2012年 10月 16日 ( 3 )

Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast

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 Henry Khunrath Pancoastは1875年2月26日にフィラデルフィアで生まれました。父親が内科医師をしており、幼い頃から医師に対して憧れのようなものを感じていたといいます。1982年にFriends Central 高校を卒業しました。しかし同時期に両親を両方とも亡くし、銀行窓口業務を2年間行い大学資金を作ることになりました。そして、やや周りから遅れて1894年にペンシルヴァニア州立大学医学部に入学しました。1898年に同大学を優秀な成績で卒業しています。

 彼はペンシルヴァニア州立大学病院に勤務し、外科講座で1900年から主に外科手術について学び始めました。しかしながら、院内ではほぼ麻酔科医としての勤務で外勤もかなり限られた診療ばかりをしていたといいます。そんな矢先、1902年に病院にいたレントゲン医師であるLeonardが退職しました。当時外科部門の中に放射線科が存在していたため、誰かがこの業務を引き継ぐ必要がありました。外科部長の命により、結果的にPancoastはこの任に就くことになります。しかしそれは同時に彼にとっては何かを変えるチャンスでもありました。

 彼の活躍により放射線科は一躍有名となりました。当時、放射線科というのは診療科単一として認識されているものではなく、あくまで診断に必要な検査としての付加的な位置付けだったのです。「この病院は当科がないと成り立ちません、他の診療科と同じように必須の診療科です」と彼はのちに述べています。彼は、放射線科の診療科としての確立に奮闘しました。1903年には患者数も伸び、1904年にようやくペンシルヴァニア州立大学で診療科として独立することができました。劣悪であった職場環境が一気に改善することになりました。彼は、主に放射線治療分野での研究を重ね、1911年にペンシルヴァニア州立大学放射線科教授になりました。こうしてPancoastは、アメリカ合衆国で最初の放射線科教授として名を馳せたのです。

 1932年に肺尖部の肺癌を報告しました。これが今にPancoast腫瘍として名を残す論文です。そして、7年後の1939年5月20日にペンシルヴァニア州メリオンにて逝去しました。
Pancoast HK. Superior pulmonary sulcus tumour: tumour characterized by pain, Horner’s syndrome, destruction of bone and atrophy of hand muscles. JAMA 1932;99:1391-6.

 Pancoast腫瘍は、肺尖部に発生して胸壁へ浸潤する腫瘍を総称するものですが、広義解釈として、Pancoast症候群は、腫瘍によって尺骨神経支配の上肢の疼痛や同側のHorner症候群をきたすものと理解されています。
 Detterbeckらにより、厳密なPancoast腫瘍の定義がなされています。「Pancoast腫瘍は肺尖部に発生した肺癌で、肺尖胸壁の構造に浸潤するものである。胸壁に浸潤するのは第二肋骨レベルでありそれ以下のものは肺尖部の浸潤という基準をみたすものではない。胸壁浸潤は、臓側胸膜への浸潤に限定してもよい。あるいは、骨膜や上部肋骨、椎骨に到達してもよい。鎖骨下の血管、腕神経叢や星状神経節に浸潤してもよい。」
Detterbeck FC. Changes in the treatment of Pancoast tumors. Ann Thorac Surg 2003;75:1990-7.

 今でも肺尖部にできた腫瘍のことを、”Pancoast型”という単語にして呼ぶことも多く、呼吸器科医の中で彼の名前は生き続けることでしょう。


<音楽と医学>
モーツァルトの死因は毒殺だったのか?
ラフマニノフはMarfan症候群ではなかったのかもしれない
ショパンの死因は結核ではなかったかもしれない
ベートーヴェンの難聴と肝硬変の原因はワインの飲みすぎによる鉛中毒
ブラームスは外科医ビルロートの親友だった

<偉人たち>
Ziehl-Neelsen染色の考案者1:Franz Ziehl
Ziehl-Neelsen染色の考案者2:Friedrich Carl Adolf Neelsen
Boerhaave症候群の提唱者:Herman Boerhaave
Pancoast腫瘍の提唱者:Henry Pancoast
Clara細胞の発見者:Max Clara
サコマノ法の考案者:Geno Saccomanno
Mendelson症候群の提唱者:Curtis Lester Mendelson
Hoover徴候の提唱者:Charles Franklin Hoover
Gram染色の発見者:Hans Christian Joachim Gram

by otowelt | 2012-10-16 17:46 | コラム:医学と偉人

特発性上葉優位型肺線維症の呼吸機能悪化は急速で予後不良

特発性上葉優位型肺線維症の呼吸機能悪化は急速で予後不良_e0156318_18552345.jpg ブログ休止中に読みたかったRespiratory Investigationの論文です。PPFEについては今年の8月にERJのPPFE12例を検討した論文を紹介しました。
pleuroparenchymal fibroelastosis(PPFE)12例の臨床・画像・病理学的特徴

 考察にも書かれていますが、胸膜肥厚の有無をとってもPPFEとやや差異がある臨床像ですし、ましてや提唱している人や国がバラバラなので、PPFE、網谷病、IPUFの定義をいずれ統一しないとダメだと思います。

Kentaro Watanabe, et al.
Rapid decrease in forced vital capacity in patients with idiopathic pulmonary upper lobe fibrosis
Respiratory Investigation Volume 50, Issue 3 , Pages 88-97, September 2012


