M. abscessusに交差感染の可能性はあるか?
2022年 05月 13日
なんか最近Mycobacterium abscessusの論文ばかり紹介していますが、呼吸器科的にもこの数年トピックなので、プライマリ・ケアレベルまで広がるとよいなと思います。
複十字病院から、M. abscessusの分離株のSNP距離だけでなく、疫学的リンクまで追跡した面白い論文が出ていました。とても読みやすい構成になっていて、完成度が高いと思いました。個々の疫学的リンクまで追跡していて、基礎と臨床がマッチしている「心地よいブレンド感」が好きです。
海外既報のように複数の分離株でSNPをみるのが多分よいのでしょうが、それは今後の課題であるとDiscussionにも書かれていました。
先日の東南アジアのゲノム解析の論文と合わせて読むと、面白い感じでストーリーがつながります。
私の記憶はDCC結構決まってるよねー程度で止まっていて、呼吸器学会でも既知の見解として紹介されていましたから、改めてこのあたりを勉強し直しました。
この疾患に限ったことではありませんが、臨床的な知識だけでなく、基礎医学・統計学の知識など、幅広く理解していないと臨床医は置いてけぼりになってしまうので、頑張って経験を積んで勉強しないといけませんね。科学が進歩してしまったぶん、一疾患で勉強する内容が増えてた気がします。
さて、遺伝的距離でクラスターを論じたイギリスのBryantらが提唱しているのは、図のような伝播様式の進化です(Science. 2021 Apr 30;372(6541):eabb8699.)。結核菌のようにヒト-ヒト感染が可能になって病原性の適応が加速していくという話です。おそるべし。
図. M. abscessusの伝播(Bryant JM, et al. Science. 2021 Apr 30;372(6541):eabb8699.より引用)
Fujiwara K, et al. Potential Cross-Transmission of Mycobacterium abscessus among Non-Cystic Fibrosis Patients at a Tertiary Hospital in Japan. Microbiol Spectr. 2022 May 10;e0009722.
■Mycobacterium abscessus(M. abscessus)は、抗菌薬に対する耐性が高く、難治性肺疾患の原因となる病原微生物である。近年、嚢胞性線維症(CF)患者間でM. abscessusが交差感染する可能性が報告されている(Lancet. 2013 May 4; 381(9877): 1551–1560.、Am J Respir Crit Care Med . 2012 Jan 15;185(2):231-2.、Ann Am Thorac Soc . 2021 Dec;18(12):1960-1969.)。アジアではCFは稀であるが、肺M. abscessus症は多い。そこで、国内の病院におけるM. abscessusの交差感染の可能性を検討した。
■M. abscessus 104株中、24人の患者から分離された25株は、VNTRに基づいて4つのクラスターに分類され、WGS解析された。イギリスとアメリカで過去に報告された院内集団発生に関連するM. abscessus臨床分離株のWGSデータを統合し、疫学的関連性を検討した。
■WGSデータを用いて作成した25株の系統樹では、遺伝的多様性の低いM. abscessus subsp. abscessusとM. abscessus subsp. massilienseの系統樹に関して、いずれも先行研究で分類された4VNTRクラスターと一致していた。
■複十字病院、イギリス、アメリカの病院で同一者から採取したM. abscessus subsp. massiliense株の最大遺伝的距離は25SNPだった。各系統樹における分離株間の遺伝的距離は、25SNP未満の組み合わせが15個(17.2%)あった。同一患者から分離されたRGM-96_preとRGM-96_postの遺伝的距離は5SNPだった。8つのtransmissible clusters (TC)が同定された。イギリスとアメリカの分離株はそれぞれ4つのクラスター(TC1、TC2、TC5、TC8)および1つのクラスター(TC3)に分類された。複十字病院からは、4つのクラスター(TC4,TC5,TC6,TC7)に計12株が属していた。TC5は複十字病院の4株とイギリスの2株からなり、RGM-19(複十字病院)と13aおよび13b(イギリス)間の遺伝的距離はそれぞれ21SNP、19SNPだった。
■疫学的リンクを調べると、TC4とTC5の患者はそれぞれ合計18日と37日、密接な環境を共有していることが分かった。TC5では、日本人患者と英国人患者の遺伝的距離は21SNP未満であったが、接触はなかった。TC6とTC7ではリンクは推定されなかった。居住地や水回りに関連する特定のクラスターはなかった。
■疫学的リンクと合わせて解析すると、いくつかのクラスターは院内での患者間の直接・間接的な感染が疑われた。複十字病院とイギリスからの分離株が含まれるTC5は、遺伝的距離が21SNP未満であり、この理由は不明である。
by otowelt
| 2022-05-13 00:04
| 抗酸菌感染症