喀痰からMycobacterium lentiflavum?

結核患者さんは、喀痰の塗抹あるいは培養検査が連続3回陰性にならなければ退院できません。空洞を有する症例や、もともと塗抹の菌量が多い場合、2ヶ月を超えて入院することはザラにあります。長期入院になるとストレスを感じるのは当然ですが、喀痰を出しても唾液を出しても塗抹陽性になるもんだから、しびれを切らした結核患者さんが水道水を喀痰検査の容器に入れる事例がその昔ありました。 「ウッシッシ・・・さすがに水道水で塗抹陽性はないだろう」と思っていた患者さん、しかし・・・残念ながら塗抹陽性で返ってきました。「そんなバカな!あれは水道水やで!・・・あっ」と口を滑らせてしまい、唖然とする主治医。

水道水における抗酸菌検出は、呼吸器内科医にとってはよく経験する現象です。実は、水道水には抗酸菌が含まれることがあります。代表的なものは、Mycobacterium lentiflavumです。Runyon分類II群に分類され、「感染」事例もチラホラ報告されているようですが、呼吸器系検体から同定されるもののほとんどがコンタミという印象です。そのため、喀痰の抗酸菌培養検査でこれが検出された場合、喀痰検査をおこなう前に水道水でうがいをしていなかったか確認する必要があります。 この抗酸菌以外にも水道水からの検出が起こり得る菌としては、M. avium complex, M. kansasii, M. xenopi, M. terrae, M. gordonae, M. paragordonae, M. fortuitum, M. mucogenicum, M. porcinum, M. simiaeなどがあります。

水道水は水道法第4条の規定に基づき「水質基準に関する省令」で規定する水質基準に適合することが必要とされていますが、大腸菌などについては厳しい定めがあっても、抗酸菌の項目はありません。つまり、現行法では、抗酸菌が混ざっていても何ら問題ないということです。そのため、日本結核・非結核性抗酸菌症学会の『結核診療ガイド』1)には、「従来、口腔細菌の混入を減少させる観点からうがいをしてから喀痰を採取することが推奨されてきたが、水道からのNTM混入をきたすおそれもあるので、うがいをせずに採取するのが簡便でよいと思われる」と記載されています。 

実は、当院でも2019年に複数のpseudo-outbreakが起こりました2)。市水か病院内の水道のどこかの経路にコンタミがあるのだろうという推定でしたが、念のためすべての貯水タンクをくまなく調べました(写真)。気の遠くなる作業でしたが、結局、やはり市水そのものに抗酸菌が含まれていることが証明されました。
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当院は喀痰抗酸菌検査を月平均700件以上おこなっているのですが、こういう環境由来の抗酸菌によるコンタミネーションによって、患者検査費用の増加や検査科の業務負担の増加が起こりえます(pseudo-outbreak当時のコスト推定表)。試算してみると、上記同定試薬に加えて、必要となる消耗品コスト(数百円)を加えると、1検体あたり約1万円のコストがかかることになります。これは実臨床的にも問題でした。
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過去、当院の近くにある近畿大学病院でも同様のpseudo-outbreakが起こっています3)。この病院でも、複数個所からM. lentiflavumが検出されました。検査手順を徹底しておればこのようなpseudo-outbreakは起こらないのですが、患者さんが良質な喀痰を提出するために採痰ブースでうがいをしてしまうと、こういうインシデントが起こりえます。そのため、「喀痰検査前に水道水でうがいをしてはいけない」という啓蒙の重要さを改めて認識しました。


(参考文献)
1) 日本結核非結核性抗酸菌症学会. 結核診療ガイド. 南江堂
2) 大槻登季子, 嶋谷泰明, 木原実香, 稲田顕慶, 末松那実子, 倉原優, 露口一成. 水道水を介したMycobacterium lentiflavumによる疑似アウトブレイクへの取り組み. 結核 95(5): 122-122, 2020.
3) 戸田宏文, 他. 採痰ブース内水道水を介したMycobacterium lentiflavumによるPseudo-Outbreakの分子疫学的解析. 日本環境感染学会誌. 2013,28:(6):319-24.


by otowelt | 2021-10-17 11:41 | 抗酸菌感染症

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


by 倉原優