何となく研修医に伝えたいこと その8:「●●も否定できない」は肯定の理由にはならない
2014年 09月 06日
・はじめに
私は呼吸器内科医ですが、ときに原因不明の肺の陰影に出合うことがあります。これは正確には原因不明なのではなく、調べても原因がわからないという医療側の都合がほとんどです。
典型的には、両肺のスリガラス影が挙げられます。おそらく気管支肺胞洗浄をおこなえば診断がつくのでしょう、しかし実臨床では急性呼吸不全に陥った患者さんに対して気管支鏡を実施できないことが多いのです。そのため、臨床所見や血液検査から診断をつけにかかりますが、まったく診断がつかないケースもあります。そんなときに、以下のような議論が出ます。
「感染症も否定できないので抗菌薬を投与する」
「薬剤性も否定できないので薬剤を中止する」
研修医の方々に伝えたいのは、この「●●も否定できない」というのを肯定の理由にしない、ということです。これがクセになってしまうと、なかなか直りません。
・患者さんの命を救うための絨毯爆撃
原因不明の肺炎で、血液検査をしてもよくわからない呼吸不全のケース。とりあえず、基礎疾患があるかどうかも分からない人だから、ピペラシリン/タゾバクタムを投与しよう。そうだ、非定型肺炎も否定できないから、アジスロマイシンも投与しよう。ステロイドパルスもしておいた方がよさそうだ。もしかすると、通常の抗菌薬が効かない肺炎かもしれない。免疫不全が隠れている可能性があるから、ST合剤、ガンシクロビル、ミカファンギンも投与しよう。今はインフルエンザシーズンで、発症から間もないから検査が陰性ってこともある、オセルタミビルも投与しよう。・・・・・・・・・。
上記のような極端な治療を「ありえない」とお思いの方がほとんどでしょうが、「患者さんの命がかかっているのだから・・・」という大義名分のもと絨毯爆撃を正当化してしまう状況はどの病院でも起こりえます。薬剤を併用することのデメリットよりも救命率を上げるメリットの方が大きいと判断される場合に、こういった現象が起こることがあります。診断が困難な重症例ではなおさらです。
・薬剤性を疑われた患者さんはその薬剤を二度と使えない
薬剤性の臓器障害を一度疑われた患者さんは、基本的にその薬を将来使うことはありません。それは、臓器障害のリスクを回避できるという大きなアドバンテージを孕む一方で、将来の治療選択肢を狭めるというディスアドバンテージを併せ持ちます。
原因として薬剤性を疑うことは簡単です。しかし臨床医は、その診断が患者さんの将来に大きな影響を及ぼすことを忘れてはなりません。私は、慢性間質性肺疾患の患者さんで、ペニシリン系2剤、セフェム系2剤、マクロライド系2剤の合計6種類の抗菌薬に薬剤性肺障害を疑われた患者さんを診たことがあります。医学的常識に鑑みて、6種類の抗菌薬に薬剤性肺障害を持つことはありえないはずです(たぶん)。
薬剤性という診断をくだす主治医の責任は重い。これは研修医の頃から、是非とも知っておいて欲しい。
・答えがなくても自分の中にバランスを持つ
急性呼吸不全に陥った原因不明のスリガラス影の患者さんに対してどう診療すべきか、EBMは答えを明示してくれません。もしかすると、抗菌薬や抗ウイルス薬をたくさん併用することが正しいというエビデンスが将来登場するかもしれません。絨毯爆撃が正しいというエビデンスも、誤りであるというエビデンスもありません。
ただ、答えはなくても研修医の方々は自分なりのバランスを構築してほしい。それが正しいか誤りか、誰にも分かりません。指導医も教えてくれません。「エビデンス」という言葉が叫ばれるようになってまだ医学の歴史は浅い。おそらく、こうした疑問点は解決される方向へ収束していくに違いありません。それが新しいバイオマーカーや新しい検査法の登場による恩恵でしょう。
現在使える武器(診断法・治療法)でどこまでまっとうな医療ができるだろうか、と日々自問自答することがそのバランス構築に役立つのは言うまでもありません。
<何となく研修医に伝えたいこと>
・その1:夕方に指示を出すべからず
・その2:病棟ではあまりタメ口は使うべからず
・その3:患者さんの社会背景や退院後の生活を常に考えるべし
・その4:1日2回は患者さんに会いに行くべし
・その5:ポリファーマシーのクセをつけない
・その6:研修医時代は早めに出勤した方がよい
・その7:クリアカットになりすぎない
・その8:「●●も否定できない」は肯定の理由にはならない
