咳喘息に思う
2014年 01月 11日
・はじめに
呼吸器内科医は慢性咳嗽に遭遇することがあると思いますが、咳喘息、アトピー咳嗽、非喘息性好酸球性気管支炎あたりは鑑別が難しく診断に苦慮されている方も多いでしょう。斯く言う私もそうです。これらは気道過敏性と咳感受性によって分類されている疾患概念ですが、それぞれをオーバーラップしたような患者さんも少なくありません。病理学的に咳喘息であっても、生理学的にはアトピー咳嗽であったり(非喘息性好酸球性気管支炎)、その逆のような病態も存在します。
その中でも最もポピュラーになってしまった咳喘息は、「咳嗽に関するガイドライン 第2版」において「喘鳴や呼吸困難を伴わない慢性咳嗽が唯一の症状、呼吸機能ほぼ正常、気道過敏性軽度亢進、気管支拡張薬が有効で定義される喘息の亜型」とされています。診断基準は以下の通りです。
◆咳喘息の診断基準
以下の1~2の全てを満たす
1. 喘鳴を伴わない咳嗽が8 週間(3 週間)以上持続
聴診上もwheezeを認めない
2. 気管支拡張薬(β刺激薬またはテオフィリン製剤)が有効
参考所見
1) 末梢血・喀痰好酸球増多、呼気中NO濃度高値を認めることがある
( 特に後2者は有用)
2) 気道過敏性が亢進している
3) 咳症状にはしばしば季節性や日差があり、夜間~早朝優位のことが多い
結論から書きますと、1と2の両方を満たす患者さんは多いですが、“真の咳喘息”の患者さんはそこまで多くないと考えます。
・咳喘息という概念
実臨床で咳喘息の診断基準に当てはまる慢性咳嗽の患者さんは多いのですが、その大多数が本当に喘息の亜型の病態生理を有しているのかどうかはおそらく分かりません。“いわゆる咳喘息”は気管支喘息化する前段階の疾患概念として位置付けられるものですが、気管支喘息のように気管支平滑筋収縮が起こらずに、咳嗽のみがその症状の主体となるものです。
ただ、このデリケートな疾患概念を一般市中病院で診断するほど現代の呼吸器医学は発展しきっていないようにも思います。海外では気道過敏性検査が盛んに行われていますが、一部の施設を除く日本の病院ではこの検査をルーチンで行うことはできず、海外ほど自信を持って「これは咳喘息だ」とは言えない現状があります。それゆえ、日本では咳喘息の診断自体が極めて難しいと言わざるを得ません。気道過敏性が亢進していると、会話中や冷気を吸ったときに咳が出やすいという特徴がありますが、問診のみで過敏性ありと判断するには客観的信頼性に乏しい気もします。
「咳嗽に関するガイドライン 第2版」においても、臨床症状の記載として「咳嗽は、就寝時、深夜あるいは早朝に悪化しやすいが、昼間にのみ咳を認める患者も存在する」、「喀痰を伴わないことが多いが、湿性咳嗽の場合も少なくない」と断定的な言及は避けています。断言できないということは、診断が難しいことの裏返しだと受け取っています。
・Pseudo cough variant asthma
個人的には診断基準と銘打つ以上は積極的診断として咳喘息という用語を使用すべきだと考えますが、咳喘息の提唱理念とは裏腹に、残念ながら咳喘息は積極的診断ではなく“ゴミ箱診断”化しつつある現状があります。なんとなく咳喘息でいいだろうと、安易に診断される患者さんも少なくありません。Pseudo cough variant asthmaとでも呼びましょうか。
現在日本で診断されている咳喘息の一部には、このpseudo cough variant asthmaが含まれていると思います。もしかすると、一部ではなく大部分の咳喘息診断例がそうなのかもしれません。
・気管支拡張薬のプラセボ効果
状況証拠がそろった場合、「気管支拡張薬で咳嗽が改善すれば咳喘息と診断してもよい」とされています。これにはチョットマッタをかけたい。というのも、気管支拡張薬で咳嗽が改善するケースは実は臨床ではよくよく見かけるからです。