背景:
 われわれは時に、原因のはっきりしない分類不能の間質性肺炎患者を経験する。特発性上葉優位型肺線維症(Idiopathic pulmonary upper lobe fibrosis:IPUF)は、現在定義されている特発性間質性肺炎のいずれにも該当しない。このスタディは、IPUFの臨床的、機能的、病理学的特徴を調べるためにおこなった。

方法:
 われわれは9人の組織学的にIPUFと確定した患者を取りあげる。臨床的、組織学的特徴が評価された。ベースラインの呼吸機能検査が全員測定されたが、1人は別の病院で施行されていた。少なくとも1年以上にわたってFVCの経年的低下を観察されたのは7人の患者であった。
 病理組織は、患者1-4および6-9がVATSによって採取され、患者5および9は剖検で診断がつけられた。

結果:
 全患者はやせ形で、BMIは16.0–19.8kg/m2であった。5人が女性であり、4人が男性であった。年齢は43歳から81歳までであった。7人の患者は気胸の既往があった。6人は最初の症状を訴えてから1.8年―5.7年で死亡した。5人にステロイドが投与されたが、臨床的に効果はみられなかった。
 組織学的特徴は、肺胞内コラーゲン沈着、胸膜直下領域に弾性線維が密に構成していることであった。これらの所見は、pleuroparenchymal fibroelastosis(PPFE)と同一の所見であった。しかしながら、臓側胸膜は2人の患者で密なコラーゲンを伴って肥厚しており、残りの7人については胸膜肥厚はあったとしても局所的なものであった。
 呼吸機能障害は特徴的であった。FVCの急速な減少が経時的に認められ、ほとんど直線形の右肩下がりであった。経年的FVC減少率は中央値で−20.3% (range, −7.7% to −26.5%)であり、特発性肺線維症のような慢性線維性間質性肺炎で報告されているようなものよりも急速なものであった。

結論:
 IPUFは、呼吸機能を急速に悪化させる独特の肺線維症であり、予後不良である。

by otowelt | 2012-10-16 12:54 | びまん性肺疾患

癌患者さんの気道狭窄に気管ステントはいつ入れるべきか

 私たち呼吸器内科医が見ていて辛いと思う病態の1つに、気道狭窄があります。特に癌の患者さんでは、癌が中枢気道を狭窄することで容易に窒息をきたします。狭窄による呼吸困難感は、患者さんにとって信じられないくらい苦しい症状です。

 「一体いつ気道ステントを挿入するのが妥当なのか?」という疑問を抱いた医療従事者の方は多いと思います。私も何度その疑問を抱いたか知れません。

 気道狭窄があるにも関わらずほとんど無症状の癌患者さんの場合、「無症状だし気道の異物感も大きいんだから、入れる必要は無い」と判断されることがあります。一方、パフォーマンス・ステータスが3や4の癌の終末期の患者さんが気道狭窄で苦しんでいる場合ですと、おそらくステント挿入手技自体が危険と判断されます。じゃあ、そもそも気道ステントを入れるタイミングが無いじゃないか、というジレンマが発生します。

 1990年にDumonがDumonステントを開発してからというもの、様々な気管支ステントが利用されています(Chest 97:328-332、1990.)。しかしながらいまだに気道ステントのガイドラインはなく、一体どのような患者さんに挿入するのがよいか、臨床医によって患者さんの病状によって意見がバラバラなのが現状です。
呼吸器インターベンションのERS/ATS共同ステートメントはありますが、気道ステントの項目は1ページも満たしません。
ERS/ATS statement on interventional pulmonology. European Respiratory Society/American Thoracic Society. Eur Respir J 2002; 19:356.

 ACCPからも呼吸器インターベンションのガイドラインがありますが、気道ステントの項目の記載は極めて少量です。
American College of Chest Physicians. Interventional pulmonary procedures: Guidelines from the American College of Chest Physicians. Chest 2003; 123:1693.

 ガイドラインではありませんが、気管支内視鏡学会雑誌である『気管支学』に興味深い論文があります。岡山赤十字病院呼吸器内科の松尾圭祐先生らが2007年に書かれた論文ですが、非常に共感のできる内容です(気管支学 29:26-29, 2007)。すなわち、以下の症例が気道ステントの適応になるのではないかという提唱がなされています。

1.中枢気道の高度の狭窄があり呼吸困難などの症状を有するか肺機能検査にて気流制限を呈する症例
2.ステント留置により予後の改善が得られる症例
3.狭窄より末梢側の気道や肺が保たれている症例


 この論文によれば、パフォーマンス・ステータス1あるいは2の患者さん、気道ステント挿入後に後治療をおこなった患者さんは、気道ステント挿入後の予後良好因子であるとされています。また気道ステントの種類についても、将来的に抜去の可能性を視野に入れるのであればシリコンステントが良いだろうと述べられています。シリコンスントの場合、全身麻酔が必要であることがほとんどですので、少々侵襲性が大きすぎるのが難点です。そのため、姑息的に金属ステントが選択されることも現場では少なくないと思います。

 あの時、患者さんに気道ステントを入れてあげたらもう少し長生きできたのだろうか、と思うことは呼吸器内科医であれば何度も経験したことがあるでしょう。いや、緩和的鎮静の選択肢でよかったのだと自分に言い聞かせることもあるでしょう。たとえ医師同士のカンファレンスにおいて満場一致の結論であったとしても、その患者さんと最も多くの時間を分かち合った主治医が、患者さんや家族ととことん話し合って悔いの残らないような選択肢を選べたらと常々思っています。

by otowelt | 2012-10-16 00:53 | コントラバーシー