全ての呼吸器科の患者さんに聴診器をあてるべきか?
2013年 06月 04日
●はじめに
医療従事者向けのウェブサイトであるm3.comで「内科初診で全員に聴診するか」というテーマで意見を募ったところ、全員に聴診するという意見と症例を絞って使用するという意見が半数だったようです。以下、記事より一部引用します(http://www.m3.com/sanpiRyouron/article/171221/)。
・全員:基本的な診察に織り込む
聴診を全員に行う立場を取る医師には、問診、検温、視診、触診、打診などと並んで、聴診を診断の基本と位置付ける考え方がある。患者の症状の背景にある疾患を探っていく上で、まずは簡便な方法で基本的な情報を得ていくのが欠かせないということだろう。実際、病歴からは想像しにくいケースからも、心臓や肺などの異常を拾い上げられるという実績もあるのは確かだ。呼吸器においても、感染症、喘息、気胸、胸水など、聴診がきっかけとなるケースはある。
患者とのコミュニケーションの上で聴診を重要視する考え方もある。患者と接するきっかけとして、聴診を行う。患者にとっては診察を受けることに伴う安心感につながるという見方もある。
・絞る:効率的診察では省略も可能
一方で、「聴診を全員には行わなくてもよい」という立場に立つ医師もいる。例えば、病歴聴取を行う中で、循環器の異常、呼吸器の異常というように、聴診を必要とする場合は実施する。半面、疾患をおおよそ絞り込んだ結果、「聴診は必要ない」と判断することもある。聴診が必ずしも最適な検査と考えられないならば、あえて行わないわけだ。
検査技術が発達する中で、聴診の意味合いは薄れているという見方も強くなっている可能性はある。循環器疾患であれば、胸部X線のほか、心電図、心エコーなどの検査手法が発達している。呼吸器領域でも、胸部X線はもとより、CTやMRIといった検査の実施割合は高まっているだろう。聴診所見の診断における相対的な意義は年々低下していると見る。
聴診はあくまで形だけと見る医師もいるだろう。本質的な意味がない以上、必ずしも実施する必要はないと判断することもあるだろう。この場合、多数の患者を見る中で時間の余裕がなければ、なおさら聴診を実施する場面は減ってくると見られる。
(引用終わり)
聴診器について考えるとき、冬の寒い日の朝に「聴診器は必ず手で温めてなさい」と教えられた研修医時代を思い出します。呼吸器科医にとって聴診器とは、患者さんの病態を把握するための重要なツールです。たとえば、特発性肺線維症のような線維化のすすんだ肺だとfine cracklesが聴取され、気管支喘息発作のような閉塞性肺疾患だとwheezesが聴取されます。
しかし、「最近の医師は昔ほど聴診器をあてない」という話を患者さんからよく聞きます。恥ずかしながら、斯く言う私もそう言われたことがあります。この問題を少し医学的な側面から考えてみましょう。
●慢性期
慢性期の場合、呼吸器科領域において聴診器が医学的に必要とされる場面は、気管支喘息のコントロールを把握する場合だと思います。裸耳では末梢気道の音は聴こえませんので、どしても聴診器は必要になります。同じ閉塞性疾患であるCOPDの患者さんでも有用かもしれません。肺線維症のように慢性化している肺病変に対して、聴診器で得られる情報は前と比べてcracklesの数が増えているかどうか、という評価は可能に思いますが胸部画像所見以上の有用性はおそらく得られないと考えられます。
●急性期
急性期の場合だと、気管支喘息発作やCOPD急性増悪で著明なwheezesが聴取され、気胸・無気肺・胸水で呼吸音減弱ないし消失、未診断の間質性肺炎急性増悪ではfine cracklesが聴取されるかもしれません。特に胸部画像所見が得られる前の急性期のときには様々な情報が得られます。気管支喘息の重積発作の場合、胸部レントゲンを待たずしてリリーバーを投与しなければならない場面もありますし、緊張性気胸にいたっては、穿刺して閉塞性ショックを解除しなければ救命できないケースもあります。そのため、急性期の臨床では聴診器は一つの武器になることには違いありません。
比較的落ち着いた亜急性期に関しても、たとえば市中肺炎の病原菌をある程度類推(非定型肺炎かどうか)することができるという日本の呼吸器科医ならよくご存知の論文もあります。
Norisue Y, et al. Phasic characteristics of inspiratory crackles of bacterial and atypical pneumonia. Postgrad Med J. 2008 Aug;84(994):432-6.
また小児科領域では主訴の把握が非常に難しく、聴診器をあててびっくりすることも多く経験しますので、有用性については言わずもがなでしょう。
●安心感
胸部レントゲンがない病院で聴診器や身体所見で診断・治療をおこなっていた時代を知っている患者さんの中には、聴診器をあててもらうだけで安心感を得られる方も大勢いらっしゃいます。たとえ関節リウマチで通院している元気なおばあちゃんでも聴診器をあてられるだけで「診察をしてもらった」という満足度は高くなるように思います。本来は、隠れた循環器・呼吸器疾患を同定するために聴診すべきだと思いますが、全てのかかりつけの患者さんに対して安心感を与えるという意味では聴診はとても重要なツールになるかもしれません。なお、聴診器をあてることによるプラセボ効果について論じた報告は見つかりませんでした。
●適応
全ての患者さんに胸部レントゲンを撮影することは医療費や健康の観点からも無価値だと思いますが、基本的に聴診器をあてる行為は利益はありこそすれ有害にはなりません(羞恥心をあおるという点では、若い女性などには害があるかもしれませんが…)。しかしやはり、必ずしも全員に聴診器をあてる必要性はないと思います。無症状でコントロール良好の肺疾患の患者さんにはあてなくても大きな問題はありませんし、慢性化した間質性肺疾患の患者さんに対しても必ずしも医学的には必要とは考えられません。もちろん、これは医学的な観点に基づいた私見ですので「私は必ず全例聴診器をあてているし、医師はそうすべきだ」という意見には反対はありません。
最近は、「次世代聴診器だ」とポータブルエコーを白衣のポケットに入れて持ち歩く人が増えているとかいないとか。
Liebo MJ, et al. Is pocket mobile echocardiography the next-generation stethoscope? A cross-sectional comparison of rapidly acquired images with standard transthoracic echocardiography. Ann Intern Med. 2011 Jul 5;155(1):33-8.
by otowelt
| 2013-06-04 00:08
| コントラバーシー