マルネッフェイ型タラロミセス症


■概要
マルネッフェイ型タラロミセス症(昔でいうマルネッフェイ型ペニシリウム症)は、日本で急増する輸入真菌症として注目されています。原因となるTalaromyces marneffeiは、タイ、ベトナムなどの東南アジアを中心に分布する温度依存性二形性真菌です。

ベトナムタケネズミ(Rhizomys sinensis)(図1)に感染することが知られていますが、1980年代にHIV感染症が東南アジアにひろがったときに、ヒトに対する病原性が認識された真菌症です1)

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図1. ベトナムタケネズミ(Wikipediaより、パブリックドメイン)

免疫機能が低下したHIV感染症において重要とされていますが、ヒストプラズマ症と同等の増加を示しており(図2)、呼吸器内科で診療することが今後増える可能性があります。すでに若年層結核の主役は、東南アジア生まれの外国人にうつりました。となると、それ以外の疾患も東南アジアにおける発症を考慮しなければならない時代がやってくるでしょう。そのため、コクシジオイデス症やヒストプラズマ症だけでなく、呼吸器内科専門医レベルでは、タラロミセス症(図2ではペニシリウム症と記載)についてもおさえておくべきでしょう。

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図2. 輸入真菌症の報告数


■疫学
東南アジア(タイ、ベトナム、中国南部、ラオス、ミャンマーなど)が流行地域ですが、伝播性はそう高くありません。多くのタラロミセス症の患者さんがCD4が100/µL未満であることから、基本的にHIV感染者に発症する感染症という認識に間違いはありません。

ただ、免疫抑制剤や抗癌剤が普及し、HIVとは関連性のないタラロミセス症が増えてきました。また、抗酸菌診療医として忘れてはならないのが、インターフェロンγ抗体の存在です2)

タイ北部に限定すると、日和見感染症としては、結核、クリプトコッカス、ニューモシスチス肺炎に続いて4番目に多いとされています3)

吸入による経気道感染が知られていますが、上述したベトナムタケネズミの糞などを含んだ土壌なのか、このあたりはまだはっきりしていません。雨季の土壌曝露からの空気感染が感染経路とされています4),5)

コクシジオイデス症を除くと輸入真菌症は感染症法に規定されていないため、届出対照疾患に含まれていないことから、国内の正確な疫学的状況を把握するのは容易でありません。日本でも東南アジア生まれの結核が増えていることから、コクシジオイデス症だけでなくマルネッフェイ型タラロミセス症も4類感染症に指定されるべきと思われます。


■症状
主な症状は、発熱、貧血、体重減少、皮疹、リンパ節腫大、肝脾腫など東南アジアの発熱患者でいろいろと鑑別が上がりそうなものが並びます。吸入することで感染するため、肺炎を起こすことも少なくありません。とはいえ、肺の感染症単独ということで遭遇することはまれのように思われます。


■検査
組織生検が有効ですが、培養については、他の輸入真菌症と同じく、バイオセーフティレベル(BSL)3対応施設以外では行うことはできませんので、スライド塗抹や培養は避ける必要があります。分生子の状態ではなく酵母の状態だと感染性は低いですが、培養検体から検査技師への感染や、汚染された医療器具の針刺しなどで二次感染が報告されているため、注意が必要です。多くの市中病院では検査室での培養禁忌と理解されるべきでしょう。

病理学的には内部に隔壁(cross wall)がある酵母様真菌が確認でき、ヒストプラズマとの大きな鑑別点になります。ただ、そこにまでいたることができないため、ヒストプラスマ症と誤診されている症例が多いことが危惧されます。

なお、マルネッフェイ型タラロミセス症の場合、血液培養が陽性になる頻度が高いとされています。


■治療
当該真菌と診断されれば、全例が治療対象になりますが、治療されなかった場合の死亡率は90%を超えることが分かっています6)。治療を行うことで死亡リスクを大きく回避することができます。 抗真菌薬は、アムホテリシンBリポソーム製剤やその他アゾールしか治療法がないというの現状です。アゾールの中でもフルコナゾールの活性は低いことが示されており、エキノキャンディン系については臨床データが不十分です7)

そのため、臨床的にはアムホテリシンBリポソーム製剤で導入し、維持期治療をイトラコナゾールを投与します。もちろん、HIV感染症を合併してCD4数が少ない場合には、抗ウイルス治療を導入します。アゾール系が導入されるため、相互作用に注意が必要です。


(参考文献)
1) Sathapatayavongs B, et al. Disseminated penicilliosis associated with HIV infection. J Infect. 1989 Jul;19(1):84-5.
2) Browne S, et al. Adult-onset immunodeficiency in Thailand and Taiwan. N Engl J Med. 2012 Aug 23;367(8):725-34.
3) Chariyalertsak S, et al. Clinical presentation and risk behaviors of patients with acquired immunodeficiency syndrome in Thailand, 1994--1998: regional variation and temporal trends. Clin Infect Dis. 2001 Mar 15;32(6):955-62
4) Chariyalertsak S, et al. Case-control study of risk factors for Penicillium marneffei infection in human immunodeficiency virus-infected patients in northern Thailand. Clin Infect Dis. 1997 Jun;24(6):1080-6.
5) Jayanetra P, et al. Penicilliosis marneffei in Thailand: report of five human cases. Am J Trop Med Hyg. 1984 Jul;33(4):637-44.
6) Ranjana KH, et al. Disseminated Penicillium marneffei infection among HIV-infected patients in Manipur state, India. J Infect. 2002 Nov;45(4):268-71.
7) Supparatpinyo K, et al. Response to antifungal therapy by human immunodeficiency virus-infected patients with disseminated Penicillium marneffei infections and in vitro susceptibilities of isolates from clinical specimens. Antimicrob Agents Chemother. 1993 Nov;37(11):2407-11.



by otowelt | 2022-04-26 00:00 | 感染症全般

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


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