気管支拡張薬のように仰々しいデバイスを用ると、錠剤よりもプラセボ効果が大きくなります。「治療している感」がアリアリと出ますからね。もちろん多くの吸入薬は、吸入薬 vs. プラセボというデザインでプラセボよりも効果があることを証明していますが、その有効とされる効果のうちプラセボ効果がある程度を占めています。
気管支拡張薬の選択肢として、たとえば短時間作用型β2刺激薬があります。気管支喘息発作に対するアルブテロール、プラセボ、偽鍼、介入なしの4群を比較した2011年の研究があります。プラセボや偽鍼によって病状は改善されることはないはずですが、主観的な呼吸困難感のアウトカムはアルブテロールと同等の改善がみられました(※アウトカムは咳嗽ではありませんが)。 Wechsler ME, et al. Active albuterol or placebo, sham acupuncture, or no intervention in asthma. N Engl J Med. 2011 Jul 14;365(2):119-26. より引用
何が言いたいかといいますと、慢性咳嗽の患者さんが診断基準である「喘鳴を伴わない咳嗽が8週間(3 週間)以上持続」「聴診上もwheezeを認めない」を達成することは容易なことであり、気管支拡張薬を投与して咳嗽が改善したからイコール咳喘息の確定診断だという帰結はいささか短絡的ではないかということです。中には主治医に気を遣って「咳がよくなったような気がします」と発言する患者さんすらいます。
・おわりに
咳喘息という疾患概念は確かに存在すると思います。しかしその使用が日常臨床にマッチしているかというと、真の咳喘息とはやや乖離があるような気がしてなりません。
典型的な気管支喘息とは言い切れない、しかしながら気管支喘息の前段階のような慢性咳嗽の患者さんは少なくありません。咳喘息という診断カテゴリーにあてがうか否かはともかくとして、そういった患者さんを抽出してQOLを改善させるのが私たち呼吸器内科医の仕事です。
先人たちが築いた咳喘息の概念を慢性咳嗽の“ゴミ箱診断”として私たち医師の自己満足の材料に使用してはならないと思います。咳喘息の概念の濫用によって、治療されるべき他の疾患が見過ごされないことを願うばかりです。
呼吸器内科医は慢性咳嗽に遭遇することがあると思いますが、咳喘息、アトピー咳嗽、非喘息性好酸球性気管支炎あたりは鑑別が難しく診断に苦慮されている方も多いでしょう。斯く言う私もそうです。これらは気道過敏性と咳感受性によって分類されている疾患概念ですが、それぞれをオーバーラップしたような患者さんも少なくありません。病理学的に咳喘息であっても、生理学的にはアトピー咳嗽であったり(非喘息性好酸球性気管支炎)、その逆のような病態も存在します。
その中でも最もポピュラーになってしまった咳喘息は、「咳嗽に関するガイドライン 第2版」において「喘鳴や呼吸困難を伴わない慢性咳嗽が唯一の症状、呼吸機能ほぼ正常、気道過敏性軽度亢進、気管支拡張薬が有効で定義される喘息の亜型」とされています。診断基準は以下の通りです。
◆咳喘息の診断基準
以下の1~2の全てを満たす
1. 喘鳴を伴わない咳嗽が8 週間(3 週間)以上持続
聴診上もwheezeを認めない
2. 気管支拡張薬(β刺激薬またはテオフィリン製剤)が有効
参考所見
1) 末梢血・喀痰好酸球増多、呼気中NO濃度高値を認めることがある
( 特に後2者は有用)
2) 気道過敏性が亢進している
3) 咳症状にはしばしば季節性や日差があり、夜間~早朝優位のことが多い
結論から書きますと、1と2の両方を満たす患者さんは多いですが、“真の咳喘息”の患者さんはそこまで多くないと考えます。
・咳喘息という概念
実臨床で咳喘息の診断基準に当てはまる慢性咳嗽の患者さんは多いのですが、その大多数が本当に喘息の亜型の病態生理を有しているのかどうかはおそらく分かりません。“いわゆる咳喘息”は気管支喘息化する前段階の疾患概念として位置付けられるものですが、気管支喘息のように気管支平滑筋収縮が起こらずに、咳嗽のみがその症状の主体となるものです。
