カルバゾクロム(アドナ®)に止血効果はあるのか
2013年 05月 30日

●はじめに
呼吸器科医のみならず、出血のエピソードに遭遇したときに、カルバゾクロム(アドナ®)、トラネキサム酸(トランサミン®)を併用することが多いと思います。呼吸器科医の場合、抗酸菌感染症、肺アスペルギルス症、肺胞出血の際に用いることが多いでしょう。
トラネキサム酸は、有名な試験ではCRASH-2試験という外傷の臨床試験でその早期投与の有用性が報告されています。
Roberts I et al. Effect of tranexamic acid on mortality in patients with traumatic bleeding: prespecified analysis of data from randomised controlled trial. BMJ 2012;345:e5839.
トラネキサム酸も古くから信頼性のある止血剤として多くの国々で使用されてきました。そのため、トラネキサム酸とカルバゾクロムを併用することに関してはいくつか有用性が報告されています。
・Ipema HJ, et al. Use of topical tranexamic acid or aminocaproic acid to prevent bleeding after major surgical procedures. Ann Pharmacother. 2012 Jan;46(1):97-107.
・Onodera T, et al.Risk of deep venous thrombosis in drain clamping with tranexamic acid and carbazochrome sodium sulfonate hydrate in total knee arthroplasty.J Arthroplasty. 2012 Jan;27(1):105-8.
ただし、トラネキサム酸は止血に関するスタディはいくつかあるものの、カルバゾクロムの有用性についてはよくわかっていません。
●カルバゾクロム(アドナ®)の臨床試験
古くから、アドレナリンが体内で酸化されてできたアドレノクロムが止血効果を発揮しているのではないかと考えられてきました。アドレノクロムは確かにin vitroで止血効果をもたらすことがわかり、これは不安定な物質であるため、同様の効果を持ち安定性を持たせたカルバゾクロムスルホン酸ナトリウムを開発することができました。これが止血剤の代表薬として臨床現場に登場しました。
実に半世紀以上前から、カルバゾクロムは止血剤として使用されてきた歴史があります。
・BACALA JC. The use of the systemic hemostat carbazochrome salicylate.West J Surg Obstet Gynecol. 1956 Feb;64(2):88-95.
・DYKES ER, et al.Carbazochrome salicylate as a systematic hemostatic agent in plastic operations. A clinical evaluation.JAMA. 1961 Sep 9;177:716-7.
・McLean WM, et al. Carbazochrome salicylate as a parenteral hemostat in tonsillectomy.Can J Surg. 1973 Sep;16(5):333-4.
・De Rosa E.Treatment of massive upper gastrointestinal hemorrhage with carbazochrome salicylate.Int Surg. 1970 Dec;54(6):428-31.
カルバゾクロムは組織プラスミノーゲン活性化因子を減らし、毛細血管の透過性を減少させるとされていますが、詳細な作用機序は明らかになっていません。「血管壁を強化・補強」などという医学的に判然としない言葉で片付けられていることもあります。これは、モルモットやウサギ、動脈硬化を有するヒトでの血管抵抗値を増強するという報告に基づいているのですがイコール「強化」と言葉は何だか語弊を招くような気もしますがいかがでしょうか。

・Sendo T, et al. Carbazochrome sodium sulfonate (AC-17) reverses endothelial barrier dysfunction through inhibition of phosphatidylinositol hydrolysis in cultured porcine endothelial cells.Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol. 2003 Sep;368(3):175-80.
・Matsumoto Y, et al. Carbazochrome sodium sulphonate (AC-17) decreases the accumulation of tissue-type plasminogen activator in culture medium of human umbilical vein endothelial cells. Blood Coagul Fibrinolysis. 1995 May;6(3):233-8.
健康成人男子に50mg静脈内投与した場合、血中濃度の半減期は約40分とされています。また、投与後およそ30~60分で効果を発揮し、3時間程度止血効果が持続すると言われています。実臨床ではアドナ単独で止血剤を用いることは多くなく、自然経過で止血しているかどうかもわかりませんので、この実感はありません。
大本武千代ら. 診療と新薬 1965;2:421-426
そのため2013年現在、ヒトに対するカルバゾクロムのまともな臨床試験はありません。呼吸器系の出血に対して使用されたのは1961年の報告が最も古いものだと思われます。
Patel RB. Carbazochrome salicylate in the treatment of pulmonary haemorrhage. J Indian Med Assoc. 1961 Apr 16;36:327-30.
ウマの有名な病気に運動誘発性肺出血(Exercise-induced pulmonary hemorrhage: EIPH)というものがあります。これに対して、フロセミドにカルバゾクロムを追加投与した報告がありますが、フロセミド単独と有意差はみられませんでした。
Perez-Moreno CI, et al.Effect of furosemide and furosemide-carbazochrome combination on exercise-induced pulmonary hemorrhage in Standardbred racehorses. Can Vet J. 2009 Aug;50(8):821-7.
直接的な止血アウトカムの改善以外の臨床試験ですと、デング出血熱をきたしている場合、ショックや胸水のアウトカムを改善させることはできなかったという報告があります。
Tassniyom S, et al. Failure of carbazochrome sodium sulfonate (AC-17) to prevent dengue vascular permeability or shock: a randomized, controlled trial. J Pediatr. 1997 Oct;131(4):525-8.
●まとめ
結論として、少なくともカルバゾクロム単独が日常臨床で出合う出血性エピソードを有意に抑制できるかどうかは不明と考えられます。血管抵抗値を増加させ、血管透過性を減少させる効果はあるのかもしれませんが、喀血や吐血といったエピソードにどの程度効果を発揮しているのかどうかを知るためには、たとえばトラネキサム酸とトラネキサム酸+カルバゾクロムを比較する臨床試験を組む必要があるように思います。
by otowelt
| 2013-05-30 00:07
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