私は呼吸器内科医ですが、ときに原因不明の肺の陰影に出合うことがあります。これは正確には原因不明なのではなく、調べても原因がわからないという医療側の都合がほとんどです。
典型的には、両肺のスリガラス影が挙げられます。おそらく気管支肺胞洗浄をおこなえば診断がつくのでしょう、しかし実臨床では急性呼吸不全に陥った患者さんに対して気管支鏡を実施できないことが多いのです。そのため、臨床所見や血液検査から診断をつけにかかりますが、まったく診断がつかないケースもあります。そんなときに、以下のような議論が出ます。
「感染症も否定できないので抗菌薬を投与する」
「薬剤性も否定できないので薬剤を中止する」
研修医の方々に伝えたいのは、この「●●も否定できない」というのを肯定の理由にしない、ということです。これがクセになってしまうと、なかなか直りません。
・患者さんの命を救うための絨毯爆撃
原因不明の肺炎で、血液検査をしてもよくわからない呼吸不全のケース。とりあえず、基礎疾患があるかどうかも分からない人だから、ピペラシリン/タゾバクタムを投与しよう。そうだ、非定型肺炎も否定できないから、アジスロマイシンも投与しよう。ステロイドパルスもしておいた方がよさそうだ。もしかすると、通常の抗菌薬が効かない肺炎かもしれない。免疫不全が隠れている可能性があるから、ST合剤、ガンシクロビル、ミカファンギンも投与しよう。今はインフルエンザシーズンで、発症から間もないから検査が陰性ってこともある、オセルタミビルも投与しよう。・・・・・・・・・。
上記のような極端な治療を「ありえない」とお思いの方がほとんどでしょうが、「患者さんの命がかかっているのだから・・・」という大義名分のもと絨毯爆撃を正当化してしまう状況はどの病院でも起こりえます。薬剤を併用することのデメリットよりも救命率を上げるメリットの方が大きいと判断される場合に、こういった現象が起こることがあります。診断が困難な重症例ではなおさらです。
・薬剤性を疑われた患者さんはその薬剤を二度と使えない
薬剤性の臓器障害を一度疑われた患者さんは、基本的にその薬を将来使うことはありません。それは、臓器障害のリスクを回避できるという大きなアドバンテージを孕む一方で、将来の治療選択肢を狭めるというディスアドバンテージを併せ持ちます。
原因として薬剤性を疑うことは簡単です。しかし臨床医は、その診断が患者さんの将来に大きな影響を及ぼすことを忘れてはなりません。私は、慢性間質性肺疾患の患者さんで、ペニシリン系2剤、セフェム系2剤、マクロライド系2剤の合計6種類の抗菌薬に薬剤性肺障害を疑われた患者さんを診たことがあります。医学的常識に鑑みて、6種類の抗菌薬に薬剤性肺障害を持つことはありえないはずです(たぶん)。
薬剤性という診断をくだす主治医の責任は重い。これは研修医の頃から、是非とも知っておいて欲しい。
・答えがなくても自分の中にバランスを持つ
急性呼吸不全に陥った原因不明のスリガラス影の患者さんに対してどう診療すべきか、EBMは答えを明示してくれません。もしかすると、抗菌薬や抗ウイルス薬をたくさん併用することが正しいというエビデンスが将来登場するかもしれません。絨毯爆撃が正しいというエビデンスも、誤りであるというエビデンスもありません。
ただ、答えはなくても研修医の方々は自分なりのバランスを構築してほしい。それが正しいか誤りか、誰にも分かりません。指導医も教えてくれません。「エビデンス」という言葉が叫ばれるようになってまだ医学の歴史は浅い。おそらく、こうした疑問点は解決される方向へ収束していくに違いありません。それが新しいバイオマーカーや新しい検査法の登場による恩恵でしょう。
現在使える武器(診断法・治療法)でどこまでまっとうな医療ができるだろうか、と日々自問自答することがそのバランス構築に役立つのは言うまでもありません。
<何となく研修医に伝えたいこと>
・その1:夕方に指示を出すべからず
・その2:病棟ではあまりタメ口は使うべからず
・その3:患者さんの社会背景や退院後の生活を常に考えるべし
・その4:1日2回は患者さんに会いに行くべし
・その5:ポリファーマシーのクセをつけない
・その6:研修医時代は早めに出勤した方がよい
・その7:クリアカットになりすぎない
・その8:「●●も否定できない」は肯定の理由にはならない
by otowelt
| 2014-09-06 00:02
| コラム:研修医に伝えたいこと