ただ、このデリケートな疾患概念を一般市中病院で診断するほど現代の呼吸器医学は発展しきっていないようにも思います。海外では気道過敏性検査が盛んに行われていますが、一部の施設を除く日本の病院ではこの検査をルーチンで行うことはできず、海外ほど自信を持って「これは咳喘息だ」とは言えない現状があります。それゆえ、日本では咳喘息の診断自体が極めて難しいと言わざるを得ません。気道過敏性が亢進していると、会話中や冷気を吸ったときに咳が出やすいという特徴がありますが、問診のみで過敏性ありと判断するには客観的信頼性に乏しい気もします。
「咳嗽に関するガイドライン 第2版」においても、臨床症状の記載として「咳嗽は、就寝時、深夜あるいは早朝に悪化しやすいが、昼間にのみ咳を認める患者も存在する」、「喀痰を伴わないことが多いが、湿性咳嗽の場合も少なくない」と断定的な言及は避けています。断言できないということは、診断が難しいことの裏返しだと受け取っています。
・Pseudo cough variant asthma
個人的には診断基準と銘打つ以上は積極的診断として咳喘息という用語を使用すべきだと考えますが、咳喘息の提唱理念とは裏腹に、残念ながら咳喘息は積極的診断ではなく“ゴミ箱診断”化しつつある現状があります。なんとなく咳喘息でいいだろうと、安易に診断される患者さんも少なくありません。Pseudo cough variant asthmaとでも呼びましょうか。
現在日本で診断されている咳喘息の一部には、このpseudo cough variant asthmaが含まれていると思います。もしかすると、一部ではなく大部分の咳喘息診断例がそうなのかもしれません。
・気管支拡張薬のプラセボ効果
状況証拠がそろった場合、「気管支拡張薬で咳嗽が改善すれば咳喘息と診断してもよい」とされています。これにはチョットマッタをかけたい。というのも、気管支拡張薬で咳嗽が改善するケースは実は臨床ではよくよく見かけるからです。
気管支拡張薬のように仰々しいデバイスを用ると、錠剤よりもプラセボ効果が大きくなります。「治療している感」がアリアリと出ますからね。もちろん多くの吸入薬は、吸入薬 vs. プラセボというデザインでプラセボよりも効果があることを証明していますが、その有効とされる効果のうちプラセボ効果がある程度を占めています。
気管支拡張薬の選択肢として、たとえば短時間作用型β2刺激薬があります。気管支喘息発作に対するアルブテロール、プラセボ、偽鍼、介入なしの4群を比較した2011年の研究があります。プラセボや偽鍼によって病状は改善されることはないはずですが、主観的な呼吸困難感のアウトカムはアルブテロールと同等の改善がみられました(※アウトカムは咳嗽ではありませんが)。
何が言いたいかといいますと、慢性咳嗽の患者さんが診断基準である「喘鳴を伴わない咳嗽が8週間(3 週間)以上持続」「聴診上もwheezeを認めない」を達成することは容易なことであり、気管支拡張薬を投与して咳嗽が改善したからイコール咳喘息の確定診断だという帰結はいささか短絡的ではないかということです。中には主治医に気を遣って「咳がよくなったような気がします」と発言する患者さんすらいます。
・おわりに
咳喘息という疾患概念は確かに存在すると思います。しかしその使用が日常臨床にマッチしているかというと、真の咳喘息とはやや乖離があるような気がしてなりません。
典型的な気管支喘息とは言い切れない、しかしながら気管支喘息の前段階のような慢性咳嗽の患者さんは少なくありません。咳喘息という診断カテゴリーにあてがうか否かはともかくとして、そういった患者さんを抽出してQOLを改善させるのが私たち呼吸器内科医の仕事です。
先人たちが築いた咳喘息の概念を慢性咳嗽の“ゴミ箱診断”として私たち医師の自己満足の材料に使用してはならないと思います。咳喘息の概念の濫用によって、治療されるべき他の疾患が見過ごされないことを願うばかりです。
by otowelt
| 2014-01-11 00:16
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