呼吸器内科医が知っておきたい概念:PRISm

呼吸器内科医が知っておきたい概念:PRISm_e0156318_1312221.png 個人的に注目していたRotterdam試験の論文が先日ERJに発表されたので、それを踏まえてPRISmについて書きたいと思います。

PRISmとは
 呼吸器内科医として知っておきたい概念に、「PRISm」(プリズム)があります。COPDの研究会などでちょくちょく出てくるので、若手呼吸器内科医はこれを機に覚えておきましょう。
 PRISmは、「Preserved Ratio Impaired Spirometry(1秒率が保たれている肺機能障害)」の略語で、1秒率がCOPDの基準を満たさないのに1秒量だけが低下している状態のことを指します。具体的には、1秒率≧70%かつ予測1秒量<80%の状態と定義されます。つまり、自身の努力性肺活量と比べた1秒量の割合には問題ないのですが、周囲の健康な人とくらべて1秒量が低い状態ということです。
 「GOLD 0」という用語があります。現在のGOLD分類は、1から4までが国際ガイドラインに規定されていますが、「ゼロ」というのは喫煙歴がある肺機能が正常な集団のことを指します。ただ、これだと喫煙者が全員GOLD Oになってしまうので、咳嗽や喀痰などの呼吸器症状があるという条件つきになっています。そのため、GOLD 0は非常にアバウトな集団なのです。
 GOLD 0とGOLD 1の間にあるPRISmがなぜ注目されているかというと、COPDの前段階あるいは悪化しやすいサブタイプと考えられているからです。喫煙を続けていけば、1秒率もいずれ減少しますので、PRISmの人もCOPDへ移行します1),2)。5年間の観察において、PRISmの約4人に1人がGOLD 1以上に進展するというCOPDGeneコホートの報告2)、4.5年間の観察において、48.4%がCOPDに進展するというRotterdam試験3)があります(ただし、Rotterdam試験のコホートではPRISmの15.7%がその後スパイロメトリーが正常化している)。具体的な肺機能パラメータの数値はどうかというと、年齢中央値57歳の喫煙者集団で、1秒量減少は年間39.92mL(95%信頼区間38.92–40.92mL)と報告されています4)
 GOLD 0は肺機能に障害がないため、必然的にPRISmよりも軽症になります。ゆえにPRISmの死亡率は、GOLD 0より高く、GOLD 1-4より低くなるはずです。ただし、上述したRotterdam試験ではGOLD2-4よりも心血管系死亡のリスクが高いと報告されており、トータルでみるとCOPDと死亡率リスクがそう変わらない可能性もあるのです3)
 さて、ときにmMRCが高く、非COPD-PRISmの潜伏期が長い、外れ値をつき進む“異例COPD”を経験することがあります。こういった症例に、医療が介入すべきでは・・・という議論があります。

PRISmはどのくらいの頻度か
 COPDGeneコホートにおいて、45~80歳で10 pack-years以上の喫煙歴がある人の12.3%がPRISmに該当すると報告されています1)。このコホートでは、肥満の進行がPRISmの主なリスクとされていますが、日本人のPRISmには当てはまらないように思います(るいそうを呈するCOPD例が多いため)。
 肥満になると努力性肺活量が減少し、必然的にPRISmを満たしやすい状態になるので、そういう喫煙者をCOPDの前段階として捉えてよいのか疑問が残ります。同様に結核後遺症や間質性肺疾患合併例においても、PRISmサイドからCOPDやCPFEに入るケースが多いです。

PRISmを治療すべきか?
 早期受診がすすみ、日本でも実臨床でPRISmの状態をみることが増えました。健康な人と比べて6分間歩行距離は短く、呼吸器症状は強く、胸部HRCTで気腫肺が出現していることもしばしばです5)
 さて、こういった偶発的PRISmにLAMAを投与すべきでしょうか?これは難しい。GOLD 1-2の軽症COPDに対してチオトロピウムを投与すると、プラセボと比較して肺機能・QOLが改善し、COPD増悪の頻度を減らすことができます6)。しかし、GOLD A(症状と増悪が軽度)の集団では、QOL改善効果はあるものの、増悪の頻度を減らすほどではないと報告されています7)
 肺機能上、PRISmはこれらより軽症に位置する概念です。医学的効果は、せいぜいQOLの改善どまりか、COPDの移行を“遅らせる”ことができる程度かもしれません。PRISmの数は、かなりの数にのぼります。わずかな医学的利益よりも、膨大な医療費が問題になるでしょうね。


(参考文献)
1) Park HJ, et al. Significant predictors of medically diagnosed chronic obstructive pulmonary disease in patients with preserved ratio impaired spirometry: a 3-year cohort study. Respir Res. 2018 Sep 24;19(1):185.
2) Wan ES, et al. Epidemiology, genetics, and subtyping of preserved ratio impaired spirometry (PRISm) in COPDGene. Respir Res. 2014 Aug 6;15:89.
3) Wijnant SRA, et al. Trajectory and mortality of Preserved Ratio Impaired Spirometry: the Rotterdam Study. Eur Respir J. 2019 Oct 10. pii: 1901217. doi: 10.1183/13993003.01217-2019.
4) Oelsner EC, et al. Lung function decline in former smokers and low-intensity current smokers: a secondary data analysis of the NHLBI Pooled Cohorts Study. Lancet Respir Med, in press, 9 October 2019
5) Wan ES, et al. Longitudinal Phenotypes and Mortality in Preserved Ratio Impaired Spirometry in the COPDGene Study. Am J Respir Crit Care Med. 2018 Dec 1;198(11):1397-1405.
6) Zhou Y, et al. Tiotropium in Early-Stage Chronic Obstructive Pulmonary Disease. N Engl J Med. 2017 Sep 7;377(10):923-935.
7) Cho J, et al. Outcome of Regular Inhaled Treatment in GOLD A Chronic Obstructive Pulmonary Disease Patients. Respiration. 2019 Aug 28:1-9. doi: 10.1159/000495756.





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by otowelt | 2019-10-15 00:32 | レクチャー

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


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