何となく研修医に伝えたいこと その16:癌を見逃すな
2020年 05月 28日
・防衛医療
「防衛医療」という言葉があります。ご存じのように、医療過誤の賠償責任や刑事責任の追及などのリスクを減らすために講じる医療のことです。一般の人からすると、防衛医療というのは"誤魔化し"のようにうつるのか、あまり印象はよくありません。
そんな防衛医療をすすめるのは気が引けますが、若手医師のみなさんは「癌の見逃し」を避けてほしい。もちろん、糖尿病も大動脈瘤も見逃してはいけないのですが、癌を見逃すことは、患者さんや患者さんの家族だけでなく、医師であるあなたにとっても社会的ダメージが大きいのです。被告になる可能性だってあります。
2020年に入り、癌の見逃しに関するニュースが相次いで報道されました。ある病院で、下肢の動脈硬化が疑われ腹部CT検査がおこなわれました。そのとき、放射線科医は「膀胱癌の疑い」というレポートを書いたのですが、医師はそれを確認していませんでした。その後、患者さんは膀胱癌と診断され、闘病の末死亡しています。また、別の病院では、呼吸器内科で撮影されたCTに腎細胞癌が疑われる所見があったものの、医師がレポートを確認しなかったため問題となりました。
私自身、呼吸器内科医なので、胸部CT写真を毎日のように依頼しますが、パソコン画面にうつし出される臓器は肺だけではありません。肝臓から腎臓まで、意図せず“うつってしまう”ことが往々にしてあるわけです。放射線科のレポートが同日につく病院ならよいですが、後になってレポートがつくことのほうが多く、医師はそこに「まさかの所見」が書かれていないか、必ずチェックする必要があります。もちろん、医師がそういった所見を見逃さないような仕組みを病院で構築するのがベストなのですが、国内でそれを徹底できている施設は実は多くありません。
・問われる過失
どこまで過失が問われるかについてはケースバイケースですが、基本的には、医師の不作為と患者の死亡との因果関係について、「不作為の時点で医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、患者がその死亡した時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性」があれば、不作為と死亡との因果関係を肯定するとされています(最高裁平成11年2月25日判決)。
たとえば、健康診断レベルでの見逃しの場合、「多数者に対して集団的に行われるレントゲン検診における若干の過誤をもって直ちに対象者に対する担当医師の不法行為の成立を認めるべきかどうかには問題がある」という最高裁の判決があります(最高裁昭和57年4月1日判決)。
とはいえ、病院で診断がついている(放射線科レポートで記載がある)のに、医師がそれを見過ごしたなどのヒューマンエラーによって癌が見逃されていた場合、延命期間に差があるような場合は逸失利益としての慰謝料の請求が認められることも当然あります(東京地方裁判所平成18年4月26日)。刑務所に収監中の男性の胸部レントゲン写真でIA期と思われる肺癌があったのに、何ら対処されず、骨転移をきたしたとして4845万円の慰謝料が認められた判決もありました(仙台地方裁判所平成19年10月16日)。
・おわりに
私は若手医師に胸部画像について教えるとき、「癌と結核を常に疑え」と伝えています。これまでの医師人生で、癌の見逃しトラブルをいろいろ見聞きしてきたからこそ、若手医師にそう言っているのです。「もしかしてどこかに癌が隠れているかも」というアンテナを常に張っておく必要があります。
そして、そのアンテナは、必ずあなたの身を守る。
<何となく研修医に伝えたいこと>
・その1:夕方に指示を出すべからず
・その2:病棟ではあまりタメ口は使うべからず
・その3:患者さんの社会背景や退院後の生活を常に考えるべし
・その4:1日2回は患者さんに会いに行くべし
・その5:ポリファーマシーのクセをつけない
・その6:研修医時代は早めに出勤した方がよい
・その7:クリアカットになりすぎない
・その8:「●●も否定できない」は肯定の理由にはならない
・その9:処方する前に必ず添付文書をチェックするべし
・その10:医学書は衝動買いしない
・その11:他科へのコンサルテーションは目的を明確に
・その12:指導医をバカにしない
・その13:患者さんは人生がかかっている
・その14:病状説明は一方通行ではない
・その15:人工呼吸器の意思決定を患者さん側に丸投げしない
