Wernicke脳症1


●Wernicke脳症とは
 ポーランドの神経内科医Carl Wernickeが1881年に発表した、
 ビタミンB1欠乏による昏迷、運動失調、眼筋運動障害を
 3徴とする病態。記憶障害や作話がみられるKorsakoff症候群
 へ移行することがある。
 低栄養状態、慢性アルコール中毒、AIDS、透析患者、妊娠悪阻
 悪性腫瘍(化学療法の有無を問わず)に起こりやすい。

●疫学
 ・全剖検例の0.8%~2.8%
 ・慢性アルコール中毒患者の12.5%
 ・80%以上のWernicke脳症が診断されていない
 ・平均年齢50歳
 ・男女比=1.7:1 人種差はない

●症状
 ・昏迷、運動失調、眼筋運動障害(3徴を満たすのは10~30%)
 ・昏迷・意識障害は82%の患者にみられる。
 ・眼球運動障害は,主に外眼筋麻痺と上方注視麻痺を
  きたし,水平性あるいは垂直性の眼振を呈する。
  瞳孔異常をきたすこともある。
 ・運動失調は,主に歩行障害を呈し、isolated alcohol
  cerebellar syndromeのように主に上小脳虫部領域
  の病理学的な異常をもたらす。
 ・ほかにも低血圧・低体温など。
  Salen P, et al:Wernicke's Encephalopathy; eMedicine: 2006

●診断
以下の4つのうち最低でも2つを満たすもの
 (1) 食餌摂取不良
 (2) 眼球運動障害
 (3) 小脳失調
 (4) 精神症状の変容あるいは軽度記憶障害

●Korsakoff症候群
・慢性アルコール中毒においてWernicke脳症に
 続発する、失見当識・記銘障害・逆向健忘・作話を
 症状とする症候群。1887年Korsakoffにより報告。
・全例がpost-Wernickeではない。47例中7例だけが
 続発であったとの報告もある。
  Ramayya A, Jauhar P; Increasing incidence of
   Korsakoff's psychosis in the east end of Glasgow.;
    Alcohol Alcohol. 1997 May-Jun;32(3):281-5

・逆向性健忘 retrograde amnesia
 頭部外傷などで受傷後意識障害があった期間のみならず、
 その前の期間まで逆行して健忘。回復は古い事柄から追想が可能。
・前向性健忘 anterograde amnesia

●Marchiafava Bignami病
 MBDはアルコールによる栄養障害と考えられている。
 脳梁に限局した脱髄病変を生じる稀な疾患で病態は不明
 MRIではWernicke脳症の所見は認めず,FLAIRで脳梁の前半部に高信号を認める。
 治療としてビタミンBの補充のみで軽快する報告,
 ステロイドパルスのすすめる報告もあり一定しない

●Wernicke脳症の病態機序
・アルコールは、
 アセトアルデヒド→酢酸塩→アセチルCoA
 のように分解され、クエン酸回路 (TCA cycle) に入り、
 最終的にはCO2とH2Oになる。
・クエン酸回路では、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ反応
 における脱炭酸の補酵素であるサイアミン二リン酸として
 サイアミンが大量に消費されるのでサイアミン欠乏になりやすい。
・ビタミンB1はブドウ糖代謝に関係する補酵素であり、
 その欠乏は中間代謝物であるピルビン酸の蓄積を招く。
・ブドウ糖を主な栄養源とする脳では特にビタミンB1の需要が高い
 ので、障害を来たしやすい。 特に medial thalamic nuclei を
 はじめ脳幹の様々な神経核(動眼神経核、外転神経核など)に
 病変を形成する。 小脳虫部も障害されて運動失調を来たす。

●検査
 CBC:貧血や白血病などを除外する
 電解質:高Na,高Caなどを除外する
 SaO2:低酸素血症や高二酸化炭素血症を除外する
 Toxic drug screening
 腰椎穿刺:中枢感染症が疑わしい場合
 乳酸:上昇はサイアミン欠乏症を示唆するかもしれない
 サイアミン欠乏の証明:最も信頼性の高いのは、
   赤血球トランスケトラーゼ活性の低下。サイアミン
   ピロリン酸(TPP)添加で、同酵素の活性が15%以上
   賦活されれば、欠乏症の疑いが濃厚(TPP効果)。
 治療的診断:脚気心の場合、サイアミン補充開始後
   12時間以内に血圧上昇と心拍低下がみられ1~2日
   で、利尿による心拍数の是非が生ずる。

●画像
 MRIにて第三脳室および中脳水道周囲にT2高信号域
Wernicke脳症1_e0156318_153684.jpg


●病理
・乳頭体病変はほぼ必発
・第3脳室壁,中脳水道周囲,第4脳室底の灰白質に,壊死,点状出血。

●治療
・サイアミン100mg(アリナミンF2A) /日 数日
  その後10~20mg/日を維持
・アルコール中毒患者の場合、サイアミンなし
 でグルコース投与するとWernicke脳症を誘発する場合がある

※サイアミン欠乏新生児に対しては・・・
・高用量サイアミン50 mg/day 2週間 (Fattal-Valevski, 2005)

文責"倉原優"
by otowelt | 2009-02-26 15:04 | レクチャー

近畿中央呼吸器センター 呼吸器内科の 倉原優 と申します。医療従事者の皆様が、患者さんに幸せを還元できるようなブログでありたいと思います。原稿・執筆依頼はメールでお願いします。連絡先:krawelts@yahoo.co.jp


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