肺M. marinum症

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Mycobacterium marinumという菌名は抗酸菌診療医であればだれもが知っている名前だと思いますが、結核病棟に入院してくることもなく、呼吸器科はほぼノータッチです。

皮膚にできる病巣を、水槽肉芽腫(fish tank granuloma)あるいはプール肉芽腫 (swimming pool granuloma)などと呼ぶこともあります。皮膚に病変を起こす非結核性抗酸菌のうち、半数以上がこの菌です。淡塩水で増殖しやすいため、プー ルや熱帯魚の魚槽水などを介して感染する例がほとんどです。


■皮膚に感染する非結核性抗酸菌症ランキング
M. marinum
M. fortuitum
MAC
M. chelonae
M. abscessus


今日紹介するのは、東北大学病院からの報告です。非常に珍しく、興味深く拝読しました。



  • 概要:
■16SリボソームRNA(16S rRNA)の遺伝子コーディングシーケンスやマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI-TOF MAS)によって、従来の方法では同定できなかった非結核性抗酸菌を同定できるようになった。

Mycobacterium marinumは、飼育魚との直接接触や、汚染水との接触によって手足の傷口から感染することが多いものの、30~32℃での増殖が主で、37℃ではまったく増殖できないことから、皮膚軟部組織よりも深部に入り込むことはほとんどない。

■本症例報告は、神経性食思不振症によって、深刻な体重減少と栄養失調を起こした46歳女性の肺M. marinum感染症である。過去に2例報告があり、文献上は本例が3例目と推察される。

■46歳の日本人女性がるいそうと栄養失調のため精神科病棟に入院した。入院前4ヶ月前頃から体重減少が急速に悪化していた。過去に結核の罹患などはなく、肺の構造変化はなかった。また、魚や汚染水との接触もなかった。BCGの予防接種歴はなかった。入院時の体重は26kgでBMIはわずか10.2だった。体温は35.3℃だった。皮膚病変はなかったものの、胸部レントゲン写真で両肺尖部に浸潤影を伴う空洞が同定された。肺結核が疑われ結核病棟に転棟し、喀痰検体で塗抹陽性であることが明らかになった。

■肺結核としてINH、RFP、EBで治療を開始されたものの、結核菌のPCRが陰性であった。DDHマイコバクテリアおよび16S rRNAシークエンスにより、抗酸菌がM. marinumであることが判明した。25°Cおよび32°Cの二酸化炭素インキュベーター内の2%小川培地で増殖したが、37°C​​または42°Cでは増殖しなかった。RFPとCAMのMICは、それぞれ≦1.0µg/mLと2.0µg/mLだった。治療はRFP・CAMの内服とした。治療開始後、体温はさらに低下した。入院時の体温は抗酸菌感染によりむしろ比較的発熱していたことが示唆された。彼女は心理療法と化学療法を6ヶ月間受けた。治療3ヶ月後の胸部レントゲン写真では空洞サイズが縮小しており、9ヶ月後には体重は30kgにまで回復した(BMI 11.7)。

■この症例報告で重要なポイントは、①M. marinumが肺の感染症を引き起こす可能性があること、②それが吸入によって起こる可能性があること、③神経性食思不振症は同菌の感受性を高める可能性があること、④32℃以下での抗酸菌培養が菌種同定に役立つこと、である。当該患者の低体温症は、入院前の4ヶ月の間に発症した可能性があり、M. marinumの増殖環境を提供するかもしれない。



条件がそろえば、深部感染症を起こすはずのない抗酸菌でもこういった感染形式をとる可能性があるという啓蒙的な症例だと思います。とはいえ、低体温を起こす病態というのはかなり限られているので、抗酸菌診療医としては頭の片隅に入れていく程度でもよいかもしれません。



by otowelt | 2021-05-02 00:47 | 抗酸菌感染症

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


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