「防衛医療」という言葉があります。ご存じのように、医療過誤の賠償責任や刑事責任の追及などのリスクを減らすために講じる医療のことです。一般の人からすると、防衛医療というのは"誤魔化し"のようにうつるのか、あまり印象はよくありません。
そんな防衛医療をすすめるのは気が引けますが、若手医師のみなさんは「癌の見逃し」を避けてほしい。もちろん、糖尿病も大動脈瘤も見逃してはいけないのですが、癌を見逃すことは、患者さんや患者さんの家族だけでなく、医師であるあなたにとっても社会的ダメージが大きいのです。被告になる可能性だってあります。
2020年に入り、癌の見逃しに関するニュースが相次いで報道されました。ある病院で、下肢の動脈硬化が疑われ腹部CT検査がおこなわれました。そのとき、放射線科医は「膀胱癌の疑い」というレポートを書いたのですが、医師はそれを確認していませんでした。その後、患者さんは膀胱癌と診断され、闘病の末死亡しています。また、別の病院では、呼吸器内科で撮影されたCTに腎細胞癌が疑われる所見があったものの、医師がレポートを確認しなかったため問題となりました。
私自身、呼吸器内科医なので、胸部CT写真を毎日のように依頼しますが、パソコン画面にうつし出される臓器は肺だけではありません。肝臓から腎臓まで、意図せず“うつってしまう”ことが往々にしてあるわけです。放射線科のレポートが同日につく病院ならよいですが、後になってレポートがつくことのほうが多く、医師はそこに「まさかの所見」が書かれていないか、必ずチェックする必要があります。もちろん、医師がそういった所見を見逃さないような仕組みを病院で構築するのがベストなのですが、国内でそれを徹底できている施設は実は多くありません。
・問われる過失
どこまで過失が問われるかについてはケースバイケースですが、基本的には、医師の不作為と患者の死亡との因果関係について、「不作為の時点で医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、患者がその死亡した時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性」があれば、不作為と死亡との因果関係を肯定するとされています(最高裁平成11年2月25日判決)。
たとえば、健康診断レベルでの見逃しの場合、「多数者に対して集団的に行われるレントゲン検診における若干の過誤をもって直ちに対象者に対する担当医師の不法行為の成立を認めるべきかどうかには問題がある」という最高裁の判決があります(最高裁昭和57年4月1日判決)。
とはいえ、病院で診断がついている(放射線科レポートで記載がある)のに、医師がそれを見過ごしたなどのヒューマンエラーによって癌が見逃されていた場合、延命期間に差があるような場合は逸失利益としての慰謝料の請求が認められることも当然あります(東京地方裁判所平成18年4月26日)。刑務所に収監中の男性の胸部レントゲン写真でIA期と思われる肺癌があったのに、何ら対処されず、骨転移をきたしたとして4845万円の慰謝料が認められた判決もありました(仙台地方裁判所平成19年10月16日)。
・おわりに
私は若手医師に胸部画像について教えるとき、「癌と結核を常に疑え」と伝えています。これまでの医師人生で、癌の見逃しトラブルをいろいろ見聞きしてきたからこそ、若手医師にそう言っているのです。「もしかしてどこかに癌が隠れているかも」というアンテナを常に張っておく必要があります。
そして、そのアンテナは、必ずあなたの身を守る。
<何となく研修医に伝えたいこと>
・その1:夕方に指示を出すべからず
・その2:病棟ではあまりタメ口は使うべからず
・その3:患者さんの社会背景や退院後の生活を常に考えるべし
・その4:1日2回は患者さんに会いに行くべし
・その5:ポリファーマシーのクセをつけない
・その6:研修医時代は早めに出勤した方がよい
・その7:クリアカットになりすぎない
・その8:「●●も否定できない」は肯定の理由にはならない
・その9:処方する前に必ず添付文書をチェックするべし
・その10:医学書は衝動買いしない
・その11:他科へのコンサルテーションは目的を明確に
・その12:指導医をバカにしない
・その13:患者さんは人生がかかっている
・その14:病状説明は一方通行ではない
・その15:人工呼吸器の意思決定を患者さん側に丸投げしない
by otowelt
| 2020-05-28 00:48
| コラム:研修医に伝えたいこと