載されないという不具合を生じることがあります。もちろんそんなことは別にたいしたことじゃないとおっしゃる方も多いと思いますが、重要なボスの名前が引用されないことがいささか問題になるケースもあるようです。
海外の場合だとcorresponding authorかつ最も貢献度が高い上司が2番目に来ることが多いので、こういった不都合はあまり見受けられません。
●オーサーシップのモラル違反
共著者は、論文の内容についての共同責任を負います。論文の捏造などの不正行為はともかくとして、共著者全員が論文の内容全てに責任を負うのというのが国際的なルールになっています。そのため、貢献度が高くないのにもかかわらず、仕事上での義理や利害関係があるオーサーシップ(ギフトオーサーシップ)はモラル違反とされています。極端なギフトオーサーシップだと、ロシアの有機元素化合物研究所のユーリ・ストルチコフが10年間で948本の論文の共著者になっており、同施設を利用する見返りとして施設職員を共著者に入れるのが常習化していたことによるものでした。
オーサーシップを扱った論文のシステマティックレビューでは、29%にオーサーシップの非適正使用が報告されています。
●まとめ
以上をまとめると、5人の位置づけとしては日本の場合だと以下のケースが最も多いパターンだと考えられます。
筆頭著者(ファーストオーサー):草稿を書いた人、一番貢献度が高い人
第二著者:筆頭著者を補佐してくれた直属の上司あるいは部下、二番目に貢献度が高い人、corresponding authorになることがある
第三著者:第二著者の次に貢献度が高い人
第四著者:第三著者の次に貢献度が高い人、二番目に立場の高い人、corresponding authorになることがある
ラストーオーサー:最も立場の高い人、corresponding authorになることが多い
海外の流れに合わせるのであれば、日本の著者順も貢献度に応じて記載すべきではないかと思います。あるいは数学論文のようにアルファベット順に記述していくスタイルでもいいのかなあとも思います。いずれにしても、国内だけでなく医局内でも暗黙のルールのようなものが存在することがあるので、少し上の先輩にまず相談するのが無難だろうと思います。
※登場する医学雑誌名、論文タイトル、著者名はすべて架空のものです。
ポケット呼吸器診療(2018) [ 林清二 ] |
by otowelt
| 2013-03-22 12:09
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