職業性喘息
2015年 11月 20日

私の外来の患者さんには、ある種の職業によって喘息を罹患した方がいます。こういう職業に関連した喘息のことを「職業性喘息」と呼ぶのですが、その職種は多岐に渡ります。
たとえば、ガラス職人の喘息患者さんがいました。空気を入れながらガラス細工を行う作業中に喘息発作が起きやすいことが分かりました。その患者さんは以前からガラス細工をやめることが決まっており、卸売業に転身してからは喘息症状がピタリとやみました。典型的な職業性喘息だと思います。
職業と呼吸器疾患といえば、じん肺が想起されますが、じん肺と職業性喘息の鑑別は極めて難しいです。特に、肺内に陰影のないじん肺の初期段階の患者さんでは、職業性喘息のような症状から始まることもあり、個人的には職業性呼吸器疾患の大きなスペクトラムに両方が存在すると考えています。
ガイドラインでは、職業性喘息の定義は「特定の職業性物質に曝露されることにより発症する喘息」と定義されています1)。成人喘息患者さんの10~25%が職業的要因によって発症した喘息とされています2), 3)。
職業性喘息を疑うのは、“成人発症の喘息”をみたときです4)。アトピー素因が全くないのに、いきなり喘息発作で受診した患者さんには職業歴だけでなく、何か疑いのあるアレルゲンはないかどうかつぶさに問診する必要があります。
もともと喘息を持っている人が、職業性曝露でたまたま一時的に悪化した場合には作業増悪喘息(work-aggravated asthma)という呼び方をすることもあります。
・職業性喘息の原因は?
原因物質は、感作物質と刺激物質(塩素、受動喫煙など)に分類されます。
感作物質は、高分子量物質と低分子量物質に分けられます(表)。

一方、刺激性物質によって誘発される喘息のことをRADS(reactive airways dysfunction syndrome)と呼びます。Irritant induced asthmaとも呼びます。要は、刺激性の強い気体を吸入した際に起こる喘息のことです。「まぜるな危険!」と書いてある洗剤などをお風呂場で使って喘息発作になった場合、このRADSが考えられます(この場合、職業性の曝露ではないですが)。非常に経過のはやい喘息発作を呈するので、早期治療が重要になります。
頻度としては、感作物質による喘息の方が圧倒的多数を占めます6)。私もRADSは診察したことがありません。
ちなみに、医療従事者として知っておきたいのは、夜勤が多い医療従事者では喘息が多いということです7)。これは厳密には職業性物質の曝露というワケではありませんが、勤務シフトによって喘息が悪化することも私たちは知っておかねばなりません。私の外来にも何人か看護師さんが通院しています。
・職業性喘息の治療と予後 ~仕事を辞める!?~
基本的には職業性喘息の治療は“抗原回避”が鉄則です。つまり、職業性曝露をやめなさいということです。え?じゃあ仕事を辞めないといけないの?という話になります。実はこの問題は、呼吸器内科では過敏性肺炎でも勃発する問題です。過敏性肺炎は、多くが亜急性にアレルゲンに曝露されることで肺炎を起こします。抗原回避が最たる治療であるため、「仕事を辞めなければならないのか」と質問されることもしばしばです。私の個人的な経験では、仕事を辞めるのはまず無理です。生活がかかってますし、配置転換など融通のきく理想的な職場で働いている人はごくわずかです。何よりそのようなことを会社に言うことで、不利益を被るのではないかと恐れる患者さんは多い。そのため、抗原回避したくてもできない人がほとんどです。また、抗原を回避したとしても喘息が寛解するのは全体の3分の1と言われています1)。
現実的には、喘息治療を続けながら、マスクなどの対処によって抗原をできるだけ回避するよう指導するしかありません。薬物治療は、通常の喘息と同様の治療を行います。コントロールが良好であれば、患者さんと相談しながら治療を続けていきますが、コントロール不良例では仕事を続けるかどうか患者さんと議論せざるを得ないでしょう。
IgEが関連することが多いので、ゾレア®が有効とされていますが8)、その薬価からなかなか手が出せない患者さんも少なくありません。現実的には、通常の喘息治療と同等のコントロールを行うことが多いです。個人的にはICSのステロイドの量をやや多めに設定しています。職業性喘息の場合、LABAはあまり効果的とは思いません。そのため、ICS/LABAと高用量ICSで迷った場合には、後者を選択しています。
(参考文献)
1) 日本アレルギー学会. 喘息予防・管理ガイドライン2015. 協和企画.
2) Balmes J, et al. American Thoracic Society Statement: Occupational contribution to the burden of airway disease. Am J Respir Crit Care Med. 2003 Mar 1;167(5):787-97.
3) Kogevinas M, et al. Exposure to substances in the workplace and new-onset asthma: an international prospective population-based study (ECRHS-II). Lancet. 2007 Jul 28;370(9584):336-41.
4) Cartier A. New causes of immunologic occupational asthma, 2012-2014. Curr Opin Allergy Clin Immunol. 2015 Apr;15(2):117-23.
5) Tarlo SM, et al. Occupational asthma. N Engl J Med. 2014 Feb 13;370(7):640-9.
6) Nicholson PJ, et al. Evidence based guidelines for the prevention, identification, and management of occupational asthma. Occup Environ Med. 2005 May;62(5):290-9.
7) Wortong D, et al. Risk of asthma in relation to occupation: A hospital-based case-control study. Asian Pac J Allergy Immunol. 2015 Jun;33(2):152-60.
8) Lavaud F, et al. Usefulness of omalizumab in ten patients with severe occupational asthma. Allergy. 2013 Jun;68(6):813-5.
by otowelt
| 2015-11-20 00:56
| レクチャー